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教養学部報

第675号 外部公開

<本の棚> 石橋純 編著『ベ ネズエラを 知るための60章』

宮地隆廣

image675_2-03.jpg 『〇〇を知るための・・章』の書名で知られる明石書店の「エリア・スタディーズ」シリーズは、これまでに二百を超える書籍を刊行してきた。南北アメリカ大陸に存在する二十ものラテンアメリカ諸国(公用語がスペイン語、ポルトガル語、フランス語のいずれかを含み、かつ英語を含まない国)については、昨年末時点で十八か国に、その一国を対象にした書籍が刊行された。本稿が紹介する今年六月刊行の『ベネズエラを知るための60章』は十九か国目のエントリーである。ベネズエラは人口と面積の両面で規模の大きい国であるだけに、これで重要なピースが一つ埋まった感がある。なお、未だ刊行されていない最後の国はハイチである。

 ラテンアメリカ諸国の比較政治を研究してきた評者にとって、このシリーズは各国の基礎的な知識を得るための必読書である。確認すべき箇所を読んだ後、それ以外のページも気まぐれに眺めてみると、自分の知らない世界の広がりに驚き、本を閉じられないこともしばしばである。このシリーズの一愛読者として、本書の三つの見どころを示す。

 第一に、ベネズエラの魅力を伝える上でのバランスの良さがある。国をどのように紹介したいかという編者の考え方は、限られたページ数をどのテーマに割り当て、執筆を誰に依頼するかに現れる。過去には、巻頭のカラー写真に舞踊や自然を数多く示しながら、内容の大半が編者の専門である政治経済関連であったという例もある。

 編者は音楽を中心とする民衆文化に造詣の深い文化人類学者であるが、それに偏ることなく、多様な分野を本書の各所に配置している。そして、深い知識と豊かな表現力をあわせ持つ執筆者が選ばれ、読み応えのある章が並ぶ。多くの読者は日本との対比でベネズエラを理解することになると思われるが、本書が分野を広くカバーしていることで、日本との様々な違いのみならず、日本との思わぬつながりも知ることになるだろう。日本でベネズエラと言えば野球選手の名が知られているが、動物園、スーパーに並ぶチョコレート、さらには「機動戦士ガンダム」にまでベネズエラは潜んでいる。

 第二に、記述そのもののバランスの良さがある。二〇二六年一月に米国がベネズエラに軍を派遣し、反米左派の大統領を拘束する事件が発生するなど、穏やかでない政治情勢が同国のイメージとしてまず想起される。本書の冒頭にて編者は、こうしたイメージでは見えてこない、歴史の厚みと人々の息づかいが感じられるベネズエラを示すと述べており、それは前段で述べた通り、成功を収めている。

 ここで重要なのは、近年の政治情勢に対する記述においても均衡が取れていることである。米国に囚われたニコラス・マドゥロ、そしてマドゥロの師であるウゴ・チャベスが率いた、二十一世紀ベネズエラの反米左派政権に対する評価は論者によって大きく分かれる。政権を美化する者は、政権が犯した市民への人権侵害や経済的混乱の責任を問わず、あらゆる問題の原因を米国の圧力に帰結させる。逆に、政権を憎悪する者はその専制的性格を問題視するあまり、国際法上擁護し難い米国の侵攻をも戦略的成功として賞賛する。本書は政権登場の背景や国内外の環境を網羅しつつ、この政権が何を成し遂げ、何を誤ったかを具体的に示すことで、こうした極端な評価を回避することができている。

 最後に、バランスの良さのみならず、強烈なエッジもある。食を扱った第6節は本書のハイライトである。本書はラテンアメリカ諸国の他の書籍に比べて多くの紙幅を食に割いているが、記述の量以上に、その密度と熱気に圧倒される。とりわけ、料理を扱った第41章と第42章は圧巻であり、素材や調理の過程、そしてその歴史的背景が文章に凝縮されている。筆者の料理に対する並々ならぬこだわりや愛はもちろんのこと、料理を通して見えてくる世界の広がりを短いページに込めた力量には脱帽である。レシピが掲載されていることもうれしい。

 政治の混乱に追い打ちをかけるように、ベネズエラでは六月に大地震が発生し、七月末日時点で五千名を超える死者が出ている。円安も重なり、日本で生活する者が現在のベネズエラを訪ねることは簡単ではない。本書を読み終えた後、こうした困難がなくなり、いつかこの国を自分の目で見てみたいと思うのは評者だけではないであろう。

(超域文化科学/スペイン語)

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