教養学部報
第664号
<時に沿って> 北欧の暮らしに学ぶ、健康のヒント
田名辺陽子
四月より身体運動グループに助教として着任いたしました田名辺陽子(たなべ・ようこ)と申します。専門は「運動と栄養」であり、特に運動やトレーニング後の筋の生理的応答や適応の過程に、栄養素の摂取がどのように関与するのかという点に関心を持ち、研究を進めています。運動後、私たちの筋肉は微細な損傷を受けますが、その回復過程が適切に進むことが、パフォーマンスの向上や身体の適応にとって重要です。この回復をより良く導くためには、「何を」「いつ」摂取するかが大きな鍵となります。私の研究では、特に抗炎症作用をもつ栄養素(たとえばウコンやワサビに含まれる成分など)が筋修復にどのように寄与するのか、またそれらを摂取する最適なタイミングについて、ヒト介入試験や生化学的分析を通して明らかにすることを目指してきました。
こうした研究をさらに深めるために、最近まで北欧ノルウェーにて研究活動を行っておりました。ノルウェーを選んだ理由は、率直に言えば「筋バイオプシーをやってみたかったから」という、研究者としては非常にシンプルなものでした。制度的にバイオプシーが行いやすく、実験環境が整っている点に魅力を感じたのです。実際に現地では、多くの協力者の方に支えられながら貴重なデータを得ることができ、研究者として貴重な経験を積むことができました。
ただ、実際に現地で生活を送ってみると、研究以外にも多くの学びがありました。特に印象的だったのは、運動が人々の生活の中に自然に根づいていたことです。出勤前のジョギングや筋力トレーニング(ジムは早朝が最も混雑していました)は日常の一部であり、雪道をクロスカントリースキーで移動する人や、氷点下のなかでもスパイク付きシューズで外を走る高齢者の姿も珍しくありませんでした。年齢や季節を問わず、身体を動かすことが生活の中に当たり前のように組み込まれていたのです。
また、食生活の面でも、健康を意識した選択が浸透していました。ノルウェーの料理は日本と比べて味付けや選択肢がシンプルで、日本食が恋しくなることも多々ありましたが、タンパク質やビタミンD、魚油(オメガ3脂肪酸)など、必要な栄養素を意識的かつ計画的に摂取する習慣が根づいており、「自分の身体にとって何が必要か」を基準にした食生活が印象的でした。
一方で、日本の健康寿命と平均寿命の差に目を向けると、長く生きられても、元気に過ごせていない期間があるという現状に気づかされます。その差を埋めるカギは、日々の運動習慣と栄養への理解・実践にあると私は考えています。だからこそ、「運動と栄養」に関する科学的理解を深め、その知見を社会にわかりやすく伝えていくことで、一人ひとりが自らの健康を主体的に維持できる社会づくりに貢献したいと考えています。
学生の皆さんとも、講義や研究活動を通じて、運動と栄養の面白さを共有できることを楽しみにしています。日々の生活やスポーツに活かせるヒントがたくさんある分野ですので、ぜひ気軽に声をかけていただけたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。
(生命環境科学/スポーツ・身体運動)
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