HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報669号(2026年1月 6日)

教養学部報

第669号 外部公開

低対称なナノ細孔構造をもつ多成分分子結晶を用いた界面水の不均一性の解明

堀内新之介

 金属有機構造体の研究に二〇二五年ノーベル化学賞が与えられたことは記憶に新しい。金属有機構造体とは金属イオンと有機分子が配位結合によって形成する固体材料であり、ナノサイズの細孔を有する構造を特徴とします。金属イオンと有機分子の組み合わせを変えることで、骨格構造や細孔のサイズ・性質、さらには比表面積を制御することが可能です。とりわけ、金属有機構造体の比表面積は、従来の多孔性材料(活性炭、ゼオライトなど)と比べて大きいことが知られており、そのため優れたガス吸着特性を示す例も報告されています。エネルギー・資源・環境問題の深刻化に伴い、近年では二酸化炭素の回収・貯蔵や、水素やメタンなどのエネルギーガスの効率的な貯蔵・運搬技術の開発が求められており、この分野では世界的に活発な研究開発が行われています。

 このような分子吸着能を活かした応用の一例として、結晶スポンジ法が挙げられます。単結晶性の高い金属有機構造体では、単結晶X線回折によって分子骨格を原子レベルで明らかにできます。その際、ナノ細孔界面に吸着された分子も同時に構造解析の対象となるため、未知構造の分子を吸着させることで、その構造を明らかにすることができます。この手法の利点は、解析対象の分子が単結晶化しにくい液体状であっても、またマイクログラム程度の微量試料であっても、構造解析を行える点にあります。これにより、従来は解析が難しかった希少天然物や代謝産物の構造決定に応用された例も報告されています。さらに、金属有機構造体の細孔内に反応試薬を導入し、化学反応の中間体を直接観測・解析する試みもなされています。このように金属有機構造体は、多孔性材料としての特性に加え、分子構造解析技術に新たな展開をもたらす素材として注目されています。一方で、金属有機構造体の研究が盛んであるにもかかわらず、結晶スポンジ法への応用研究は依然として限られています。これは、結晶スポンジ法に適した金属有機構造体には、吸着分子の配向を固定化しやすい「低対称なナノ細孔構造」が求められるためです。しかし、金属有機構造体は可逆的な配位結合による自己組織化で構築されるため、高対称なナノ細孔構造をとりやすく、この点が応用の制約となっています。

 我々の研究グループでは複数の分子素子を分子間相互作用で組み合わせた分子集合体の研究を進めてきました。その過程で、金属有機構造体のようにナノ細孔を有する結晶性化合物を合成することに成功しました。結晶構造解析の結果、ナノ細孔界面に溶媒分子が吸着している様子が観察され、結晶スポンジと同様の性質をもつことがわかりました。材料界面に存在する水分子は界面水とよばれ、液体の水とは異なる性質を示すことが知られています。そこで本研究では、ナノ細孔表面に水分子を吸着させ、凹凸のある材料界面における水分子の集合構造や階層的性質を調べました。

 まず室温で結晶構造解析を行ったところ、界面には数分子の水分子のみが観察され、界面から離れた水分子は動的なディスオーダーとなり、観測されませんでした。この結果は、ナノ細孔内部の水分子が室温状態では高い流動性をもつことを意味しています。測定温度を徐々に低下させると、細孔界面に固定化された水分子および塩化物イオンが核としてはたらき、水クラスターが段階的に成長する様子が確認できました。最終的には、細孔中央部にまで水クラスターが広がる様子を確認できました。これらの結果は、界面からの距離に応じて水分子の運動性が段階的に変化することを意味しており、分子動力学計算からも同様の傾向が確認されました。

 水分子を含んだ結晶をゆっくりと乾燥させると、界面との相互作用が弱い、細孔中央部の水分子が優先的に脱離します。そこで、放射光を用いた赤外分光法および軟X線発光分光法により結晶の脱水過程を追跡したところ、細孔中央部の水分子は比較的弱い水素結合を形成しており、水の四配位構造が欠損した状態のものが多いことがわかりました。この結果は、細孔中央部の水分子が高い流動性を示すことを裏付けるものです。本研究により、凹凸のある材料界面の水分子は、界面からの距離に応じて不均一性を示すことを明らかにできました。このような界面水の性質は、生体分子や高分子材料のような凹凸を有する界面を模倣したモデル系として位置づけることができ、界面科学や材料設計に関する基礎的な知見を提供するものと考えられます。また、本研究の結果は、結晶スポンジ法に類する構造解析手法が、多成分分子結晶にも適応可能であることを示す一例となりました。

image669-04-1.png図 細孔性結晶を用いた界面水の構造解析

(相関基礎科学/化学)

〇関連情報
【研究成果】界面水の不均一性を原子レベルの分解能で解明 ──高い構造情報量をもつ多孔性結晶を構造解析技術に応用──
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20250829180000.html

第669号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報