HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報674号(2026年7月 1日)

教養学部報

第674号 外部公開

「三度目の正直」は実るのか? アメリカとイスラエルによるイラン攻撃

鈴木啓之

 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、二月一一日にアメリカを訪れていた。『ニューヨーク・タイムズ』紙が四月に報じたところでは、この時にドナルド・トランプ米大統領にブリーフィングが行われたという。ネタニヤフ首相は、武力攻撃によるイランの体制転換は可能で、イランの反撃能力は迅速に失われると請け負った。

 トランプ政権内で改めて会合が開かれた際に、ジョン・ラトクリフCIA長官とダン・ケイン統合参謀本部議長は、ネタニヤフ首相の示したシナリオがあまりに楽観的だと指摘したという。はたして、結果はどうであったか。「四週間かそれ以下」で戦争は終わると豪語していたトランプ大統領の期待は、大きく外れた状態にある。

 それどころか、ネタニヤフ首相が「起こり得ない」と太鼓判を押していたイランによるホルムズ海峡の航行阻害は、長期間にわたって世界の物流を混乱させるに至った。ペルシア湾に面するアラブ産油国への攻撃も続き、混乱はタンカー航路だけに留まらない。イランの攻撃は、米軍基地だけではなく、近隣諸国のエネルギー生産施設や港湾、国際空港周辺にも及んだ。戦闘が終結したとしても、物流とエネルギー生産が迅速に回復する保障はない。

 ピート・ヘグセス米戦争長官(国防長官)は、「四七年にわたるイランの敵対的行為に対して、アメリカを第一に掲げる戦士である第四七代大統領が、遂に終止符を打ったのだ」と宣言した。しかし、その言葉も、今となっては空虚に響く。たしかに、戦端を開いた二月二八日の攻撃で、アメリカとイスラエルはアリー・ハーメネイー師を含むイランの最高幹部らをほぼ一掃した。国防相、軍参謀総長、革命防衛隊総司令官ら、軍最高幹部が特に標的にされている。しかし、イランの体制は総崩れにならなかった。

 トランプ大統領は、イランへの攻撃に踏み切るに際して、体制転換が可能であるか否かに強い関心を示したという。一月のベネズエラでの成功体験が脳裏に浮かんでいたのは、間違いない。ニコラス・マドゥーロ大統領を拘束し、トランプ大統領はベネズエラとの問題を一夜にして片付けた。同じように、イランでも短期決戦による解決を図ったのだろう。

 トランプ大統領には、イランが大規模な反撃に乗り出すことはないとの自信もあったようだ。第一次政権の頃、二〇二〇年一月に、トランプ政権は隣国イラクの首都バグダードで、イランの革命防衛隊ゴドス軍のガーセム・ソレイマーニー司令官を無人機による攻撃で殺害した。イランは大規模な反撃を仄めかしたものの、ごく限定的な攻撃が中東の米軍施設に対して実施されたに過ぎない。

 同じことは、二〇二五年六月の「一二日間戦争」でも繰り返された。イスラエルが戦端を開いたイラン攻撃に、一二五機を超える航空機を動員してアメリカが参加したのは六月二二日のことだった。早期にトランプ大統領が停戦を宣言したこともあって、イランからの反撃はカタールの米軍基地に対する限定的な攻撃に留まった。

 この二月の事態は、イランにとっては「仏の顔も三度まで」と喩えて良い状態だろう。アメリカは、「二度あることは三度ある」と考えていたのかもしれない。すれ違う両者の認識とは別に、力による政治の復権が問題の根源であることは言うまでもない。一方で、ネタニヤフ首相にとって、今回の事態は「三度目の正直」でもある。

 ネタニヤフ首相は、イスラエルがアメリカをこの戦争に引きずり込んだわけではないと、強く否定した。しかし、対イラン強硬策を声高に訴えてきた当人が、直前に訪米までしてトランプ大統領に何の働きかけもしていないとはとても信じられない。これまでにネタニヤフ首相は、ごく短期間とは言え「一二日間戦争」へのアメリカの参戦を実現したほか、二〇一八年五月にはイラン核問題を巡る国際協定「包括的作業計画」(JCPOA)からのアメリカによる一方的離脱を後押しした。

 ネタニヤフ首相は、さまざまな機会を捉えて、イランの脅威を国内外に訴えてきた。二〇一二年には、戯画化された爆弾のイラストを国連総会の議場に持ち込み話題になった。JCPOAの発効直前には、イランの脅威を世界は等閑視していると叫び、国連の議場を約四四秒にわたって無言で睨みつけた。
JCPOAは、イランと国連安保理常任理事国(P5)とドイツ、EUが取り決めたもので、イランに対してウラン濃縮を一五年にわたって三・六七%に留めること、保有する濃縮ウランを三〇〇キログラムに制限することを求めた。見返りは二〇〇六年の安保理決議一六九六号を端緒としてイランに課せられてきた経済制裁の段階的解除だった。

 トランプ政権がJCPOAからの離脱の是非を検討するなか、ネタニヤフ首相は二〇一八年四月に記者会見を行う。イランの機密文書をイスラエルの諜報機関が入手して解析したところ、JCPOAを隠れ蓑に、イランが核兵器開発プログラムを秘密裡に進めていることが判明したとの内容だった。ネタニヤフ首相自らがプレゼンテーション役を買って出る熱量で、トランプ政権によるJCPOA脱退を後押しした。

 アメリカが離脱したことでJCPOAの枠組みはほぼ破綻し、ジョー・バイデン政権による合意の再建もなかった。二〇二三年一〇月に始まるガザ地区での戦闘と並行して、イスラエルはイランとの直接対決の階段を駆け上がっていった。ついには、「一二日間戦争」でイランとの本格的な戦端が開かれ、今回のイランへの大規模攻撃へと至る。しかし、トランプ大統領が思い描いたように戦況が運んでいない以上、イスラエルの「三度目の正直」は容易には実らないだろう。むしろ、戦闘によって傷ついた地域秩序の回復と各国が抱く不信感を解消することは、難問として残り続ける。アメリカとイスラエルによる対イラン攻撃がもたらした代償の大きさは、実のところまだ計り知れない。

(中東地域研究センター)

第674号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報