教養学部報
第674号 ![]()
<本の棚> 三ツ井崇 編『韓国朝鮮史研究の論点』
月脚達彦
本書は言語情報科学専攻・韓国朝鮮語部会の三ツ井崇氏が主任講師となった放送大学大学院の同名の講義のテキストである。三ツ井氏の専門は近現代朝鮮の言語政策・文化史で、本書での三ツ井氏の執筆も近現代史の部分であるが、それ以前の古代~高麗時代、朝鮮時代、近代移行期は、三ツ井氏より若い世代の研究者が担当している。ここでは紙幅の関係上、それらを逐一紹介・検討することはできないため、本書成立の背景について筆者の考えを示すことで責めを塞ぐこととしたい。
さて、一九九〇年代以後、朝鮮史研究は量的・質的に発展した。それは一九八七年の民主化ののち、韓国で歴史学研究の対象と史資料閲覧の制約が解消され、研究の多様化が進んだことによるところが大きい。それまでの朝鮮史研究において多くの研究者が共有した方法論は「内在的発展論」だった。概括的には、戦前の日本人中心の朝鮮史研究者が、朝鮮の歴史を周辺の諸民族の動向に左右される非主体的なものとし、また西欧や日本のような封建制を欠いていたという停滞性ゆえに資本主義への発展の道を否定したことを批判し、朝鮮の一国史のなかに民族の主体性と自生的な近代的発展の道を見出すことによって、それを克服しようとするものだったとまとめられる。この枠組みはすぐれて民族主義的かつ近代主義的だが、解放後の韓国・朝鮮の「国史」教育には適合的であり、現在の韓国の「韓国史」教科書もこの枠組みで書かれていると見てよい。
一方、一九八〇年代後半の民主化を契機に、韓国ではそれまでタブーとされてきた社会主義運動などへの関心が高まるなか、一国史をめぐる左右の対立が顕在化することになる。これに加えて、韓国の資本主義の発展の起源を日本の植民地開発とそれに対応した韓国人の成長に求める「植民地近代化論」が一九八〇年代後半に提起され、植民地期を「収奪と抵抗」の枠組みで捉える「内在的発展論」との間に対立が起こった。
さらに一九九〇年代後半には、韓国社会のポストモダン的状況を受けて近代そのものを批判的に見るとともに、その近代を植民地状況下で経験したことが、解放後の韓国社会に残した問題を問う「植民地近代性論」が主に社会学研究者や文学研究者から提起され、ジェンダー、言論・メディア、大衆文化、対日協力など、歴史研究の幅を広げることになった。また歴史学研究者からは「植民地公共性論」が提起されたが、一方で近代に容易に包摂されない民衆にこそ着目すべきだという民衆史研究からの批判があったことが、本書で指摘されている。
さて、三ツ井氏は「まえがき」で「国史」(一国史とも言い換えられる)の克服、それに続けて「研究史、史学史の重要性」を唱えることから本書を始めている。そして本論の第一〇章「日本『帝国』のなかの植民地朝鮮」で一国史に代わる帝国史の視点を提示し、第一一章「『文化』からみた植民地支配」で一九九〇年代後半以後の新たな研究動向を検討し、そして第一二章「植民地期朝鮮における『近代』」の第一節で「内在的発展論」以来の朝鮮史研究における「近代」をめぐる議論について論じたのち、「植民地近代性論」と「植民地公共性論」を踏まえつつ、植民地期の「近代」や「抵抗と協力」について議論を深めようとしている。
ところでここで気がつくのが、これらの章の註と参考文献一覧に掲げられた研究は、ほぼ全てが二〇一〇年以前のものだということである。言い換えると、一九九〇年代以後、朝鮮近代史研究は新たな方法論の模索によって研究の多様性と深化をもたらしたが、しかしこの二〇年ほどで方法論的に袋小路に入ったのではないかと考えられるのである。「研究史、史学史の重要性」を唱える本書は、植民地期以前の時代を含めて朝鮮史研究は袋小路にはまっていないか、そうであれば今なすべき研究はいかなるものなのかという問いを、三ツ井氏が次世代の研究者たちに向けて発した問題提起の書でもある。
本書は朝鮮史研究を志す学部生、大学院生にとって格好の研究入門の書であるが、本書成立の背景にある朝鮮史研究の現状に対する三ツ井氏の問題意識にも考えをめぐらしながら、読者が自分なりの朝鮮史研究の論点を模索することを願ってやまない。
(言語情報科学/韓国朝鮮語)
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