教養学部報
第669号 ![]()
<本の棚> 勝又清和 著『キホンからわかる東大教養将棋講座』日経プレミアシリーズ
金子知適
本学教養学部では将棋を初めて学ぶという受講者を対象に、「将棋で磨く知性と感性」という全学ゼミナールを十年強開講しました。本書の著者は、講師の一人の勝又清和七段で、平易なことばで授業のさまざまなトピックを知ることができます。将棋にかぎりませんが新しくものごとを学ぶと、普段の授業を少しはなれた、新鮮な頭の使い方を体験できるかもしれません。
最近はいろいろな場面でAIの賢さを実感する機会があります。AIと人の思考方法はもちろん異なりますが、将棋に関しては共通点もあります。それは、読みと、形勢判断の二つを分けて考えることです。読みとは自分や相手が指した後の未来の状態を検討することで、その初歩は、詰みの理解にも重要です。将棋で勝つとは、相手の玉を取ると表現してもだいたいよいのですが、正確には相手の玉を詰ませることです。詰みとは、王手をかけられていて防ぐ手がない、つまり、どの手を指しても次に玉を取られてしまうという状況を指します。王手がかかっているかどうかは今の駒の配置を見れば分かりますが、防ぐ手がないかどうかは、たとえば玉を隣に動かしてみたと仮定して相手がそのマスの駒を取れるかどうかという一手先の未来を考えています。詰みの判断ができるようになったら、次の目標は、詰みにできる(つまり勝てる)手があれば見つけることです。これを一手詰めの問題といい、例題に対応する考え方を本書で体験することができます。数学の証明問題にも似てうっかり失敗することもあるかもしれませんが、すぐに上達できるでしょう。一手では詰みにはならなくても、王手に相手がどう受けてもすぐ一手詰みにできるなら、三手詰めがあるといいます。手数が長いほど、遠い未来と多くの枝分かれが生じて、詰みがあるかの判定は難しくなります。詰め将棋の練習を少しでもすると、何十手も先の詰みを読む棋士の能力が実感できるでしょう。
一方で、どれだけ強い人もAIも初手から詰みまで読み切ることはできません。将棋の局面は推定で10の69乗程度と無数にあります。では、どのような局面を目指して指し手を選ぶか、その基準や指針を形勢判断や大局観と呼びます。勝又先生のお勧めは、駒の損得・駒の働き・玉の安全度・手番の四点です。駒の損得は枚数と対応して明快ですが、各駒の働きをどう考えればよいのか疑問に思うかもしれません。本書では経営者と社員の比喩で分かりやすく紹介されますが、実践に生かすためには対局を通じて理解を深めてゆくことが必要です。はじめは長考しないようにして、経験を多く積むことがお勧めです。よい実践のためには、本書で紹介されている棒銀や振り飛車など定跡通りに進めて、ある程度戦いが始まった局面から練習対局を始めることも効果的でしょう。
なお、現代のAIは何のガイドも無しに自分自身と対局した勝敗から学んで強くなるのですが、一千万局くらい必要とします。効率よく学ぶ力は人の方が上と言えるかもしれません。将棋のゲームの複雑さや面白さには、持ち駒という取った駒を再度使えるルールも寄与しています。これは世界の将棋と比較しても独特で、日本に伝来してしばらくしてから確立されたようです。チェス類型のゲームの発祥地とされるインドから日本までどう伝わったか、平安、江戸を経て現在とどうつながるのかを知ることも、学ぶ楽しみの一つでしょう。
最後に本書と関連する授業について簡単に紹介します。「将棋で磨く知性と感性」の授業は、二〇一三年度冬学期に堀口弘治七段、勝又清和七段、矢内理絵子女流五段を客員教授・准教授として講師にお迎えして始まりました。初回のガイダンスは受講希望者で教室があふれるほどでした。より多くの人に将棋の魅力を伝えるために、羽生三冠や谷川九段による特別講演も行われました(肩書きは当時)。授業では、駒を取る、成る、交換する、持ち駒を打つ、取られそうな駒を逃げる、各マスの動ける駒(利き)を調べて自分の利きが相手より多いマスに動くなど経験を少しずつ増やしてゆくこと、5656将棋、青空将棋など、盤の広さや駒の種類を減らしたバリエーション、終盤から始める寄せ将棋などさまざまにカリキュラムを工夫して実践を通じた理解を目指しました。特別講演や授業の一部の内容は、東大TVや授業ホームページなどから、ビデオで視聴可能です。
(広域システム科学/情報・図形科学)
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