HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報645号(2023年5月 8日)

教養学部報

第645号 外部公開

〈後期課程案内〉薬学部 生命科学を総合する学問としての創薬を追求する

薬学系研究科長・薬学部長 三浦正幸

http://www.f.u-tokyo.ac.jp/

image645_06_2.jpg 一八七三年に第一大学区医学校製薬学科が設置された時が東大薬学部の源流で、今年は一五〇年目の節目にあたります。研究を最優先にする学風が連綿と受け継がれている薬学部は『生命科学を総合する学問としての創薬を追求する』学部です。薬学部は東京大学の中では最も小さな学部ですが、生命科学の基礎研究に特化した学部としては最大級です。龍岡門から続く「知のプロムナード:医薬の道」に入ってすぐ左の薬学部では、どの研究室とも気さくに交流できる薬学独自のアカデミックな雰囲気が醸成されています。
薬学部には修業年限が四年の薬科学科と六年の薬学科があり、それぞれの配属は三年次を修了する頃に決定します。薬学部は研究者の養成を重視し、薬科学科の定員は七十二名と多くなっています。一方で薬学科の定員は八名ですが、この学科でもしっかりと研究をして、研究がわかる薬剤師資格を有する指導的な医療従事者、薬事行政に関わる人材を育成することに力を入れています。薬科学科の殆どの学生は修士課程に進学し、さらに修士の半数近くが博士課程に進学して研究のプロとして成長していきます。薬学科の上には四年制の博士課程があり、薬剤師資格をもったPh.Dの育成にも力をいれています。薬学教育研究者、高度化医療、医薬行政などの社会的要請に応えることのできる高度薬剤師の育成を教育方針としています。
 創薬では、生命に問い、創薬の術を磨く"生命科学"「知」を極めることが全ての基礎になります。生命に問うことは生物系の研究室が担っており、基礎生物学、生物薬学、基礎医学を広範にカバーする先端的な研究が展開されています。体や細胞の正常と異常とを知るために、細胞機能の基本的な仕組み(シグナル伝達、蛋白質代謝、生体膜脂質の機能、細胞分裂機構、幹細胞の成り立ち、細胞死など)や高次生体機能(神経回路形成と機能、免疫制御、発生、再生、老化、神経変性など)の研究が行われています。創薬の術を磨くことは有機化学の研究室が担っています。例えば天然物から取られた薬効の高い化合物は非常に貴重なものですが合成は極めて困難です。天然物資源は限られており、資源保護の面からも全合成や合成生物学の手法による研究は期待されています。触媒反応開発、反応化学・合成化学による物質創生、分子イメージングと細胞操作とを同時に行うケミカルバイオロジーの研究が行われています。薬とその標的の分子構造を知ることは、薬の作用を理解するのみならず、新たな薬のデザインに欠かせません。薬とその標的分子のスタティックな立体構造に加え、動的な構造遷移状態にも着目する必要があります。物理系の研究室では、X線やクライオ電子顕微鏡、核磁気共鳴法による生体高分子構造解析、生体分子機械の動作原理やマイクロ・ナノデバイスの開発などの研究が行われています。薬が体の狙った部位に到達し、作用し、排出させる仕組みを研究する薬物動態学の研究も盛んです。薬のもとになる化合物の同定にはスクリーニングが必須ですが、これに関しては薬学系附属創薬機構が取り組んでいます。社会薬学の研究室では薬が世に出た後の評価を行う、医薬品経済学、医薬品情報学、医薬品評価学の研究を活発に進めています。
 薬の標的探しの難易度が増し、メガファーマと呼ばれる欧米の製薬企業では生命科学の先端技術を持つベンチャーをいくつも取り込むことで新薬の開発を行っています。このような状況の中で、創薬にとって生命科学研究の先鋭化と異分野融合がますます必要なっています。薬学部では多様な最先端の研究がすぐ隣の研究室で行われているため、学部内の異分野融合が日常的に行われています。卒業生は国内外の大学や研究機関、製薬企業や医薬品審査や行政に関わる仕事など多方面で活躍していますが、薬学部時代の研究室を超えたつながりが財産になっています。
 私たちの体は進化を経験して洗練された有機化合物で構成されています。生体有機化合物の作られ方、振る舞い、作用は知れば知るほど驚きに満ちています。私たちはこの驚きを発見し、仕組みを解明し、化合物をデザインして薬を生み出す学問によって、健康な社会づくりに貢献しています。ぜひこの魅力ある学問を一緒に進めていきましょう。

(薬学部長/発生遺伝学)

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