教養学部報
第669号 ![]()
<駒場をあとに> 1.2足の草鞋
山口 泰
所属する学会活動の関連で、前期課程における情報教育の経緯について調べる必要に迫られていたところ、教養学部報の原稿執筆を依頼されたため、駒場着任以来の前期課程教育との関わりについて振り返ることにした。本学の前期課程教育で情報が必修化されたのは一九九三年であり、「情報処理」という科目が開設された。その前身は主にプログラミングを扱う理系学生向けの選択科目「情報処理入門」であり、履修者数がほぼ倍に増えることになった。そのような中で、私は同じ九三年に情報教育の担当者として採用された。当然のことながら「情報処理」が担当科目であったが、簡単なCGプログラミングも扱う「図形科学実習」も担当することになった。というのは、私の当時の専門がコンピュータグラフィクスの一分野である形状処理であったためで、情報・図形科学教室(現在の情報・図形科学部会)にとっては、情報も図形科学も担当できそうな存在として採用されたものと思われる。
実は、私自身が駒場の学生であったときを思い起こすと、一年次の通年科目「図学」は落ちこぼれだった。春学期はともかく、秋学期になってからはまったくふるわず、通年の平均点合格という制度で切り抜けたように記憶している。図学に対する捉え方がズレていたことに加えて、部活動にかなり力を入れていたことも影響している。しかし、後から考えると、そんな私が図形科学の授業を担当できるようになったのは、部活動のおかげと思われる節もある。当該の部活動はワンゲルという山登りのクラブであった。山を登る際には地図読みが欠かせない。最近ではスマホなどにGPSという便利な機能があり、自らの場所を示してくれる。しかし、そのようなツールのない当時は、周囲の景色から地図上の位置を特定しなくてはならなかった。地図という2次元の図面と、実際の3次元空間との対応をとる必要があり、山登りを通して図面と空間認識の関係を把握し、図学的な考え方を身につけられたように感じている。
前期課程科目の内容見直しにあたっては高大接続への配慮は欠かせず、高等学校の学習指導要領改訂が大きな契機となっている。一方で情報・図形科学部会の関連科目では、情報教育棟の設備更新も大きな影響がある。着任直後の九四年に情報教育棟の東館が完成し、UNIX環境のXウィンドウ端末が設置された。インターネットにも接続されており、当時は珍しかったウェブブラウザも利用できた。九五年にパソコンのOSとしてWindows 95が発表され、PCでもウェブブラウザが利用できるようになったが、当初、一般家庭では低速の音響モデムを使わざるをえず、情報教育棟のネットワーク環境はかなり魅力的だった。その後、PC上のいわゆるオフィスツールや電子メールが一般化してきたことから、狭い意味でのコンピュータリテラシ教育が必要となってきた。そこで、九九年に「計算機プログラミングⅠ」という授業を別に開講するとともに、「情報処理」の見直しを行なった。翌年には「情報処理」は1単位から2単位へと変更されている。
二〇〇六年には高等学校の学習指導要領改訂に伴う学生が入学してきた。この指導要領では情報が(選択必修ではあるものの)必履修化されており、前期課程での情報教育の見直しは必然であった。そこで、「情報処理」は狭義のコンピュータリテラシ教育から脱却し、情報科学的な内容を中心とした「情報」へと再編された。並行して「計算機プログラミングⅠ」は「情報科学」(現在の「アルゴリズム入門」)へと衣替えをした。一方で、PCやワークステーション上のCADソフトウェアの普及も目覚ましく、一般社会では手描きの図面はなくなり3次元CADが主流となっていたことから、図形科学も3次元CADを利用した「図形科学Ⅱ」(現在の「図形科学A」)を提供することになった。また3DCGプログラミングを扱う「図形科学演習Ⅱ」も新設された。以来、これらの前期課程科目に関わることとなった(このうち「図形科学Ⅱ」は教員が不足した年に一、二回ほど担当しただけではある)。情報・図形科学部会の多くの先輩や同僚に支えられつつ、継続的に情報と図形科学の両方に携わってきた。とはいえ、あくまでも情報がメインで、図形科学はお手伝い程度であり、履いていた草鞋はせいぜい1.2足というところである。
その後、高等学校の学習指導要領改訂に伴う新カリキュラム学生の入学は一六年と二五年にあり、前期課程科目「情報」の教科書も、このタイミングで改訂している。特に最新の学習指導要領改訂では、高等学校情報科の必修科目が「情報Ⅰ」の一科目になった。大学入学共通テストの試験科目にもなり、本学でも学部入試の必須科目に加えられた。また並行して、二六年三月には情報教育棟の端末が長らく利用されてきたiMacからChromebookへと変更され、BYOD+クラウドの環境へと移行する予定である。さらに、情報や図形科学に限らない要素として生成AIの台頭がある。特に、この数年の進展は目覚ましく、画像や音声などのマルチメディア情報が利用できるばかりでなく、新しい情報を調べるとか、論理的な整合性を加味した推論ができるようになってきた。米国人工知能学会では論文査読へのAI利用を試みるという話もある。情報や図形科学は社会情勢や演習環境の変化にともなって、これまでも授業の内容や形態を更新してきたが、それと同等かそれ以上の影響を受けることは間違いないだろう。
総合文化研究科・教養学部、特に情報・図形科学部会の諸氏には、長年にわたって大変お世話になり心から感謝しています。一方、これからも様々な変化への対応を求められるであろうことを考えると深く頭を下げざるをえません。皆さま、長い間、本当にありがとうございました。また、これからのご活躍をお祈りいたします。
(広域システム科学/ 情報・図形科学)
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