HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報673号(2026年6月 1日)

教養学部報

第673号 外部公開

<本の棚> 小粥太郎 著『高校からの法学──民法学を考える【民法研究レクチャーシリーズ】』

井上 彰

image673-2-2.jpg 「ためになるし、考え方が近いし、私の研究スタイルになんだか似ているなぁ。」それが本書を読んで率直に思ったことである。まずは、研究スタイルが似ている点から話をしたい。小粥先生(以下、敬称略)と私は、法学者と政治哲学者ということで、専門も研究スタイルも異なると勝手に思っていた。しかし、いざ本書を紐解くと、研究スタイルが意外にも(?)似ているなぁと思った。ご本人にとっては迷惑な話かもしれないが、私としては嬉しい発見である。

 どこが似ているかというと、私も一貫した問題意識に基づいて着々と仕事をしてきたわけではなく、「仕事の進め方、思考法とか方法論というような、ある程度、抽象的なレベルのことに注目したことが多かった」という点である(86頁)。緩やかな問題関心のもとで研究に取り組んできたという点が、私とのまずもっての共通点である。

 むろんそれは、一貫した問題意識のもと、一つの学説を築き上げる知的営為に対して敬意を払い、そうした営為を高く評価することと両立する。そのこともあって、債務不履行の帰責事由に関する潮見佳男や森田宏樹の研究や、大村敦志の典型契約論といった、基本概念や基本理念の更新・刷新作業を高く評価する小粥の姿勢(83~84頁)は、私がジョン・ロールズやヒレル・スタイナーによる正義論・権利論の基本概念・理念の更新・刷新作業を高く評価する姿勢と重なる。同時に、「自分にできることと、自分がやりたいような気がすることとを調整しながら、それが民法学の研究という形になるかどうかを試行錯誤してきた」(46頁)という点も、私の政治哲学との向き合い方に似ている。

 小粥と考え方が近いというのも、ひょっとしたら、このあたりの研究スタイルの近さと関係しているのかもしれない。たとえば、小粥は自身の民法解釈論を、市民社会の維持・修繕によって次世代につなげるための研究と位置づけている(46~47、83頁)。私もまた、正義や平等に関する研究は、市民社会のメンテナンスのためにあると考えている。このようなことを、こともあろうか『教養学部報』に書けば、「市民社会こそ権力の再生産の場だ!抵抗の実践としての研究ではなく、メンテナンスだと!?」とお叱りを受けそうだが、私は、すべての人が公的なものに関与することを可能にする仕組みを徹底的に考え抜くことなしに、ラディカルなお題目ばかり並べ立てても意味がない(どころか逆効果だ)と思っている。所与の前提に対して、地に足のついたかたちでメスを入れられるのは、そうした仕組みがあってこそだと、昨今の混迷を極める内外の政治状況を見て強く感じている。

 その市民社会を支える仕組みとして、民法のルールと、その解釈適用という営みがある。本書では、そのルールの内容からルール間の相互関係に至るまでを検討することの重要性が、門外漢にもわかりやすく説明されている。とりわけ民法解釈では、ルールの内容、すなわちルールの要件や、それが充たされたときの効果についての評価が重要となる。民事紛争を解決するためのルールをどのように捉えるかが、法曹にとっての「羅針盤」となってきた要件事実論の役割であった。原告の請求が認められるかどうかを、要件充足の事実に基づいて判断する、というのがそれである。

 問題は、そうした事実認定のみで話が決着するのか、という点である。原告と被告の言い分の違いは、それだけでは決着しないことを含意するところがある。実際、民法学では、「善さ」や「人情」に基づく実質的判断が不可欠であるとの認識もあり、そのこともあって、法の適用の「時空間」を見定める「場の理論」が提唱されてきた。だからこそ、簡単にはアルゴリズム化できない部分に、法の適用・解釈の重要性が託されることになる。ここに、逆説的だが、要件事実論に疑問を呈する余地が生まれる。

 しかし、それでも要件事実論には大きな意義があると小粥は述べる。「なぜならそれは、裁判官が、限られた資源のなかで、法に基づいて、最終的な結論を出すことを可能にする仕組みだから」である。重要なのは、その大きな意義を決定づける背景、すなわち「裁判官は、訴えがされたら、それに答える形で、結論を出さなければな」らないという状況である(34頁)。まさにこの状況と向き合う点にこそ、わからないことはわからないとすべきとする科学の世界との違いがあらわれる。そしてそこに、私が研究する政治哲学との共通性─すなわち、不確定な状況のなかでも何らかの規範的指針を示す仕組みを考えるという点─も見出されるのではないかと思う。

 以上からもわかるように、本書は私のような門外漢が読んでも大いに学ぶところのある一冊である。ぜひ広く手に取ってもらいたい。

(国際社会科学/社会・社会思想史)

第673号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報