教養学部報
第670号 ![]()
第40回西宮湯川記念賞の受賞報告
野海俊文
広域科学専攻の野海と申します。この度、第40回西宮湯川記念賞を受賞しましたので、その報告をさせていただきます。
西宮湯川記念賞は、理論物理学における研究を奨励するため、若手研究者の顕著な研究業績に対して贈られる賞です。兵庫県の西宮市が、後述する西宮湯川記念事業の一環として一九八六年から実施しています。地方自治体がサイエンスを後押しする大変ありがたい取り組みなので、まずは西宮市と事業の紹介から始めます。
西宮市は、兵庫県南部にある人口約五十万の街で、神戸市と大阪市の中間に位置しています。六甲山系と瀬戸内海に挟まれた自然豊かな、関西でも人気の住宅地・別荘地です。阪神甲子園球場や神戸から続く灘の酒蔵が有名なほか、文京地区としても知られています。
そんな西宮がなぜサイエンスを応援してくれるのか? 実は、日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士の「中間子論」が誕生したのが西宮なのです。湯川博士と聞くと京都をイメージする方が多いかもしれません。しかし、ノーベル物理学賞の対象となった中間子論を湯川博士が提唱したのは大阪大学在籍時で、当時は西宮市の苦楽園に住んでいました。
これを記念して、中間子論の提唱から五十年を経た一九八五年に「中間子論誕生記念碑」が苦楽園小学校に建立され、翌年一九八六年に「西宮湯川記念事業」が発足します。この事業では、西宮湯川記念賞のほかに、こども教室や市民セミナーなどのアウトリーチ活動、さらには、京都大学の基礎物理学研究所(英語ではYukawa Institute for Theoretical Physics)で定期的に開催される「西宮湯川記念国際滞在型研究会」への支援など、サイエンスへの幅広いサポートを行っています。
物理学者なら誰もが憧れる「湯川」の名前を冠したこの賞ですが、第一回受賞者の米谷民明先生をはじめ、氷上忍先生、加藤光裕先生、金子邦彦先生など駒場の先輩方も数多く受賞されています。Wikipediaに受賞者リストがありますので、興味のある方はぜひご覧ください。錚々たる先輩方に続くことができ、大変ありがたいと共に身が引き締まる思いでした。
せっかくなのでサイエンスの話も。今回の受賞題目は「宇宙論的加速器物理学の開拓」で、一言で言うと「湯川博士が開拓した素粒子物理学」の研究に「近年進展が著しい宇宙観測」を活用しようという話題です。二〇一二年のヒッグス粒子発見により、素粒子物理学の標準模型が完成しました。しかし、力の統一や宇宙論的な観点から、素粒子標準模型を超える未知の素粒子が自然界には存在するだろうと考えられています。一方、初期宇宙の加速膨張「インフレーション」は、地上の加速器では到達できないエネルギー領域で発生したと考えられ、超高エネルギー物理学の重要な実験場になりうると期待されています。インフレーションに由来する原始宇宙の密度ゆらぎの観測を通じて、標準模型を超える未知の素粒子の情報を引き出し、超高エネルギー領域の物理法則の知見を得られないだろうか。
このような問題意識のもと、受賞研究では、宇宙マイクロ波背景放射などの観測で測定される「原始宇宙の密度ゆらぎの3点相関」に未知の素粒子が残す痕跡を調べました。特に、相関関数に現れるある種の振動パターンから未知の素粒子の質量を決定できることを示しました。この結果は、地上の加速器実験において素粒子の質量を決定するのに用いられる手法と対応し、宇宙観測によって未知の素粒子の特性を調べる可能性を示しています。
このようなアプローチは、インフレーションを超高エネルギー加速器と見なして素粒子物理学を研究するという意味で、今では宇宙論的加速器物理学(Cosmological Collider Physics)と呼ばれています。この分野を切り拓き、その後の発展を牽引してきた点を評価され、賞をいただきました。宇宙そのものを極限実験場と見なすことで自然法則を解明する、という発想にはロマンがあって、私自身も気に入っています。
最後に授賞式について。先日、十二月五日から六日にかけて西宮市に行ってきました。初日は、中間子論誕生記念碑のある苦楽園小学校で六年生向けのこども教室を行い、子供たちからたくさんの質問と元気をもらいました。こども教室の後には、旧湯川邸に案内してもらいました。大阪湾を一望する高台にある一軒家で、自然と都会が共存する環境がこの地域を「サイエンスを創る街」にしているのだなと感じました。二日目には授賞式と科学セミナーに出席しました。西宮市制百周年ということもあり、セミナーの講演者は二〇一五年にノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章先生で、五百人もの市民の方々が参加されました。賞の重みを改めて実感し、西宮のみなさんに「こいつに賞をあげて良かったな」といつか思ってもらえるような研究者にならねばと強く感じました。
もう余白がありません。これまで支援してくださった方々に感謝を伝えると共に、「一緒にサイエンスを創りましょう!」というメッセージを駒場の学生たちに残して本稿を終えます。
(相関基礎科学/物理)
〇関連情報
【受賞】広域科学専攻の野海俊文准教授が第40回西宮湯川記念賞を受賞
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/awardsandbook/20251023160000.html
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