HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報666号(2025年10月 1日)

教養学部報

第666号 外部公開

<本の棚> 二井彬緒 著 『ハンナ・アーレントと共生の〈場所〉論 ―パレスチナ・ユダヤの バイナショナリズムを再考する』

鶴見太郎

 image666-02-3.jpg現代的意義が常に発掘され続けている思想家アーレントであるが、彼女とシオニズムの関係はこれまで断片的にしか議論されてこなかった。初期にシオニストとして活動していた時期が取り上げられるか、アイヒマン裁判論をはじめ、シオニズムに批判的な視線が紹介されるかぐらいだった。これに対して本書は、初期から終盤までアーレントが貫いていたものからアーレントのシオニズムへの態度を明快に論じる。

 これまでアーレント論者がおそらく扱いに困ってきたのは、ホロコーストの時期にアーレントが提案したユダヤ軍創設についての議論だ。一見するとタカ派シオニストのような議論であり、その後のアーレントの議論との整合性が見えにくい。

 しかし著者によれば、このユダヤ軍創設の議論こそがアーレントを貫くものでる。このユダヤ軍は、パレスチナのシオニスト社会のためのものではなく、ナチ迫害に立ち向かうためのものである。やられてばかりのユダヤ人が、自分たちを守り、共通の利益を示すために立ち上がることを通して、政治活動が開始する。それは「はじまり」の暴力であって、いかなる政治集団もそれなしには始まらないものとして肯定的に位置づけられるのだという。これは彼女が、(彼女が見るところ)政治的な共通経験ではなく、人種などの自然的なものに基礎を置くドイツ以東の民族共同体に批判的であることとも整合している。

 アーレントによると〈場所〉を持たない者は意見を持つことができない。難民はそのような存在であり、ディアスポラのユダヤ人もそう定義される。差別に対して立ち上がることを通じて初めて、活動のための〈場所〉が得られる。

 アーレントは、本書副題にもあるように、シオニズムに関わっていた時期はバイナショナリズムと呼ばれる、アラブ人(パレスチナ人)と対等な立場で一つの国を作ることを目指す思潮を支持していた。先のように後年にはシオニズム批判を展開したから、シオニズムのなかでは最左派であるように見えるかもしれない。

 だが、本書を読み進めるにつれ、彼女はシオニズムの本流に位置づくようにも思えてきた。まず、ユダヤ人が能動性的存在に転換するよう強調するのはシオニズムの最も基本的なところである。

 また、比喩としてではあれ、「はじまり」の暴力で作られた「城壁」は、暴力の空間であるその外と非暴力の内部を隔て、その内部で複数性が維持されるというのも、イスラエルのユダヤ人なら現在までのイスラエルを想起するだろう。というのも、現在にあっても、反ネタニヤフ・デモは頻繁に平和裏に行われ、デモ隊が幹線道路を塞いでも即座に弾圧されることはない。テレビでも、今年八月のネタニヤフのガザ制圧方針をめぐって日々議論が闘わされている。

 しかし、著者が示すアーレントを貫く原則からすると、現在のイスラエルとは大きな違いもある。複数性が維持される〈場所〉の希求こそが彼女の大原則だった。〈場所〉の立ち上げにユダヤ軍が必要だったにしても、国家の運営は、ユダヤ人単独ではなく、パレスチナ人と協同で行われなければならない。

 もちろん、著者が繰り返し留保するように、これも所詮は外から入ってきたユダヤ人による身勝手な話にすぎない。いきなりアーレント的な意味での能動性をもってシオニストとの協同を強いられるパレスチナ人からすれば、余計なお世話だ。

 しかし、場当たり的できわめて限定的ながら、イスラエルと占領地パレスチナという複数性が結果的に続いてきたなかで、それさえ徹底して一元化し、国内に関しても複数性の砦である司法への介入を強めようとするのが、現在のネタニヤフ政権である。堅固な城壁ができてしまっている現実を前に、イスラエルとしてどのようなあり方を目指すべきかを考える羅針盤として、アーレントの議論は再び意義を持ち始める。

 アーレントは、悪化していく現実しか見通せない荒波のなかで、それに抗うだけでなく、その先で失ってはならない複数性を握り締め続けた。パレスチナ人が惨禍にあるなかでの思想研究の意味を問う著者が追ったのはその姿だったか。

(地域文化研究/国際関係)

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