教養学部報
第674号 ![]()
<本の棚> 中尾沙季子 著『パン・アフリカ主義 越境する抵抗と連帯の歴史』
遠藤 貢
アフリカとは何か。アフリカという地域を研究対象とすることを選んだ者たちに常に課せられる重い問いである。その多様性に思いをはせる一方で、本書で提示される〈アフリカ〉は、「アフリカの人びと」としての連帯意識に連なる共同体への帰属意識として提示される。そして、本書が対象とするパン・アフリカ主義は、筆者の表現を用いれば、「複数のネーションを越境して展開した(トランス)ナショナリズムのひとつ」であり、「パン・アフリカ主義者が想像した帰属先は、アフリカ大陸の人々、出身地域を離れて暮らすことを余儀なくされたディアスポラをつなぐ運命共同体」である。なお、筆者は、「アフリカ人」「アフリカ系人」の総称として、「アフリカにルーツを持つ人びと」と表現する。そして、〈アフリカ〉をその人たちの帰属先として想起される場合の表現とし、「アフリカ」については、外部からの分類ラベルや他者表象を示す表現として区別している。その意味では,アフリカは、常に定義を迫られるラベルとしての機能を有している。
本書の中心となる分析対象は、〈アフリカ〉の歴史を再構築する中で、複数の空間を越境する、政党、労働組合、学生団体に参画した活動家たちである。こうした活動家の思想とその伝達のあり方を口述や記述の記録をつうじて丹念に解き明かす作業が展開されている。本書が注目するのは、比較的単線的に描かれることの多い脱植民地化の過程を、複数の曲線がぶつかり、絡み合う中で進んだ過程である。その複線的な動きの中にパン・アフリカ主義の実践を見いだそうとするのである。アフリカにルーツを持つ女性たちの主体的実践も取り上げられている点には本書の大きな特徴を見いだすことができる。本書の前半では、大西洋奴隷貿易以降に形成されていく世界の人種化と序列化の中で想像されていく〈アフリカ〉に焦点が当てられる。後半では、帝国に基づく体制の終焉となった第二次世界大戦後の世界における〈アフリカ〉という共同体の輪郭の変化にその分析は向けられる。そして、〈アフリカ〉への帰属が求め続けられる現代世界の動向に、パン・アフリカ主義の長期持続的な歴史がヒントを与えうることを示唆している。
評者は、長く駒場で担当してきた「アフリカ国際関係」の授業の最初に、「歴史の中のアフリカ」という、ごく短いアフリカと世界の歴史を紹介する講義を行っている。本書を通読すると、自らの講義で扱っていることは、本書で再構築された濃密な〈アフリカ〉の歴史のごく一部であり、その断片であることに改めて気づかされる。講義でも、大西洋奴隷貿易、シエラレオネとリベリア、パン・アフリカ会議、ネグリチュード、W・E・B・デュボイス、二つの世界大戦とアフリカ、冷戦の中のアフリカ、などにごくわずかに触れてはいるものの、本書はこうしたテーマをより深く考えるための「厚い記述」に特徴付けられた優れた歴史の書となっている。
加えて、本書では二〇一〇年代以降のパン・アフリカ主義の動向にも光を当てている。特に、二〇一五年にガーナの首都アクラで開催された第8回パン・アフリカ会議において、近代世界において再生産されてきた「人種化」の暴力のもとで抑圧されてきた人びとの抵抗運動として普遍的な文脈で浮上してきたブラック・ライブズ・マター運動に連なる、グローバル・アフリカン・ライブズ・マターの文言がその決議案に盛り込まれたという点は極めて興味深い。
今年三月二十五日の国連総会で、大西洋奴隷貿易が最も重大な「人道に対する罪」だとする決議が賛成123、反対3(米国、イスラエル、アルゼンチン)、棄権52の圧倒的多数で採択された。ちなみに日本は棄権した。この決議は、昨年アフリカ連合が奴隷制賠償の「統一ビジョン」を策定した後に提出されたものとされる。この決議の重要な立案者の一人であるガーナのジョン・ドラマニ・マハマ大統領であるが、本書でも再三登場するパン・アフリカ主義のもとでのアフリカ統合を希求したクワメ・ンクルマの出身国の国家元首である。現代国際社会の動向を多角的に考えるための歴史文脈を本書から多く学ぶことができる。
強力かつ魅力的なアフリカ研究者が駒場に加わってくれたことを静かに喜びたい。
(国際社会科学/国際関係)
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