HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報673号(2026年6月 1日)

教養学部報

第673号 外部公開

<時に沿って> 雪氷と生物と邪道と

小野誠仁

image673-5-3.jpg 令和八年四月一日に広域システム科学系の助教に着任しました小野誠仁と申します。私の専門分野は雪氷生態学です。積雪や氷河といった寒冷な雪氷環境には、厳しい寒さに適応した多様な生物が生息しています。そこには、光合成を行う雪氷藻類、微小な無脊椎動物であるクマムシやワムシ、さらにトビムシやカワゲラのような比較的大型の生物まで含まれます。私は、こうした雪氷生物が雪や氷の上でどのように分布し、どのような条件で増えていくのかに関心を持ち、学部時代から研究を続けてきました。

 博士号取得までは、まだよく分かっていない雪氷生物の生態を明らかにするため、主に記載的な研究に取り組んできました。例えば、雪の中には雪氷藻類を捕食する無脊椎動物が生息し、実際に雪中で成長・繁殖していることを示しました。また、雪氷生物の個体数変動が、ブナ林などにおける樹木の展葉と関係していることも明らかにしました。さらに、海外の氷河では、生物が氷河上に一様に分布しているのではなく、種ごとに異なる分布パターンを示すことを見いだしました。

 現在は、雪氷藻類の増殖に必要な栄養素の一つである窒素に着目し、雪や氷の中で窒素がどのように循環しているのかを明らかにする研究を進めています。この研究は、森林、土壌、河川などとつながる積雪環境の生物活動が、周辺を含む生態系全体の物質循環にどのような影響を及ぼすのかを理解することにもつながります。また、氷河では雪氷藻類が繁殖すると、氷の表面が赤や紫に色づきます。すると表面の反射率が下がり、より多くの光を吸収するようになるため、氷河の融解が促進されます。そのため、こうした生物がどのような条件で増えるのかを解明することは重要な課題です。この繁殖の要因を、栄養の供給プロセスという観点から明らかにしたいと考えています。

 他にも、氷河の表面を歩いていると、暗色の小さな粒子を見ることができます。これは、シアノバクテリアが有機物や鉱物を取り込んでできる「クリオコナイト」と呼ばれるものです。クリオコナイトは熱をより吸収するため、その周囲の氷を融かして小さな水たまり「クリオコナイトホール」ができます。そこには多様な生物が生息しており、活発な生物活動が見られる場として知られています。このクリオコナイトホールは、地球全体が氷に覆われていたとされる太古の「スノーボールアース」時代に、生物が生き延びた戦略を明らかにする観点からも、近年注目を集めています。

 これまでの私の研究は、ある意味で常に「邪道」を歩んできたのかもしれません。雪氷学から見ると生物を扱うことはやや珍しく、生態学から見ると雪氷環境を主題にすることはまた珍しいからです。だからこそ、異なる分野の知見や視点が交わるところに、新しい研究の可能性があると考えています。駒場でもさまざまな分野の研究に触れ、多くを学びながら、自身の研究をさらに深めていきたいと思います。そして、この少し回り道にも見える経験が、学生や研究者のみなさんと新しい問いを見つけていくうえで、少しでも役に立てばうれしく思います。

(広域システム科学/生物)

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