教養学部報
第673号 ![]()
<本の棚> 森井裕一 著『ドイツ外交とアジア 国際秩序の動揺と中国、インド太平洋、そして日本へのまなざし』
伊藤 武
第2次世界大戦終結後の国際秩序において敗戦国として歩みを始めたドイツ連邦共和国は、長年経済大国でありながら抑制的な外交姿勢を保つよう求められてきた。しかし、冷戦終結とドイツ統一によってEU圏最大の国になると、周辺国への配慮を続けながら、規模にふさわしい国際的責任を果たすべきとする声に圧されている。本書は、国際関係上ミドルパワー以上大国未満という微妙な地位に置かれ、ヨーロッパ統合と大西洋同盟という伝統的な枠を超える活動領域の拡大に戸惑いながら、改革を試みる現代ドイツ外交の姿を探究する。
二〇二五年二月の総選挙で左右の急進政党、左翼党とドイツのための選択肢が基本法改正を困難にする3分の1以上の阻止少数を連邦議会で確保したドイツでは、大西洋同盟とヨーロッパ統合を重視する中道諸政党コンセンサスがいまや揺らぎを示している(1章)。ドイツがアジア外交で重視してきた中国に対しても、近年の経済・安全保障環境の変化を踏まえて「デリスキング戦略」へと移行を進めている一方(2章)、代わりに「価値を共有する」対日関係の重要性が増している(3章)。ドイツ外交の領域拡大は、自国とヨーロッパに加えて「インド太平洋」を加えた重層的な構造をもたらしている(4章)。翻って、ドイツ外交の核心であるヨーロッパでは、EUの改革を進めようとするものの、ウクライナ危機など相次ぐ危機対応で停滞を余儀なくされている(5章)。世界全体でリベラル国際秩序が動揺する中で、内外の困難な条件の下でも、責任ある大国へ転換を遂げようとするドイツ外交は、EUやヨーロッパを超えてアジアやインド太平洋に影響を及ぼす重要なテーマである(6章)。
日本におけるドイツ外交の理解は、高まる重要性にもかかわらず余り進んでいない。ヨーロッパ外交はイギリスやフランスの眼を通じて語られがちである。首相や外相を登場人物に、表層的な政局理解と絡め、その名を冠した「〇〇外交」や国を主語とした「ドイツ外交」が描かれる。しかし、ドイツ外交は、国際舞台で指導者や国が振る舞う劇ではない。本書が的確に指摘するように、憲法秩序・財政制約・超党派コンセンサスなど内政の構造、近年一体化が進むEU政治のメカニズム、独仏関係や軍事的貢献の限界などの歴史的文脈といった多様な側面を合わせて考えなければならない。一部に注目した「識者」の説明は複雑な条件の絡み合いを解けない。本書の最大の貢献は、ドイツの内政・外交・EU政治・国際政治と幅広い研究を続けてきた著者ゆえの俯瞰的視角をもって、現代ドイツ外交の複合的な姿を明晰に示したことにある。
読者は頁を手繰るにつれ、簡単に見えがちな問題の背後にある、知っているはずだが読者の理解が及ばない説明や要因を提示され、「そうだったのか」と得心し、知的興奮を覚えるはずである。(ヨーロッパ内政研究者としての評者から見た)本書の白眉の一つは、一般には首相の個人名を挙げた〇〇演説や〇〇の外交方針と報じられるものについて、著者が連立合意通りと冷徹に語る箇所にある。首相個人とその政権、野党や利益団体も含んだ政策過程から生み出されるドイツ外交を区別する説明の慎重さにも圧倒される。著者の穏やかな人柄を知るものであれば、説明の慎重さは当然であろう。ただし、読み手はそれに甘えられない。本書は、踏み込みの浅いドイツ外交論に強い警告を発しているからである。
(国際社会科学/法・政治)
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