教養学部報
第674号 ![]()
<時に沿って> 人形の野心をついで
谷口奈々恵
「人形が哲学者や教授になることを禁じる法など、どこにもありはしないのです」──こう高らかに宣言するのは、一九世紀フランスの、ある女性作家による児童文学作品の語り手となった一体の人形です。
当時の少女たちは、玩具として人形を与えられ、また彼女たち自身も「お人形」と呼ばれていました。この場合の「人形」とは、率直にいえば"無力で軽薄なおばかさん″、といった意味です。女性の人形である彼女は、人間の男性の特権物であった知の世界に入ることなど叶わないと知りながら、しかし同時代の少女たちに宛てた書物において、その一員となることへの内なる野心を表明していたのです。
こんな人形たちの存在を偶然に知った修士課程の頃のわたしは、どういうわけか強烈に、シンパシーを抱きました。彼女たちの生の断片だけでも掬い上げ、描き出してみたい──その想いを原動力として、大学院では博士課程の途中に二年間のフランス留学を挟み、ひたすらに、当時の史料を読み込み、彼女たちに思いを馳せながら、キーボードを叩く日々を送ることになります。
かくして十年ほどが経過し、昨年の十一月、駒場生活の総仕上げとしてかたちになった「博論」なるものを、アドミニ棟の提出窓口に持ち込み確認を待つあいだ、なかば放心状態であった自分の目に、表紙に記した題目の「人形と少女」という文字が、周囲からなんとも浮いているように見えました──振り返ればこの大学にいる間、こんな研究をしている自分は場違いである、という感覚を常にうっすら抱いており、そのことを最後にあらためて、突きつけられるような気がしたのです。
しかしまた、同時に頭に浮かんできたのは、今のこの瞬間は、まさに自分の博論が扱った二〇〇年前の人形たちが夢見た場面でもあったかもしれない、ということでした。
かつては男性によってのみ構成されていた大学の、偉大な人々についての研究が積み重ねられてきた知のアーカイヴに、取るに足りないとされてきた人形=女性たちの生の痕跡を、女である自分が書き加えてみた。こう捉えてみるならば、あの人形の野心の実現に、多少とも近づいた......といえるでしょうか?
とにもかくにも、ここで自分がなすべきことは終わったのだと、そそくさと駒場を去るつもりでいたはずが、この春から一年間、お世話になった表象文化論研究室の助教をつとめる機会を頂くことになりました。
この時間にわたしにできることはごく限られていますが、ひとつ自分の役目だと確信できることがあるとしたら、自分という人間がここにいたという記録を残すこと、であるのだろうと思っています。
大学という場でわたしが知の愉しみに没頭することができたのは、過去の女性たちの尽力のおかげにほかならず、それでも二〇二六年の現在、いまだなお性別比の偏りの著しいこのキャンパスに、わたしのような人間もいたのだという事実が、いつか、どこかの誰かの、小さな力となってくれたら。
──と、あの人形に倣って野心(......というには少々心許ない願い)をここに書き留め、自己紹介に代えさせていただきます。
(超域文化科学/フランス語・イタリア語)
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