教養学部報
第668号 ![]()
<送る言葉> 遠ざかる背中を追いながら
武田将明
河合祥一郎先生について、私がまず思い浮かべるのは駒場キャンパスの正門を駆け抜ける姿や、キャンパス内を自転車で疾走する姿である。慌てているというより、速度を楽しんでいるように見えるものの、声をかけるのはためらわれる。河合先生と私は所属する専攻が異なることもあり、二〇一〇年に私が駒場教員となってからしばらくは、若干の距離があった。同じ英文学を研究しているとはいえ、若輩者の私から見れば、シェイクスピアの時代の劇団を緻密に考証し、作品の上演・解釈に清新な風を吹き込んだ『ハムレットは太っていた!』で二〇〇一年にサントリー学芸賞を受賞されるなど、日本の英文学研究を牽引してきた河合先生は、仰ぎ見るような存在だった。
その後も私の研究はあまり進展を見ないのに、幸い河合先生とお近づきになれたのは、二〇一二年に英語部会が英語一列の新教科書『教養英語読本』を編集したのがきっかけである。山本史郎先生が英文の素材を集められ、河合先生が教材化の指揮を取り、猛然たるスピードで全二巻、二二本の文章に注釈を施し、ネイティヴ・スピーカーによる朗読、授業用ワークシート、おまけにヴィデオ教材まで製作した。その頃はまだ子供もおらず、時間と体力だけはあった私は、二人の碩学に何とかついていこうとした。傍らで河合先生の見事な差配を拝見して実感したのは、大きなプロジェクトを進めるにあたり、瞬時に的確な判断を行い、それを簡潔な言葉で伝えることがいかに重要かということだった。当たり前かもしれないが、中途半端に文学研究などやっていると、即物的・実用的な表現をするのが難しい。この点、河合先生は研究者であると同時に一流の演劇人でもあり、シェイクスピア作品の翻案・演出もされていた(二〇一四年にKawai Projectを立ち上げてからは、自作を含む劇作の上演にいっそう本格的に取り組まれている)。公演までの限られた時間で最高のものを作り上げてきた経験が、河合先生の言動の根底にあるのだろう。一見無愛想にも思える言葉の裏に、仕事への人一倍の情熱が潜んでいることは、容易に想像できた。
その後、さまざまな機会でお世話になった。劇作家の平田オリザ氏への公開インタヴューを企画した際、河合先生にインタヴュアーをお願いしたところ、実はお二人とも同時期に駒場幼稚園に通っていたと伺い、たいへん驚いた。当日の様子は、飯田橋文学会の現代作家アーカイヴとしてウェブで視聴できる。そして忘れもしない、コロナ禍中の二〇二一年五月二三日に実施された、日本英文学会の特別シンポジアム。このとき私は英文学会事務局長として、全面オンラインでの全国大会の運営責任者だった。失敗の許されない空気の中、事務局員を駒場18号館のコラボ1に集め、多数のパソコンでZoomを管理していたのだが、どうにか乗り切れたのは『教養英語読本』製作時の河合先生の顰に倣い、ピンチの時ほどクールでいようと努めたからに他ならない。そして、二日間の大会の掉尾を飾る特別シンポ「明治以後の日本におけるシェイクスピア受容」のために、その河合先生が狂言師の野村萬斎氏とコラボ1に来て、シェイクスピアの翻案に関する巧みなトークを展開されるのを撮影しながら、私は勝手に感極まっていた。
まだまだ書き足りないのだが二つだけ追記したい。まず、翻訳者としての河合先生について。専門であるシェイクスピアからモーム『人間のしがらみ』、ディケンズ『大いなる遺産』など、英語文学の古典を広く訳されているのは書くまでもないだろうが、我が家に子供が生まれて気づいたのは、河合先生が膨大な数の児童文学を訳されていることである。「ドリトル先生」シリーズ、『赤毛のアン』、さらには「ナルニア国物語」全七巻も。学内業務、研究、Kawai Projectの企画等に加え、毎年四、五冊を翻訳することが、どうしてできるのか。原文の味を損なわない自然な日本語で書かれた訳文はもちろん、専門性と一般性を両立させた訳者解説も流石と言うしかない。こうした解説などを集めて、いつか一冊(どころじゃないか)のご著書として拝読できることを一読者として楽しみにしている。
昨年の夏、私は在外研究で英国ケンブリッジに滞在していたが、大学図書館の廊下を歩いていると、やはり渡英中の河合先生が机に座っていた。このとき初めて、完全に静止している河合先生を見ることができた。そしてついに、こちらから声をかけるのに成功したのである。河合先生はほんの一瞬動揺されたが、すぐにいつもの調子を取り戻し、今度ケム川でそれぞれの家族を連れてパンティング(ボート漕ぎ)をしましょうと約束したのだが、残念ながら予定が合わずに流れてしまった。しかしいつか、ケンブリッジ大の先輩でもある河合先生がいかに華麗にパンティングされるのかをぜひ拝見したいと思う。果たしてそこには、どのような時間が流れるのだろうか。
(言語情報科学/英語)
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