教養学部報
第670号 ![]()
<送る言葉> 簑口さんを送る
齋藤晴雄
私が簑口さんと初めて出会ったのは一九八九年でした。その年、私は駒場の物理学教室のM2の院生で、簑口さんは物性理論の助手として着任されました。それ以来簑口さんには公私ともに大変お世話になって来ましたが、いざ、このように文章で書こうとすると何を書くか迷ってしまいます。半ば思い出話になってしまいますがご容赦いただければ幸いです。
一九八九年は昭和が終わって平成元年となった年であり、日本国内はバブル景気のピークでした。昭和時代の「科学」、なかでも「物理学」に対する世間の尊敬度は絶大なものであって、「未来」には「科学」の進歩が人類を救うのだと皆本気で信じていたころでした。その当時、大学は社会から隔絶されたサンクチュアリであって、貧乏なりに高いプライドを持ってみんなで長時間働いていました。当時の駒場の物理学教室では、院生部屋が物性理論と実験系で混合になっており、実験系の私も物性理論の人たちとの交流があったことから、簑口さんと親しくさせていただき、その後長い時を経て今に至ります。
簑口さんを一言で評するのであれば、研究至上主義者、ということになろうかと思います。氏の専門はヘリウムの超流動層における相転移や巨視的量子現象の理論的研究で、私には専門外で詳しいことは分からないのですが、このテーマの理論的研究をほぼおひとりで粘り強くコツコツと続けてこられたと伺っています。物理の研究への愛を持ち続けることは、傍からみて想像するほど容易なことではなく、研究は進展するときもしない時もあり、人の評価は得られるときも得られない時もあるのが常ですので、簑口さんのように長年一つのことに根気よく取り組まれているのをみると、敬服の念を抱かざるを得ません。
昔に簑口さんと話したことを覚えていて、それは研究のモティベーションに関することでしたが、たくさんの四角い額が規則正しく掛けられている壁を想像して、もしその中の一つの額が斜めになっていたら、それを真っ直ぐに直したいと思うのが当然の感情であって、研究もそのように美を追求するものだ、という、正確でないかもしれませんがそのような内容でした。その時は、それだけだとモティベーションとして弱いという感想を持ったのですが、それはあくまで私だからそうなので、簑口さんにとっては美の追求=研究が、すべての価値を上回っているのだということを強く感じさせられます。近年、日本の大学における基礎研究の危機が指摘されているところで、基礎研究においては現世的、商業的な目的を離れて、真理の探究そのものが目的とされるべきであり、自然現象の原理に対する純粋な好奇心によって研究が行われるのが理想であって、簑口さんは正にこの理想に沿って務めてこられた方でした。大学を取り巻く現実は残念ながらその逆方向に進んでおり、この傾向がさらに進む前にご退職されることを多少羨ましく思う気持ちもないこともありません。
物理の教育においても、簑口さんは学生に対して時間を惜しまず丁寧に接しておられるのが印象的です。一、二年生の学生実験では、学生の一人ひとりとしっかり向き合った指導を長年続けられて来ました。また力学をご担当の際には、あまり物理が得意でない学生に特別に補習を行ってらっしゃったということを人づてにお伺いしています。ほんとうに長年お疲れ様でした。退職後も研究を続けられるということをお伺いしていますので、今回のご定年は単なる一里塚なのかもしれませんが、今後のご健康とご発展をお祈りしています。
(広域システム科学/物理)
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