HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報671号(2026年4月 1日)

教養学部報

第671号 外部公開

辞典案内 2026 漢和辞典

高山大毅

令和7年度に引き続き令和8年度も、大学入学共通テストの「国語」の漢文は、江戸期の儒学者の文章からの出題であった。「古典」の教科書にも日本漢文が必ず収録されるようになっており、日本列島においても長きにわたり知識人が漢詩文を制作していたことは、高校生にも認識されるようになっているのではなかろうか。漢文(古典中国語)が日本語に与えた影響は大きく、現代日本語を読み書きする上でも漢文の知識が役に立つことは多い。以下、古典中国語の読解に関わる辞典を紹介するが、日本語の読み書きを学ぶ上でもこれらは参考になる。

持ち歩き可能な辞典としては、『全訳漢辞海』(三省堂、第5版2017年、3200円)をお薦めする。品詞ごとに字義を説明しており、熟語ではなく漢字一文字の意味を調べる際には、大部の辞典(字義を多く挙げるため、かえって迷子になってしまう)に当たる前に本書を丁寧に読んだ方が良い。「付録」が充実しており、字音や文法、訓読法に関する初歩的な疑問は「付録」で解決できる。漢和辞典は字義のほかに字音・字訓・熟語・句法といった様々な情報を併記しており、紙上で一覧した方が見落としは少ない。初学者は、電子版ではなく、冊子版を購入することが望ましい。『全訳漢辞海』第5版は、購入者特典で辞書webアプリが利用できるとのことである(4月1日からサービス開始であるため、本項執筆時には利用できていない)。冊子版を購入すればアプリも利用できるということで、冊子版を一層強く推したい。

漢字の訓読みは日本語話者にとっては、字義を知る端緒となるが、時に訓読みに引きずられて字義を見失うことがある。訓読みを掲載しない田中慶太郎(編訳)『支那文を読む為の漢字典』(研文出版、第11版2010年、3000円)は、訓読みを経由せずに字義を直接把握することの面白さを気づかせてくれる。『新字源』(KADOKAWA、2017年、3000円)の「付録」の「同訓異義」は、訓読みが同じである字の意味合いの違いを知る上で便利である。やや専門的ではあるが、国家教育研究院(中華民国教育部)の「教育部異体字字典」(https://dict.variants.moe.edu.tw/)は、文字を検索すると、異体字・字義に加えて、『広韻』『康煕字典』『説文解字注』といった韻書・字書類の当該の字に関する記載があわせて画像で表示される。

熟語を調べる際は、持ち歩き可能な辞典では大抵間に合わないので、『大漢和辞典』(大修館書店、修訂増補版2000年、240000円)や『漢語大詞典』(上海辞書出版社)に当たることになる(後者の語釈は中国語であるが、利用はそう難しくない)。熟語は、熟語を構成する字が深い関係にあることを示しており、漢文を読む際には、連語関係(collocation)を検討し、文の切れ目を特定するために、熟語を調べることが多い。また、大辞典であっても語義の説明には往々に不備あり、主要な用例を教えてくれる索引と見なすと良い。『大漢和』はジャパンナレッジLib経由で検索可能である(学内ネットワークに接続していれば無料で利用できる)。『漢語大詞典』はオンライン版が2024年に発表されたが(「漢語辭典総匯」)、本学は残念なことに契約していない。漢文は典拠を踏まえた表現を多用するため、読解の上で典拠の知識は欠かせない(英文読解におけるイディオムの知識に相当するだろうか)。典拠表現の辞典としては、『中国典故大辞典』(上海辞書出版社)などがある。

文法に関しては、宮本徹・松江崇『漢文の読み方―原典読解の基礎』(放送大学教育振興会、2019年、2600円)及び西田太一郎『漢文の語法』(KADOKAWA、校訂新版2023年、1620円)がある。助字(虚詞)に関する江戸期の優れた研究である大典顕常『文語解』は、索引付きで影印本(汲古書院、1993年、1500円)が出版されている。訓読の手法については、古田島洋介・湯城吉信『漢文訓読入門』(明治書院、2011年、1500円)が参考になる。

漢字の成り立ち(字源)については、考古学上の発見によって旧来の説の見直しが進んでおり、最新の議論を反映した辞典はない。ただし、漢文を読む上では、文字を作った古代人の考え(=本当の字源)よりも、『説文解字』以来、伝統的に信じられてきた字源を知ることの方が大抵重要である。『全訳漢辞海』の「なりたち」には、『説文解字』『釈名』の説が載っている。

漢文は儒学の教養と不可分であり、経書注釈の知識は漢文を読む上で必須である。経書注釈については古勝隆一『中国注疏講義―経書の巻』(法蔵館、2022年、1800円)が良い手引きとなる。漢詩については、「唐詩の助字」を収録する小川環樹『唐詩概説』(岩波書店、2005年)が入り口となろうが、残念ながら品切れなので古書を入手したい。漢文を独学するには齋藤希史・田口一郎『漢文の読法 史記 游侠列伝』(KADOKAWA、2024年、1620円)を薦めたい。漢文の読み巧者が、読解の過程で何を考えているかを具体的に示した好著である。

(地域文化研究/国文・漢文学)

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