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最終更新日:2024.08.26

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トピックス 2024.08.23

【研究成果】速度制御可能な動く液滴の創出に成功――異種分子間の分離で生じる液滴を微小ロボットに活用へ――

2024年8月23日
東京大学大学院総合文化研究科
東京大学大学院理学系研究科

発表のポイント

  • 周囲の濃度勾配によって動く液滴の速度が、濃度勾配が生む対流による駆動力と粘性抵抗のバランスによって決まることを明らかにしました。
  • 液滴が取り込むDNAの構造変化を介して粘性抵抗を調整し、液滴の速度制御を実現しました。
  • 動く液滴を、生体や細胞において病気診断や薬物輸送を担う微小ロボットとして活用する研究への貢献が期待されます。
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周囲の濃度勾配により運動する液滴と共存するDNAによる運動速度の変化

概要

 東京大学大学院総合文化研究科の柳澤実穂 准教授(東京大学生物普遍性連携研究機構 准教授/大学院理学系研究科 准教授)、東京大学大学院総合文化研究科の作田浩輝 特任助教(東京大学生物普遍性連携研究機構 特任助教)らの研究グループは、周囲の濃度勾配によって動く液滴の作製と、液滴に自発的に取り込まれるDNAの構造変化を介した液滴の速度制御を実現しました。

 医薬品材料としても用いられるポリエチレングリコール(PEG)とデキストラン(DEX)をある濃度以上で混合した水溶液は、液‐液相分離(注1)によりPEG溶液中にDEX液滴が形成されます。PEG濃度が不均一である時、液滴が低濃度側へ並進運動する現象は報告されていましたが、液滴が運動する原理解明や運動制御は実現されていませんでした。今回、液滴の運動速度が、液滴内外の濃度差と溶液粘性により決定されることを発見しました。さらに、液滴に自発的に取り込まれるDNAの構造変化を介して溶液粘性を調整することで、世界で初めて動く液滴の速度制御を実現しました。

 本成果より、動く液滴を生体内で薬物輸送などを担う微小ロボットとして活用する応用研究への貢献が期待されます。


発表内容

 机に垂らした液滴の表面や、油中の水滴表面には、表面面積を小さくしようとする界面張力(注2)が働いています。液体の蒸発や表面を覆う分子の不均一さにより、界面張力が空間的に不均一になると、界面張力が小さな方から大きな方へ液体が流れることが知られています。このマランゴニ対流と呼ばれる界面張力差由来の対流が液滴周りに生じると、液滴は自発的に運動します。ごく最近、PEG・DEX水溶液の液-液相分離により形成されるDEX液滴が(関連情報)、不均一なPEG濃度場で運動することが報告されました。しかし、液滴の運動機構の解明や速度制御は実現されていませんでした。

 本研究では、細長いチャンバーを用いることでPEG濃度勾配を長時間保持するとともに、蛍光ラベルしたPEG・DEXを添加することで、液滴内外の対流と濃度勾配を定量評価し、液滴運動の起源がマランゴニ対流であることを示しました(図1)。また、レオメーターを用いた液体の動粘度(注3)測定から、液滴の運動速度が、濃度勾配に起因する対流による駆動力と粘性抵抗(注4)のバランスで決定されることを説明しました。さらに、Coil状態DNAを取り込んだ液滴の運動速度が、DNAなしの場合と比べて約半分に遅くなることを見出しました(図2a)。この速度低下は、MgCl2添加によるDNAの構造転移(Coil‐Globule転移(注5))により制御でき、DNAをCoil状態からGlobule状態へ変化させることで、DNAなしの場合と同様の運動速度へ戻ることを見出しました(図2a)。液滴を駆動させる液滴表面に働く界面張力は、DNAの取り込みや構造転移により変化しない一方、粘性抵抗を生むDEX相の動粘度はCoil状態のDNA共存時のみ顕著に大きな値をもつことがわかりました(図2b,c)。Coil状態のDNAはDEX液滴内に広がって対流する一方、Globule状態のDNAは液滴後方に凝集して対流しないことから(図2d)、Coil状態のDNAを含むDEX液滴の大きな動粘度が、液滴の運動速度低下の原因であると結論付けました。

 DNAの構造は、多価イオン等の添加によって可逆的に変化させることが可能です。そのため、今回作成した動く液滴は、外部からの刺激による速度変化が可能であり、これを生体内で薬物輸送する微小ロボットとして活用することが期待されます。また今回の発見は、近年注目される細胞内での液‐液相分離により形成される液滴が、細胞質対流や不均一な濃度場下で示す振る舞いの理解へも貢献します。

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図1:液滴まわりの濃度勾配に起因した界面張力勾配により液滴内外に生じるマランゴニ対流
(a)細長いチャンバーを用いてPEGの濃度勾配を設けるとDEX液滴は低濃度側へ移動する。(b, c)液滴の運動方向にはPEGの濃度差が生じており、それに起因した液滴表面での界面張力差によりマランゴニ対流が生じる(矢印は対流を示す)。液滴外の流体は、PEG濃度が低い方から高い方へ流れる一方、液滴はその反作用で低濃度側へ運動する。
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図2:DNAの取り込みによる液滴の運動と溶液物性の変化
DNAおよびMgCl2を添加した際の (a) 液滴の規格化速度(半径で規格化した運動速度)、(b) 液滴表面に働く界面張力値、(c) 液滴を構成するDEX溶液の動粘度の変化。(d) Coil状態とGlobule状態のDNAを内包した動くDEX液滴の顕微鏡画像、紫色蛍光がDNAを示す。

〇関連情報:
「プレスリリース:水溶液が分離するか否かを、細胞サイズの器が制御することを発見(2022/08/25)」
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20220825110000.html


発表者・研究者等情報

東京大学

大学院総合文化研究科広域科学専攻・教養学部統合自然科学科
柳澤 実穂 准教授 兼:東京大学生物普遍性連携研究機構 准教授、大学院理学系研究科 准教授
古木 智大 学部生(研究当時)
作田 浩輝 特任助教 兼:東京大学生物普遍性連携研究機構 特任助教
柳沢 直也 特任助教 兼:付属先進科学研究機構 特任助教
嶋本 大祐 博士課程

大学院理学系研究科物理学専攻
田渕 辰悟 修士課程(研究当時)
加茂 あかり 修士課程


論文情報

雑誌名:ACS Applied Materials & Interfaces
題名:Marangoni Droplets of Dextran in PEG Solution and Its Motile Change Due to Coil-Globule Transition of Coexisting DNA
著者名:Tomohiro Furuki, Hiroki Sakuta, Naoya Yanagisawa, Shingo Tabuchi, Akari Kamo, Daisuke S. Shimamoto, Miho Yanagisawa*
DOI:10.1021/acsami.4c09362
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsami.4c09362


研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:22H01188[柳澤])」、「学術変革(A)(課題番号:24H02287[柳澤])」、「若手研究(課題番号:21K15057[作田])」、国立研究開発法人科学技術振興機構 「創発研究支援事業(JPMJFR213Y [柳澤])」の支援により実施されました。


用語説明

(注1)液‐液相分離
均一な溶液が、濃度や温度の変化により、複数の液相に分離する現象。

(注2)界面張力
相分離した2つの液体相など、異なる2相が接する境界の面積を減少させようとする力。

(注3)動粘度
液体のねばりの度合を示す粘度を、密度で割った値。

(注4)粘性抵抗
粘性をもつ液体中を物体が動く際に、物体がまわりの液体から受ける抵抗力のこと。

(注5)Coil‐Globule転移。
負に帯電したDNAが、ランダムに広がったCoil状態から、多価イオン等の添加により凝縮したGlobule状態へ転移する現象。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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