教養学部報
第673号 ![]()
<本の棚> 小田隆史 編著『防災地元学──地誌で読み解く災害の記憶と知恵』
石原あえか
防災や環境問題、 地域課題、 国際関係などを〈空間の視点〉から理解する力を培うため、二〇二二年度から高等学校で 「地理総合」 が必修化された。なかでも〈GIS・地図情報システム〉と〈防災〉が中核に据えられたのは画期的だった。現在の前期教養学部生はこの「地理総合」を学んだ最初の世代だが、他方、地理の専門教員がいない高校も多かったという。高校の「地理・歴史」は同一教職免許なので、大学で歴史を専攻した教員が急遽、地理も担当しなければならない、という事態に陥ったのだ。本書は編著者の小田氏含む計六名が分担執筆した五章から成る、写真・地図を多用した約二五〇頁の一般書だが、そもそもの企画動機は、GIS、自然地理、防災に苦手意識を持つ、「歴史系地理教員」の後押しのためという。
タイトルの『防災地元学』は、「地域の姿を総合的に描き出す〈地誌〉の視点と、住民の経験や語りに根ざした〈地元学〉の実践」(二頁)を架橋する。〈防災〉の語からは、備蓄や避難訓練といった災害対策が連想されやすいが、日本各地で民話や祭事、石碑や奉納物など多様な形で受け継がれる災害の記憶や知恵も十分活用できる。「津波てんでんこ」、「地震が来たら高台に」といった口伝情報の収集(第二章・防災「温故知新」ほか)、また地形と結びつき、場合によっては、湿地帯を示す「葦原」は「悪し」に通じて縁起が悪いから「吉原」と改名したような地名の由来・変遷を調べる有効性(第三章二節・地名が表す災害の痕跡と知恵)など、広い視野で地理教育と防災の相乗効果を目指す、さまざまな試みが提示されている。
昨年は阪神・淡路大震災発生から三〇年、今年は東日本大震災から一五年、熊本地震から一〇年、能登半島地震から二年が経つ。人間の寿命より長く残るとはいえ、大災害の教訓を記した石碑も風化し、碑文解読も難しくなる。国土地理院は、全国自治体と連携して災害伝承碑情報を収集し、二〇一九年から地図記号「自然災害伝承碑」
を導入・記載を始めたが、そのきっかけは前年夏の西日本豪雨で特に被害が大きかった広島県坂町に建つ一一一年前の大水害碑の内容を周辺住民が十分知らなかったという事実だった。だがこの新記号、採用から八年目にして、早くも神社記号と重なる不具合が生じているという(一一五頁・注)。
ところで直近で「地理」が高校の必修から外れたのは一九八九年のこと。以後、読図力の低下が顕著になったので、再必修化では地図・GISを活用した防災リテラシーの育成が重要な指針とされた。でも今日、私たちが日常的に使うのは、現在地を知る仕組みのGPSで、日常の移動は概ねグーグル・マップを見れば事足りてしまう。これに対してGISは地図上に複数のデータを重ねて、分析・可視化する仕組みだ。地理院地図がその代表例だが、レイヤー選択・専門用語・設定が多く、「読む」訓練をしていない人には心理的ハードルが高い。しかしこれこそ地形・標高・災害情報などを読む基盤地図であり、GIS成果物のひとつが、災害ニュースで「必ず確認を!」とアナウンスされるハザードマップだ。もっとも災害発生時に初めて参照するのでは遅すぎる。というのも本来、ハザードマップは平時に自宅周辺や通勤通学経路の災害危険性、避難所の場所等を確認するための、いわゆる下準備資料だからだ。第五章では、仙台在住の著者・佐藤氏が、自宅マンション管理組合と運営する「ぼうさいまち歩き」の例が挙げられているが、学校・大学の教室内にとどまらず、地域社会にまで地図の読み方と防災意識を周知・浸透させていくのが、本書の希望であり、また目標である。
最後に本書の装いについて。ソフトカバーで、活字も図版もすべて褐色系インクで刷られている。セピア調に統一された紙面からは、読者の心理的負担を和らげる配慮や災害を一定の距離から記録として捉え、多様な情報を視覚的に秩序づけようとする意図が読み取れる。ただ地図だけは─線・記号・文字の識別にコントラストを要する媒体である以上──情報層の分離が弱まり、判読性が若干損なわれたのが惜しまれる。
(言語情報科学/ドイツ語)
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