教養学部報
第664号
赤ちゃん太陽はクルクル回る? それとも...
鈴木 建
私たちは回転する世界に生きている─地球が自転することで一日が流れ、地球が太陽の回りを公転することで、季節が流れ一年が過ぎ去る。天体には恒星や惑星の他にも、褐色矮星、白色矮星や中性子星、ブラックホールなど様々なものがあるが、おそらく全ての天体は回転している。そして太陽も約25日(赤道付近の値、極ではもう少し長い)で自転している。万物は流転、ならぬ、万物は回転している、と言えようか。本稿では、太陽の自転の時間進化を軸に考えていく。
教養の力学の授業の序盤に出てくる、角運動量の保存という考え方を紹介する。角運動量とはおおざっぱにいうと、回転する物体の⑴質量、⑵回転軸周りの大きさ、⑶回転速度の三つを掛け合わせた物理量である。身近な回転体として私がまず思い付くのが、コマである。日本記録認定協会によると、コマの最長回転時間は1時間37分42秒だそうだ。これは想像を絶する長さではあるが、やがてどんなコマでも遅かれ早かれ回転が減速しコマは倒れる。これは、コマの軸と床との摩擦や周囲の空気の影響によりコマの角運動量が失われ、上記の⑶回転速度が遅くなったと解釈することができる。が、もし角運動量が保存していると、コマはずっと回り続けることができる。
では太陽ではどうだろうか。太陽からは光だけではなく、太陽風と呼ばれるガスが放出されている。さらに太陽の表面には、至るところに磁場がある。磁場はなかなか掴み所がないが、磁力線というゴム紐のような役割をするものと考えて頂くと良い。太陽は多数のゴム紐(=磁力線)にまとわりつかれながら自転し、さらに餅(=ガス)がゴム紐にまとわりつきながら流れ出しているようなイメージである。いかにも回りにくそうだ。実際、このような「磁気制動」機構で、太陽の角運動量は外部へと流れ出し、徐々に自転が遅くなっている。これは、時間を遡ると、若い頃の太陽はもっと自転が速かったことを意味する。46億年前からの太陽の自転進化を直接計測することはできないが、若い太陽類似星達の観測から、昔の太陽は現在よりもかなり高速で自転していたものと推測されている。
若い恒星の高速自転は、その誕生過程と大きく関わっている。おおまかには、星間ガスの密度が高いところが重力で集まり、原始星が形成され恒星の誕生につながるとされるが、それほどすんなりとは行かない。星間ガスを構成するガス「素片」達はランダムに動き回っている。徐々に収縮していくなかで、例えば左に動く素片と右に動く素片が合体すると両者の速度が相殺されるが、両者がぴったり同じだけあることはまずない。結果として、いくらかの平行移動する成分が残ることになる。回転運動についても同じく、様々な軸の回りに回転するガス素片達が合体していくと大部分の回転運動はキャンセルし合うが、相殺し切れない正味の回転成分が残り、これがやがて形成される恒星の角運動量の源となる。そしてガス塊が収縮すると、上述の角運動量保存則から、回転が加速していく。つまり、⑵の回転軸周りの大きさが小さくなる一方で、角運動量を減らさないため⑶回転速度が上昇していくのである。回転できる椅子に腰掛け両手を大きく横に広げて回転させ、手を胸の前で閉じてみよう。回転がじわりと速くなることから、この現象を体感できるだろう。
原始星の周囲には、これまた星間ガスから集められた原始惑星系円盤が取りまいている。円盤からもガスが回転しながら原始星に降り積もり、原始星への角運動量注入、つまり自転の加速に寄与する。ガスの収縮に加えてこの機構も働くことで、星は誕生する際に必然的に自転が速くなる。しかし速くなり過ぎると、自転による遠心力が重力を上回ってしまい、星からガスが流れ出し構造が保てなくなってしまう。そうなると、原始星から最終的に太陽のような恒星ができるところまで本当に到達できるのか?という疑問が湧いてくる。
さて、ここからが本題である。髙棹真介氏(大阪大学/現在、武蔵野美術大学准教授)を中心とする我々のグループは、二〇二五年二月「赤ちゃん星のスピンダウン: 大規模シミュレーションでそのメカニズムを発見」についての報道発表をした。ここでのポイントは、スーパーコンピューターを用いた「論より証拠」的な数値実験により、原始星の角運動量が効率的に抜き取られ、自転はそこまで速くならないことを示したことである。重要となるのは、原始星と原始惑星系円盤をつなぐ磁場である。図は数値シミュレーション結果を可視化したものであり、原始星から生えた磁力線が周囲の円盤に伸び、ガスに絡みつかれているようになっているのが分かる。円盤の方が原始星よりゆっくり回転しているため、原始星は円盤からブレーキをかけられた状況─物理的には、原始星の角運動量が磁場を介して円盤へと輸送されるという解釈─になる。反作用として円盤のガスは角運動量を得ることになり、一部が外側に流れ出ていることも分かった。この一連の過程は、先に述べた太陽の磁気制動を少し複雑にしたものとも言えよう。
さらに、円盤から原始星へと落ちてくるガスも、磁場と絡まりながらやって来ることで、角運動量が抜き取られてもいた。言い換えると、磁場が無い場合に比べて落ちてくるガスの回転が遅い状況となっていたため、自転の加速問題の回避に一役買っていたのである。遠心力による障壁のため太陽ができないかも、と上で述べたが、精緻な数値実験をすると、やはり太陽は誕生してくれそうだ、と相成った。一安心である。
(謝辞)
本稿は、髙棹氏の他に國友正信氏(久留米大)、岩﨑一成氏(国立天文台)、富田賢吾氏(東北大)との共同研究に基づくものである。本研究の一連の数値シミュレーションには、国立天文台CfCAアテルイⅡ、および、計算サーバ、京大基礎物理学研究所大型計算機が用いられた。
(広域システム科学/宇宙地球)
〇関連情報
【研究成果】赤ちゃん星のスピンダウン:大規模シミュレーションでそのメカニズムを発見 ──太陽の進化解明に期待──
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20250214140000.html
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