HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報645号(2023年5月 8日)

教養学部報

第645号 外部公開

総合文化研究科超域文化科学専攻出身の小川哲さんが第168回直木三十五賞を受賞

武田将明

 総合文化研究科超域文化科学専攻出身の小川哲氏が、第168回直木三十五賞(以下、直木賞)を受賞した。日本文学振興会のウェブサイトによると、直木賞は「新進・中堅作家によるエンターテインメント作品」を対象にした文学賞であり、「新進作家による純文学」を対象にした芥川龍之介賞と並び、もっとも知名度の高い文学賞であることは言うまでもない。
 小川氏は教養学部超域文化科学科を卒業後、超域文化科学専攻に進学、博士課程在学中の二〇一五年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)で第3回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞して作家デビュー。その後は二〇一七年に『ゲームの王国』(早川書房)で第31回山本周五郎賞を受賞、二〇二〇年には『嘘と正典』(早川書房)で第162回直木賞の候補となっている。そして二回目の直木賞ノミネートとなった『地図と拳』(集英社)にて、晴れて受賞が決まった。なお、同書は第13回山田風太郎賞も受賞している。
 直木賞の選考会は二〇二三年一月十九日に開催された。『オール讀物』二月号掲載の宮部みゆき氏の選評によれば、『地図と拳』は「最初の投票から満票を得」ての受賞であり、桐野夏生氏の選評には「圧倒的傑作」との言葉も見られる。六百頁を超える大長篇である『地図と拳』について、この短い記事で論じることは不可能だが、日露戦争の前から第二次世界大戦までの半世紀に渡り、満洲(中国東北部)の架空の町を舞台に、史実と空想を織り交ぜて書かれた壮大かつジャンル横断的な本作品に対し、先ほどの評価は何ら過大なものではないと思われる。
 小川氏は、教養学部創立70周年記念出版物『東京大学駒場スタイル』(東京大学出版会、二〇一九年)に、「大工と爆発」という(奇しくも受賞作とどこか類似した)タイトルのエッセイを寄稿された。このエッセイには、「小説もまた、学問と同じで、足場を組み上げる行為と、足場を破壊する行為の繰り返しに他ならない」という一文が見られる。ここには、都市の建設という『地図と拳』の中心テーマとの関連が見られるだけでなく、緻密な物語の構成と息を呑むような意外性を両立させた同書の魅力に通じる、小川氏の一貫した創作態度が窺える。
 同エッセイによると、小川氏は理科一類に入学し、一度工学部に進学したものの、のちに教養学部に転部している。ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』との出会いをきっかけに、進学先を変更したという。そうであるならば、本学の特徴であるレイト・スペシャリゼーション(専門分野を入学後に決める制度)が小川氏の才能の開花を助けたかもしれず、この事実は学生・教職員にとって大いに参考になるだろう。小川氏の今後のさらなる活躍に期待したい。

(言語情報科学/英語)

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