教養学部報
第665号
光でDNA再編成を制御するMagTAQingシステムの開発
太田邦史、米 秀之
生物の形や機能は、極端に単純化すると環境と遺伝の組み合わせで決まるといえます。遺伝については、DNAは四種のデオキシリボヌクレオチドという物質が直線上に並んだ糸状物質ですが、この並びがちょうど生物の形や機能を遺伝的に定める指令書のような役割を果たします。生物はこの指令書を次世代に継承することで、永続的に生命活動を継続することができます。しかしながら、雄や雌など性の仕組みを有する多くの生物種では、次世代に全く同じ指令書を残すのではなく、両親の指令書を組換え、少しだけ変化させた指令書を残すようにしています。この指令書の再編集は、遺伝的組換えやDNA再編成と呼ばれています。
人類は、このような自然界のDNA再編成のしくみを利用して、自分たちの活動に役立つ生物を改良してきました。たとえば、トウモロコシなどは原種のテオシントを改良することで形態が大きく変化し、大量に種子が収穫できるように改良されています。一方、従来の方法で生物を改良するには長い年月を必要とします。そこで、私たちの研究室では人工的にDNA再編成を加速するTAQingシステム(「トップダウン型ゲノム合成技術」の一つ)の開発により、迅速に有用な生物を作り出す研究を行っています(村本ら, Nature Commun. 2018)。TAQingシステムでは、温度上昇で活性化するDNA切断酵素を細胞内に導入し、一次的に加温して部分的に細胞内のDNAを切断し、DNA再編成を誘発していました。ところが、温度変化に弱い生物や細胞への適用が困難であり、また特定の時期に狙った細胞だけDNA切断を誘発することは困難でした。そのため、光で活性を制御できるDNA切断酵素を新たに開発し、光で精密にDNA切断を制御することで、これらの課題を克服しました。
共同研究者の佐藤守俊教授(本研究科広域科学専攻)は、これまでにMagnetモジュールを開発しています。アカパンカビ由来の光受容体タンパク質を改良して開発された青色光下で会合する一対の光スイッチタンパク質です。今回このMagnetを活用しました。一対のMagnetを二分割したMboIというDNA切断酵素それぞれ(活性はなし)に連結させて細胞内で発現させます。すると、青色光を当てた時だけDNA切断酵素がMagnetを介して会合し、DNA切断活性が出ます(図)。私たちはこの酵素を「MagMboI」、実験系を「MagTAQing」と名付けました。また、MagMboIを発現する細胞に青色光を照射したのちに、細胞からDNAを回収してDNA配列を解析した結果、多様なDNA再編成が生じていることを確認できました。
MagTAQingを用いて、温度変化に弱い減数分裂期(子孫を継承する際に行われる特別な分裂期)の酵母細胞を用いて時限的にDNA再編成を引き起こす実験を行いました。この際、減数分裂期の遺伝的組換えを開始するSpo11というDNA切断酵素を欠く細胞にMagMboIを導入しました。なお、Spo11を欠損した酵母細胞は遺伝的組換えが全く起きないため減数分裂に異常が生じ、子孫継承に必要な配偶子(人間では精子や卵に相当)が正常に作れません。Spo11の代わりにMagMboIを導入して青色光を照射し、その細胞のDNA配列を調べると、多数の染色体組換えが生じたことが確認できましたが、生存可能な配偶子は稀でした。興味深いことにMagMboIでは、通常の減数分裂ではDNA組換えが観察されない領域や、複数の染色体上に存在するよく似た配列間でDNA組換えが起きていました。このような組換えは減数分裂期に致死的な染色体異常を生じることが知られており、そのために生存可能な配偶子形成が影響を受けたと考えられます。また、今回の実験から天然の組換えを引き起こすSpo11が、染色体異常を避けつつDNA再編成を起こす可能性が示唆されました。実際にSpo11のDNA切断が活性化するには、複雑なメカニズムが複数関与しますが、その理由の一つとして染色体異常の抑制があるものと推定されます。

(右)MagMboIが存在し青色光を当てたときのみ(+のレーン)DNAが分解され分子量の低い位置に尾を引いたように多数のDNA断片が見られた。
このようにMagTAQingは、特定状況下にある細胞に限定してDNA再編成を誘発することが可能です。DNA再編成は細胞の種類や状況に応じて異なるパターンで生じることが報告されており、MagTAQingを実施する細胞を選ぶことで、これまでにない多様なDNA再編成パターンを有する細胞を作製することができます。これにより、より有益な性質を有する細胞や生物をトップダウン合成することが可能になると期待されます。
(生命環境科学/生物)
(生命環境科学)
〇関連情報
【研究成果】光でゲノム変化を制御するゲノム合成技術「MagTAQing」を開発
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20250411090100.html
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