教養学部報
第673号 ![]()
<本の棚> 小林俊行・大島利雄 著『リー群と表現論』
田中雄一郎
本書の題名『リー群と表現論』にあるリー群は【対称性を司る】存在であり、その対称性が直接的あるいは間接的に線型空間に顕れたものを表現といいます。リー群論と表現論の両方を扱っている本、それも本書ほどの本格的なものとなりますと和書・洋書合わせましてもなかなかありませんが、筆者が本書について特に感銘を受けますのはその「自然さ」です。
リー群は、群であってその群演算を微分可能とする解析的な構造を持つものであるため、丁寧に一般論を展開しようといたしますとまず抽象的な位相群論や多様体論を準備し、その後やっとリー群を導入できるという形になるかと思います。さらにそこから表現論を、それもリー群の解析的な側面を活かし尚且つ非コンパクトリー群の無限次元表現をも扱おうとするなら、関数解析学および局所コンパクト群のユニタリ表現論、(複素)多様体上の解析学そして半単純リー群のハリシュ・チャンドラ理論など、相当な準備を必要といたします。本書には、著者である小林俊行先生が【他の本にすでに書かれていることを繰り返しても意味がない】【できるだけ少ない準備で理論の本質へと迫れるように】とお考えになって、論文執筆を数年中断し(邪魔が入らぬよう電話線も引っこ抜いて)幾たびもの書き直しを経て独自の工夫を凝らされた証明が書かれており、読者は単なる抽象概念ではない活き活きとしたリー群の姿に触れながら、自然と表現論の核心へと導かれていきます。実際、筆者が本書を初めて拝読した際は、記述の「自然さ」のゆえにそれが他の本にみられないような内容であるということを認識できず、「自然な」こととしてすんなりと受け入れてしまいました。本書をご執筆された小林先生の論文にはまさにそのような特徴がございまして、初読の際はその自然さのあまり当たり前のことのように感じるのですが、その後何十回と繰り返し読みますといかに深いことを扱っているのかが段々と理解できて参りましてそのたび筆者は恐れおののいております。また5、6章の草稿は小林先生と大島利雄先生がご執筆されましたが、筆者はこの部分を開くたび、少ない頁数に当たり前のように非自明な情報が凝縮され学ぶのに大変苦労し、しかしそれでも何とかしがみついて理解したいと思わせる魅力に溢れた大島先生の論文が想起されます。
本書のまえがきにございます通り、本書は辞典としてではなく読み通すことを前提に書かれております。本書を知識の集積として消費するのはあまりにも勿体ないことかと思いますので、ぜひ急がずじっくりゆったりと読んでいただき、筆者のような単なる一研究者などではない、この分野をまさに開拓し牽引されてきた両先生のご見識に触れていただきたく思います。例や注意、そして地の文の言葉遣いも飛ばさずよく味わっていただけましたら、定理とその証明に匹敵する、あるいはそれに優るような学びがあること請け合いです。
また筆者の経験から本書の「困った点」も、余計なお世話かと思いますがこの場をお借りして注意させていただきます。それは、小林先生のご講義やご講演がまさにそうなのですが、本書の記述の「自然さ」のあまりすぐ理解できた気になってしまう恐れがある、という点です。よろしければ、本書を読み「理解した」と思われましたら、一度本を閉じ内容を思い起こしながらあらためて考えていただきますと、その数学的対象が以前よりもくっきりとした姿で心に浮かぶとともに、分かったと思ったことが実はまだ遠くにある、ということを認識されるかもしれません。筆者は読み終わって随分と時間が経ってから、実は全く理解できていない、と気が付くことが何度もございました。そしてその度に、また、さらに深く理解を進めることができたように思います。
本書が一冊の本という形となって世に出ましてから二十年以上経ちますが、単なる知識の集積ではなく理論の本質が解説されているため、時を経てもその価値が損なわれることはなく、むしろ、知識を得るのが容易な今日にあってより一層の輝きを放っています。リー群論や表現論の格好の本格的な教科書であるのはもちろんのこと、若い方々が新しいことを成さんとする際に、その源泉となり続ける一冊であると存じます。
(数理科学研究科)
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