教養学部報
第676号 ![]()
2025年度日本ドイツ学会奨励賞受賞にあたって
川﨑聡史
このたび、拙著『「1968年」以後のポスト革命的運動――西ドイツ青年によるローカルな挑戦』(春風社、二〇二五年)に、二〇二五年度日本ドイツ学会奨励賞が授与されました。本書は、二〇二〇年度に東京大学大学院総合文化研究科に提出した博士論文を加筆・修正したものです。
まず、本書の内容を簡単にご紹介します。本書は、一九六〇年代後半から一九七〇年代にかけての西ドイツにおける社会運動を扱ったものです。一九六〇年代後半には、全社会的な異議申し立て運動である六八年運動が世界各地で発生し、そのなかで若者世代が大きな役割を果たしました。ベビーブーム世代にあたる彼らは、人口規模の面で大きな存在感を示すとともに、一九六〇年代を通じて政治意識を高めていきました。六八年運動は、一九六〇年代末に終息しますが、その活動家の多くは、以後も社会運動に積極的に取り組みつづけました。
本書では、六八年運動以後に本格化した二つの運動を取り上げました。第一は、キンダーラーデンと呼ばれる自治的な共同保育施設を運営し、育児をめぐる問題に取り組んだ運動です。この運動は、子育ての負担を男性から押し付けられたことで、学業や政治活動など自己実現の機会を奪われたことに不満を持った女性によって当初は開始され、その後、旧来の子育ての方法に疑問を持った若者によって育児の改革運動として展開されました。
第二は、ドイツ社会民主党(SPD)の青年組織であるユーゾーの運動です。ユーゾーは、一九七〇年代初頭には年十万人以上という驚異的な新規参加者数を記録しました。党内の新参者であったユーゾーのメンバーは、都市再開発に伴う家賃の上昇や、公共交通機関の運賃高騰といった私生活に近い領域の問題に主に取り組みました。
これら二つの運動は、いずれも社会主義を強く志向していました。とりわけユーゾーは、民主社会主義を掲げ、その理念に基づき、草の根から市民生活を改善しようと試みました。
さて、この民主社会主義という言葉は、近年、改めて注目を集めています。二〇二六年一月には、民主社会主義者を標榜するゾーラン・マムダニ氏がニューヨーク市長に就任し、全米でも高い支持を得ています。その背景には、保育の無償化や公共交通機関の運賃引き下げ、住宅費高騰への対応など、市民生活に直結する具体的な政策を重視する彼の姿勢があります。また、民主社会主義の理念自体も、グローバル資本主義に不安を抱く人々、とりわけ若い世代の共感をますます呼んでいるようです。
本書では、このような運動が持つ可能性を、一九六〇年代から一九七〇年代の西ドイツを通じて論じました。当時の西ドイツも、経済成長や福祉国家化、価値観の多様化が進む一方、権威主義的構造の残存や低成長時代の到来など、大きな変化と危機に直面していました。
新しい時代の危機に対応するにあたり重要となったのが、ローカルな領域で市民生活の改善につながる具体的成果を追求することと、自由や民主主義、個人の尊厳を尊重する共有可能な理念によって、多様な問題意識を一つの運動へ結びつけることでした。本書が論じたこの二つの要素は、西ドイツという歴史的文脈を超え、現代にも通じる普遍性を持っていると考えられます。
本書および博士論文を執筆するにあたり、本学の多くの先生方からご指導とご支援をいただいたことに、心よりお礼申し上げます。また、博士論文の執筆は苦しいものでしたが、その完成・出版に至ったことで、歴史学自体の面白さを再認識するとともに、この学問に今後も情熱を傾けていきたいという意欲を新たにしました。
最後に、『教養学部報』の読者のなかには、大学院生の方もいらっしゃると思います。そのような皆さんに私自身の経験を踏まえ、月並みな言葉となりますが、お伝えしたいことがあります。今は不安や自信のなさに苦しんでいたとしても、ひたむきに研究に取り組む努力は、きっと何らかのかたちで実を結びます。そして、研究に一区切りがついたときの安堵と達成感は、ひとしおです。皆さんが誠実に研究に向き合うことそれ自体に大きな意味があると私は信じています。皆さんの今後のご健闘を、心よりお祈り申し上げます。
(地域文化研究/ドイツ語)
〇関連情報
【受賞】地域文化研究専攻 川﨑聡史講師が日本ドイツ学会奨励賞を受賞
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/awardsandbook/20260713120000.html
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