HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報664号(2025年6月 2日)

教養学部報

第664号 外部公開

<時に沿って> 駒場に戻って

岡野伸哉

 二〇二五年四月に総合文化研究科言語情報科学専攻に講師として着任しました、岡野伸哉と申します。前期課程では必修のドイツ語を担当いたします。専門はドイツ語学・理論言語学で、主にモダリティ・証拠性・時制という文法カテゴリに属することばの意味解釈について、形式意味論と呼ばれる枠組みを用いて研究しています。

 私は学部から博士後期課程に至るまで駒場の所属でしたが、元々東大で修めようと思っていたのは歴史学で、特にビザンツ帝国について研究をしたいと考えていました。しかし、同じクラスには歴史について既に専門家のような(少なくとも当時の私にはそう見えました)知識を蓄えた同級生たちが複数おり、これはとても敵わない、と当初の志を早々に手放してしまいます。文科三類という科類の特性もあるのでしょうか、クラスメート達はみな色々なことを知っており、学校のお勉強だけをしてきたわけじゃないんだぜ、という自信に満ち溢れているように映りました。人口が一万人にも満たない、岡山の小さな町から上京してきた十八歳当時の私はすっかり気圧されてしまい、前期課程の間は鬱々とした、なかなかにつらい時期を過ごしたことを覚えています。

 幸運だったのは、歴史学以外に語学・言語学への興味・関心も抱いていたことでした。YouTubeもできて間もない当時では、言語学という学問は今ほどメジャーではなく、この分野であれば(他に興味をもっている人がいないので)クラスで一番詳しい、という(ちょっと情けない)自負がありました。さらなる幸運は、駒場には自身の第二外国語であるドイツ語を専門とされる言語学の先生が複数いらっしゃった(幸田薫先生、後の指導教官となる森芳樹先生)ことです。先生方の教えに導かれるまま、教養学部後期課程(当時の言語情報科学分科)に進学し、本格的にドイツ語学・理論言語学を修めることとなりました。

 その後、駒場では長い院生時代を過ごしたのですが、その間にも様々な出会いと巡り合わせに恵まれました。中でも、テュービンゲンというドイツの美しい大学町への留学の機会を得られたこと、お茶の水女子大学の戸次大介先生のゼミに通わせていただいたことは、それぞれドイツ語学・形式意味論という分野をやっていく上で、かけがえのない礎となりました。

 こうした全てのことは、入学したばかりの頃の私には想像もできませんでした。ましてや、母校に着任することになるとは、(つい最近まで)夢にも思っていませんでした。このようなことがそもそも可能になったのは、レイト・スペシャライゼーションの仕組みが東大にあったからこそです。私の経験が何かの教訓になるわけでもありませんが、たとえ入学当初の学問的関心が挫けても、その後の専門分化の過程で思わぬ道を見出すことはある、という一つの事例をお伝えできればと思い、ここに記しました。これからは教員として、少しでも駒場に恩返しができるよう努めて参ります。どうぞよろしくお願いいたします。

(言語情報科学/ドイツ語)

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