HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報673号(2026年6月 1日)

教養学部報

第673号 外部公開

第22回日本学術振興会賞の受賞をうけて(共生と病原の統合に向けた第一歩)

晝間 敬

 このたびは、第22回日本学術振興会賞を「糸状菌の連続的な植物寄生・共生戦略の分子機構に関する研究」という題目で受賞いたしました。推薦書をご執筆いただいた広域システム科学系の増田建先生、本賞への応募を後押ししてくださった生命環境科学系の末次憲之先生に、心より御礼申し上げます。
また、生物部会をはじめとする先生方や職員の皆様のお力添えにより、最初は私一人だった研究室を立ち上げ、本学での研究を軌道に乗せることができました。本賞は、当時博士後期課程だった氏松蓮さんをはじめとする、学生やスタッフの皆さんの奮闘の賜物でもあります。重ねて感謝申し上げます。

 今回の受賞は、植物という動的な環境の中で、糸状菌(カビ)がどのように自身の生存戦略を決定しているのか、その背景にある分子メカニズムを基礎的に追求した結果であると考えています。私は元々、目に見える病気を植物に引き起こす病原菌を対象とする「植物病理学」を専門としていました。しかし研究を進める中で、病原菌は常に病気を引き起こしているわけではなく、むしろ無害な状態で植物環境に潜んでいる時期の方がはるかに長いのではないか、と気づきました。

 折しも、腸内細菌と同様に植物にも無数の微生物叢が存在することが明らかになってきた時期でもありました。従来の植物病理学は微生物の「病原菌」としての側面に重きを置きすぎていたため、こうした彼らの基本的な生き様を見逃してしまっていたのだと思います。

 そこで、病原菌と呼ばれる微生物が普段どのように過ごしているのかを探索しました。その結果、病原菌の近縁種である糸状菌の中には、貧栄養環境下において菌糸を介して植物へリンなどの必須栄養素を運び、その成長を著しく促進する「共生型」の糸状菌が存在することを見出しました。

 この発見は、これらの微生物を将来的に植物の成長促進資材として活用できる可能性を示しています。同時に、「病原」と「共生」という対照的な結果をもたらすものであっても、その境界は紙一重であることを示唆しており、有用微生物を活用する際には、潜在的な病原性を抑え込む手立ても併せて考える必要があることを意味しています。

 次に、思っていた以上に近しい存在である病原型と共生型の糸状菌を比較解析しました。その結果、糸状菌のゲノムにある「植物ホルモンであるアブシジン酸様の二次代謝物を合成する遺伝子クラスター」が、病原型の菌が植物の根に感染する際に特異的に活性化することがわかりました。さらに、この遺伝子クラスターを遺伝学的に破壊すると、病原型の菌が、リンが枯渇した環境で植物の成長を促す共生型へと変化することを見出しました。

image673-1-1.png  また興味深いことに、日中の温度を4度上げた26度の環境下ではこのクラスターの発現が消失し、同様に病原型の菌が共生菌化しました。さらに、このクラスターの制御に関わる菌の転写因子の発現を調整した菌株を作出したところ、たった一つの転写因子の発現レベルに強く相関する形で、菌の感染様式が「共生型」から「強病原型」へと連続的に変化することも証明しました。

 これまで、植物に与える影響から「共生」と「病原」は明確に分けてラベル化され、特に分子レベルの研究はそれぞれ異なる領域で発展してきました。しかし今回の一連の発見は、共生と病原が決してかけ離れた存在ではなく、周囲の環境に応じて一つの菌がどちらにもなり得ることを分子レベルで実証したものです。これは、今後の共生研究と病原研究を統合し、新たな学術領域として再構成していく必要性を示していると考えています。

 共生菌と病原菌の違いを知りたいという私の根源的な思いは、思い起こせば子供の頃に見ていたアニメ『ドラえもん』にあるのかもしれません。「ジャイアン」という普段はいじめっ子のキャラクターが、特別な環境下では非常に仲間思いのキャラクターに変化する姿を見て、「良いもの」と「悪いもの」を単純にラベル化する考え方に、ずっと疑問を抱いていたからだと思っています。

 今後も、自身がこれまでの経験を通じて感じてきた直感的な気づきを大切に掘り起こし、人とは異なる独自の世界観を共有できる研究者として、さらに研鑽を積んでいきたいと思っております。

(生命環境科学/生物)

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