HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報664号(2025年6月 2日)

教養学部報

第664号 外部公開

<時に沿って> 導かれて

武内秀憲

image664-03-4.png 二〇二五年四月付けで総合文化研究科の生命環境科学系に講師として着任しました武内秀憲と申します。植物の生殖遺伝学・分子細胞生物学を専門としており、これまでに展開してきた被子植物の受精前の「花粉管受精システム」と受精後の「雌雄染色体の維持」の研究を発展させながら、有性生殖を通じて生物の種というものがどのように維持され変化するのかを探究していきたいと考えています。

 私は、愛知県名古屋市で生まれ育ちました。一学年数十人ほど東京大学に進学する公立高校に通いましたが、ニヒルな言い方をすれば近いからという理由(と分子生物学が強そうという印象)で名古屋大学を選んで入学し、それ以降、大学院、博士研究員、特任助教と正味二十年間も名古屋大学には縁があり、お世話になりました。途中二年間オーストリアのウィーンに研究留学し、染色体に関わる研究テーマを展開させるきっかけにもなりましたが、私の研究の根のほとんどは名古屋発であると言えます(長年の感謝を込めて、ここに刻ませていただきます)。

 私は幼い頃からぼんやりとアカデミックな生物学者になることを夢見ていましたが、特に何が好きということはなく、植物の研究者になるとは思ってもいませんでした。なぜ植物の研究者になったのか? 研究室配属となる学部四年生のタイミングで恩師である東山哲也先生が東京大学より名古屋大学に赴任され、導かれたからなのだと思います。与えられた研究テーマは「花粉管誘導の仕組みをモデル双子葉植物のシロイヌナズナを用いて解明する」というものでしたが、それ以降あれこれと指示された記憶は全くありません。ですが、数多くのきっかけと素晴らしい環境、研究室内外の諸先輩・同輩・後輩のおかげで、自由に研究活動を続けることができました。シロイヌナズナでメスの細胞から分泌される花粉管誘引ペプチドおよび花粉管側の受容体を発見し、オスの細胞である花粉管がどのように受精の場まで導かれるのかを分子の視点で明らかにすることができました。花粉管を用いた受精システムは、地球上に三十万種以上存在すると言われている被子植物の全てが用いる仕組みです。現在私は、この受精システムを駆動する分子群に着目し、共通性と種特異性の分子基盤とその進化を理解するべく研究を進めています。同様に、受精後に出会うオスとメスの染色体の維持という視点で、異なる状態の染色体セットがどのように維持・変化するのかも研究しています。これらを通じて、「種とは何なのか?」という根源的な問いに実験的にアプローチするとともに、植物の自在な改変(育種)技術の開発にも波及させていきたいです。......と、気付けば、薄れつつあった生物学者を志すきっかけとなった淡い夢へと研究が導かれているように感じています(その話はいつか本当に体現できた時に)。

 さて、上でいくつか言及したように、これまで東京大学は近くて遠い存在でした。しかし、何かに導かれて私もこの駒場に着任し、研究者人生の次の一歩を踏み出すことができました。いろいろな所で出会う東京大学出身の方々もこの駒場で第一歩を踏み出したのだと認識し、身が引き締まる思いです。今ここで学んでいる多様な学生達が、将来振り返った時に駒場での経験が少しでも役に立つように、それぞれのイマジネーションの花を咲かせられるように、今度は私自身が導いていけるよう尽力していきます。

(生命環境科学/生物)

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