HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報668号(2025年12月 1日)

教養学部報

第668号 外部公開

被爆80周年記念「家族の歴史から見えるもう一つの世界史:記憶を未来へつなぐ」開催報告

岡田晃枝

 被爆八〇周年に当たる今年はさまざまな関連行事が国内外で行われている。駒場では去る七月二六日、教養教育高度化機構EX部門主催でアリ・ビーザー(Ari Beser)氏の講演会「家族の歴史から見えるもう一つの世界史─記憶を未来へつなぐ」を開催した。同機構から教養学部に出講している全学自由研究ゼミナール「平和のために東大生ができること」の履修生・元履修生が通訳や裏方を担当した。

 ビーザー氏の父方の祖父は、第二次世界大戦時に広島と長崎に原爆を投下した二機の爆撃機に搭乗した唯一の軍人ジェイコブ・ビーザー(Jacob Beser)氏である。一方で、母方の祖父の職場には広島で原爆の被害を受けた後に米国に渡った日本人がおり、その人と家族ぐるみで友情を育んだという。ビーザー氏は、原爆を投下した「米国にとっての英雄」の孫であると同時に、被爆した人たちとも親交を結んだ人間として、祖父や家族にまつわる資料を整理しながら、何度も来日して日本で被爆者の声を集め、デジタル・ストーリーテリングという手法を使って両方の声を世界に届ける活動をしている。

 講演会では、病床で折り鶴を折り続けた佐々木禎子さんの甥である佐々木祐滋氏、トルーマン大統領の孫であるクリフトン・トルーマン・ダニエル氏、To Hell and Back: The Last Train from Hiroshimaの著者チャールズ・ペレグリーノ氏をはじめ、さまざまな人々との奇縁で活動の幅を広げられたこと、現在取り組んでいる重要な活動の一つである原田小鈴さん(広島と長崎の両方で被爆した二重被爆者である山口彊さんの孫)との交流の話などが語られた後、講演タイトルである「家族の歴史から見えるもう一つの世界史」に話題が進んでいった。祖父たちをはじめとする家族の記録─各種書類、書簡、メモ、ビデオ、録音された音声など─を集め、それらを照らし合わせていく中で、自分の家族のルーツについて祖父や親から伝え聞いていたのとは異なる事実を見つけたことを紹介し、自分の家族に伝わる歴史を文書・記録で確認することで新たな発見があると語ってくれた。同時に、戦火や大災害などのせいで文書・記録がたどれなくなっている人々がいるということに言及し、文書・記録で自分の家族の歴史を確認できることがいかに幸福なことであるかを感じてほしいとも話した。

 ビーザー氏は講演会の中で自身の作品を二点、上映してくれた。一つはナチスドイツから米国に逃れてきたユダヤ人の子どもを救済する活動をしていた曾祖母に関するインタビュー、もう一つは祖父ジェイコブ・ビーザー氏の音声記録に映像と日本語字幕をつけたものである。その動画の中で、ジェイコブ・ビーザー氏が、広島への原爆投下の後は長く準備してきた秘密ミッションをやり遂げたという気持ち、長崎への投下の後は、もう二度と同じミッションにはかかわりたくないから日本の指導者に戦争をやめる決断をしてほしいと願う気持ちだったと語っていたのが印象的であった。
講演を受けて、被爆者の方々と向き合うのにあたって気を付けていることは何か、世界の平和のためにどんなメッセージを発信することが必要だと考えるかといった質問、また、異なる歴史認識を持つ人々とうまく語りあえなくて困っているというアジア圏の留学生からの相談など、活発な質疑応答が繰り広げられた。

 この講演会で語られたことの一部と、語り切れなかったことは、ビーザー氏が前述した原田小鈴さんと共著で出版した『「キノコ雲」の上と下の物語─孫たちの葛藤と軌跡』(朝日新聞出版、二〇二五年)に書かれている。講演会の後、本を持参した参加者に向けて、ビーザー氏によるミニサイン会が開催された。

 冒頭で記したとおり、この講演会の逐次通訳、解題、裏方を務めてくれたのは全学自由研究ゼミナール「平和のために東大生ができること」の履修生と元履修生である。講演会の話を聞いて卒業生もかけつけてくれた。「平和のために東大生ができること」は、二〇一一年から毎年、ほぼ毎学期開講している全学ゼミだ。核軍縮や世界平和というと、特定の主義主張と結び付けて敬遠してしまう学生が見受けられる中、イデオロギーを排し、論理的にこれらについて議論する場を学生たちに提供している。「現場を体験する」ことも主要な目標の一つで、自分たちでインタビューし、翻訳した被爆証言を持ってニューヨークの国連軍縮部を訪問したり、ラオスを訪問してベトナム戦争時の不発弾処理に苦心する専門家にインタビューしたりといった活動もしてきた。近年は国際研修と組み合わせて、核実験の後遺症に苦しむカザフスタンを年一回訪問している。

 ビーザー氏と「平和のために東大生ができること」の出会いは二〇一二年にさかのぼる。その年に佐々木祐滋さんの招聘でトルーマン・ダニエル氏とともに来日したビーザー氏を駒場に迎え、この授業の履修生と「孫と孫の対話」をコンセプトとして語りあうラウンドテーブルを開催した。このときビーザー氏は履修生の一人の部屋に「ホームステイ」し、友情を培った。この二人の来日は多数のメディアが取材したが、主に対象となったのはトルーマン・ダニエル氏のほうで、まだ年若く多くの作品を発表する前のビーザー氏は放っておかれることが多かったと本人は苦笑しながら振り返るが、全学ゼミの履修生たちにとっては年齢が近く、仲間の部屋に泊まって身近に接してくれたビーザー氏のほうが強く印象に残っているようである。

 その後、二〇一五年にビーザー氏がフルブライト-ナショナルジオグラフィック・デジタル・ストーリーテリング奨学金を受給したときには筆者が推薦者の一人となり、日本での活動を応援した。その奨学金で日本に滞在中の二〇一六年、全学ゼミ「平和のために東大生ができること」でビーザー氏は授業内講演をしてくれた。その後も交流は続き、二〇二三年、二四年の来日時にもそれぞれ授業内講演で履修生たちと平和に向けた活動について語りあってくれた。今後もビーザー氏の活躍を応援しつつ、ビーザー氏が喜んで話をしに来てくれるよう、授業のほうも充実した内容にしていきたい。

(教養教育高度化機構)

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