HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報645号(2023年5月 8日)

教養学部報

第645号 外部公開

核酸アプタマーと事業化

吉本敬太郎

 標的分子と結合する核酸(DNA/RNA)は核酸アプタマーと呼ばれ、治療薬や診断時の分子認識素子として利用される生体高分子のひとつである。
 コロナパンデミックでメディアを介してよく聞くようになった抗体も分子認識能をもつ生体高分子のひとつである。核酸アプタマーは、抗体にはない特長がいくつかある。例えば製造コストは圧倒的に核酸のほうが安く、しかも高い品質で提供できる。抗体は動物や細胞を使って作るためにロット差(品質のバラつき)はある程度避けられない。また、細胞培養や動物を飼育する施設も必要であるためコストを抑えるにも限界がある。一方、核酸は化学合成法で安価に製造でき、DNAなら常温で長期間の保管が可能である。核酸の固相合成法、さらにPCR法の確立と普及も低コスト化に関与している。PCRで必要な短い核酸(プライマー)を供給するDNAの合成会社の数が、PCRの普及とともに増大した。日本でも多くの合成会社が既に存在し、日々DNA合成の低コスト化争いが勃発している。10~20塩基程度の短いDNAであれば、インターネットで注文した翌日に千円未満で、安価で迅速に自らが設計した配列のDNAが手に入る。
 製造面以外の特長もある。核酸が他の生体高分子と大きく違う点は相補鎖と二重鎖を形成するという点にある。相補鎖との二重鎖形成は水素結合・スタッキング相互作用・ファンデルワールス力からなる非共有結合に基づく。ゆえに複数の核酸アプタマーを混ぜるだけで複数連結することが可能であり、それぞれの性質を併せ持たせるマルチスペシフィック化が可能になる。近年、抗体も同様なマルチスペシフィック化が精力的に検討されているが、核酸の方がはるかに容易である。さらに、相補鎖形成を利用する核酸アプタマーの薬理作用の解除(中和)が可能である点も魅力的である。核酸アプタマーの標的分子認識能の発現はアプタマーである一本鎖核酸が形成する高次構造に由来する。従って、アプタマーと相補なDNAを添加して強制的に二重鎖構造を形成させることで、アプタマーの分子認識能を抑制できる。一方抗体の場合、薬効を解除する中和剤の合理的設計法が確立されていないため、もう一度中和剤という薬を宝探しする必要がある。
 昨年、投与後に血中濃度測定が欠かせない抗がん剤メトトレキサート(MTX)に結合するアプタマーに酵素活性を持つアプタマーを連結させたバイスペシフィックアプタマーによって、既存の抗体使用法(ELISA)よりMTXを高感度に検出することに成功し、その研究成果を『Analytical Chemis­try』誌で公開した。品質の安定しない抗体を利用するELISAを核酸で置き換えられる、というのが研究のモチベーションであった。MTXに結合する核酸アプタマーは研究室で獲得した。核酸アプタマーを獲得する方法として一九九〇年に開発されたSELEX法がある。標的分子と核酸ライブラリーを混合して結合するものだけ選び出し、結合しない配列を洗浄してまた混合して選び出すという手順を十回以上繰り返す方法で、必ずしも成功率は高いものではなかった。しかも、核酸アプタマー関連の特許が二〇一一年頃まで米国企業に独占されており、精力的に研究できるのは特許の制約を受けないアカデミアのみで、産業界では停滞することとなった。必然的に領域の研究者もあまり増えず、ELISAの抗体を核酸アプタマーに置き換える動きも鈍かった。優れた技術が社会実装されないのは、大きな損失であると思う。
 MTX結合アプタマーの選抜に用いたのは、手順の繰り返しが三回で済むMACE―SELEX法という、独自の核酸アプタマー選抜法である。東大で研究室を設立した当初、従来型のSELEX法を様々な標的分子に対してチャレンジしたが、アプタマーの獲得までにかなり苦労した。改良法を文献調査したところ、キャピラリー電気泳動を併用する方法が見つかった。キャピラリー電気泳動は液体クロマトグラフィーと同じく分析化学分野における代表的な分離機器の一つであり、理論段数は液体クロマトグラフィーを上回る。学部・修士課程時代に所属したラボでよく利用していたため、他の研究グループがSELEX法に導入した意図と原理はすぐ理解できた。しかし試してみると、標的分子の電荷次第で電気泳動分離の条件設定を変えなければならず、汎用性に欠ける点が課題であることを認識した。また吸光度を用いるとそもそも検出できない。当時研究テーマを担当していた和久井君(現・第一三共研究員)に、ふと、巨大なビーズを結合対象に付けたら、その電荷が目印になって、対象分子個々の違いをキャンセルできるのでないかとアドバイスした。彼は優秀なうえに素直な学生で、トロンビンというタンパク質に直径1㎛のビーズを固定化し、内径75㎛のキャピラリーに流した。実験は目論見通りに成功、トロンビン単独では検出できなかったピークがくっきり現れた。他の学生たちに別の標的分子でも試してもらい、すべてほぼ同じ位置にピークが現れることも確認できた。MACE(磁性粒子支援型キャピラリー電気泳動)と名付けて二〇一九年に『Molecu­lar Therapy Nucleic Acid』誌にて発表した。
 MACE―SELEX法は、当時行っていた日産化学工業(現・日産化学)との共同研究で副産物的に発生したものだった。当時、研究成果の社会還元に興味はあったがそのプロセスには大いに未熟であった自分は、発明における東大の寄与率を大きくしすぎてしまい、結果的に日産化学は本技術を放棄(正確には譲渡)することになってしまった。日産化学に事業化を任せていれば、スムーズな社会還元が実現できたかもしれない、と今でも後悔している。
 ちょうど同時期に、大学発ベンチャーを支援するJSTの大学発新産業創出プログラム(START)の社会還元型プログラム(SCORE)に応募して採択された。同プログラムでの活動がきっかけとなり、製薬企業などの依頼に応じてアプタマーをライブラリーから選抜・提供する株式会社リンクバイオを、当時研究室の学術支援職員であった稲見氏と二〇二〇年五月に設立した。MACE―SELEX法を確立したことをききつけ、当時、東芝、第一三共、その他アカデミアの研究グループから共同研究の話がいくつか舞い込んできていたのも起業のきっかけだった。社名には、様々なバイオ技術を「リンク」させたいとの思いを込めた。MACE―SELEX法は二〇二一年に米国・中国・台湾、二〇二二年に日本で特許が成立した。
 私のラボでは現在、ダイキン工業と検出薬・診断システムの開発に関する研究を進めると同時に、創薬研究にも精力的に取り組んでいる。低コストで質が良く、二量化や中和が可能という特長は創薬研究においても大きなアドバンテージである。二〇二〇年に「血液凝固因子を標的とする中和可能な核酸アプタマー創薬基盤技術の開発」がAMEDの創薬基盤推進研究事業に採択されたのに続いて、二〇二二年には科研費・学術変革Bの「精密高分子による次世代医薬開拓」がスタートしている。核酸アプタマーを二量化したバイスペシフィックアプタマーや合成高分子と核酸のコンジュゲートなどを血液凝固疾患の難病や希少疾患の治療薬として開発するという野心的な内容であり、九州大学、奈良県立医科大学、中外製薬、リンクバイオと共同研究体制を構築して分野横断型連携のハブとなり、核酸アプタマー薬の上市、を定年までの目標として設定した。
 もし研究成果の社会還元を考えており、発明届の寄与率について疑問を持っている方がいれば、お気軽にご連絡ください。私の経験をもとにアドバイスさせて頂きます。

(生命環境科学系/化学)

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