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教養学部報

第675号 外部公開

小林俊行先生の藤原賞受賞に寄せて

小木曾啓示

image675_1-01.jpg 小林俊行先生が藤原賞を受賞されました。心よりお祝い申し上げます。

 藤原賞は、自然科学の分野で長年にわたり独創的かつ優れた研究を重ねてこられた研究者に贈られる、わが国を代表する顕彰の一つです。本学関係者では、小柴昌俊特別栄誉教授、大隅良典特別栄誉教授、十倉好紀特別栄誉教授、染谷隆夫執行役・副学長らが受賞されています。今回の小林先生のご受賞は、東京大学理学部数学科においては一九七五年の小平邦彦名誉教授以来、また一九九二年の数理科学研究科発足以降は現職教員として初めてとなる、まことに意義深く喜ばしい快挙です。

 小林先生は、藤原賞に加え、日本数学会春季賞、大阪科学賞、日本学術振興会賞、フンボルト賞、井上学術賞、紫綬褒章など、数多くの顕著な賞・栄誉を受けてこられました。アメリカ数学会フェローに選出され、ランス大学から名誉博士号を授与されています。さらに、二〇〇二年の国際数学者会議(ICM、北京)で招待講演を行われ、二〇二二年の国際数学者会議では表現論部門の招待講演者選定委員会委員長を務められました。世界的に第一線で活躍する研究者が集う数理科学研究科にあっても、小林先生の存在は際立っています。

 小林先生のご専門は表現論、すなわち「対称性」を数学的に理解する学問です。正三角形には回転や折り返しによる六つの対称性がありますが、形を少し変えて二等辺三角形にすると対称性は減り、不等辺三角形では何も動かさない変換だけが残ります。他方で、円や球は連続的な無限の対称性をもっています。表現論は、こうした対称性を、対象の上の関数のなす空間などを通して、有限次元とは限らないベクトル空間と線形変換の言葉に置き換え、その構造を深く探究する分野です。

 なかでも、より大きな対称性の世界における表現を、小さな対称性の立場から見たとき、どのような表現がどのように現れるかを問う「分岐則」は、小林先生が世界を先導してこられた中心的な主題です。とりわけ無限次元表現の分岐則は、専門家にとっても容易には見通せない難問でした。小林先生は、そこに現れる複雑な現象を粘り強く分析し、離散的分岐則、可視的作用、重複度の理論、対称性破れ作用素など、個別の群にとどまらない新たな視点を切り拓かれました。これらは今日、広い研究領域を支える重要な基盤となっています。藤原賞の業績題目である「無限次元の対称性の数学的研究」は、小林先生の仕事がもつ深さと広がりをよく表しているように思われます。

 また小林先生は、不連続群の研究においても新しい地平を開かれました。不連続群とは、実数の中の整数のように、空間の対称性を飛び飛びの変換の集まりとして捉える考え方です。小林先生は、従来のリーマン多様体の枠を超えた擬リーマン多様体に目を向け、独自の理論を築かれました。そして、局所的な構造から空間全体の姿をどこまで理解できるかという、幾何学の根本に関わる問いに新たな道を開かれたのです。また、このことに関連して、小林先生は、「『木を見て森を見ず』という諺がありますが、木を注意深く観察すれば、森の全体像について何らかの必然的性質が読み取れるかもしれない、と考えてみるのもまた重要だと思うのです」と語っておられます。

 小林先生の業績は、その全体像を語ろうとすれば、専門を異にする複数の研究者が、それぞれの角度から論じなければならないほど、深く広がりのあるものであり、とても私にできるものではありません。他方で、小林先生ご自身による論説やエッセイ、また大島利雄先生との共著『リー群と表現論』に触れると、数学を美しく、また愛すべきものとして見つめる、深く優しいまなざしに出会います。同書は、野の花、鉱物の結晶、音、建築、宇宙や素粒子の理論に至るまで、多様な美しさの背後に対称性があることを語る印象的な書き出しで始まります。とりわけ、フーリエ級数展開を表現論の観点から捉え直し、Peter-Weylの定理へと高めていく過程を題材とする第一章から第四章には、個々の事例を深く見つめ、一般論へと昇華させる小林先生の研究姿勢の一端がうかがわれます。そこには、代数、幾何、解析が表現論を舞台に織りなす、豊かで美しい数学の姿も感じられます。

 研究においても、学術を支える環境づくりにおいても、小林先生は多くの人を励まし、道を示してこられました。北京で開催された国際数学者会議での招待講演の後、私に「次は君の番だよ」と声をかけてくださったことを、今でも覚えています。その温かいお言葉は、大きな励ましとなりました。近年では、日仏数学連携拠点の形成や玉原国際セミナーハウスの再開など、その貢献は枚挙にいとまがありません。

 ある会合で、小林先生の中学・高校時代の同級生の方とお話しする機会がありました。同学年には四人の「小林さん」がおられたそうですが、その中で先生は、早くから「天才の小林」として一目置かれていたそうです。少年時代から周囲が感じ取っていた非凡な才能が、今日の比類ない研究の広がりと深さへと結実していることに、あらためて深い感銘を覚えます。小林先生の今後ますますのご健勝とご活躍を、心よりお祈り申し上げます。

(数理科学研究科)

〇関連情報
小林俊行教授が、第67回藤原賞を受賞しました。
https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/news/12034.html

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