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2024.09.12
【研究成果】未知の水"同素不混和水"の圧力に対する2種類の応答を発見――水/氷間の相転移過程解明に一歩前進――
2024年9月12日
東北大学
北海道大学
鳥取大学
東京大学
発表のポイント
- 氷と水の界面に生成する両者と混ざらない同素不混和水(注1)の厚さが、液/固間の相転移を駆動する圧縮圧力である過加圧(注2)の大きさに比例することを発見しました。
- 過加圧の大きさに応じて同素不混和水は液膜状と目玉焼き状の形態をとり、それぞれ異なる過程を経て水へと変化することを発見しました。
- 同素不混和水の熱力学的安定性に知見を与え、水から氷への形成過程解明につながる成果です。
概要
水は、人類を含むすべての生物の生命活動にとって最も重要であり、氷への相転移を介し氷河形成など様々な自然現象に大きな影響を与える液体です。
東北大学多元物質科学研究所の新家寛正助教と北海道大学低温科学研究所の木村勇気教授、鳥取大学工学部機械物理系学科の灘浩樹教授、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻/附属先進科学研究機構の羽馬哲也准教授を中心とする研究グループはこれまで、圧力印加により成長・融解する氷と水の界面に、水と混ざり合わない未知の水である同素不混和水が現れることを発見しています(文末の過去のプレスリリース参照)。しかし、その系統的な調査は行われていません。今回、その動力学の過加圧依存性を調査したところ、過加圧の大きさに応じ、(i) 液滴状の同素不混和水が収縮した後に液膜状のものが収縮し消滅する2段階の過程と(ii) 液膜状のものが収縮し消滅する1段階の過程があることを発見しました。さらに、その厚みは過加圧に比例し、相転移駆動力(注3)に対しある決まった応答を示すことを発見しました。本成果は、水/氷間の相転移過程解明や水が関わる広範な科学領域に貢献します。
本成果は9月9日(米国太平洋標準時間)付、国際科学誌The Journal of Physical Chemistry C の特集号に招待論文としてオンライン掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
水は、氷への相転移を介して地球上の様々な自然現象を支配するだけでなく、生物の生命活動や、次世代エネルギーの水素生成技術など様々な場面において重要となる液体です。しかしながら、水は一般的な液体とは異なる奇妙な性質を示し、その起源は未だ明らかになっていません。そのため、水の性質を理解することは極めて重要です。本研究グループは、これまでの研究で、アンビル型動的高圧発生装置(注4)を用いた圧力印加により成長・融解する氷と水の界面で、これまで理論的にも予測されてもいなかった未知の水である"同素不混和水"が、周囲の水と分離して生成することを光学顕微鏡その場観察で発見していました。同素不混和水の、液体構造、ダイナミクス、物理化学的性質や熱力学的特徴など、種々の性質を明らかにすることは水の隠された性質の解明につながります。しかしながら、同素不混和水の発見以降、その系統的な調査は行われていませんでした。
今回、本研究グループは、氷単結晶のベーサル面(注5)に現れる同素不混和水のダイナミクスの、氷から水への相転移の熱力学的駆動力である過加圧に対する応答を系統的に調査しました。その結果、同素不混和水は過加圧の大きさに依存して液膜状と目玉焼き状の形態多様性を示し、それぞれ異なるダイナミクスを経て水へと変化していくことを明らかにしました。さらに、生成直後の液滴状の同素不混和水の厚みは過加圧に比例することを世界で初めて発見しました。
今回の取り組み
研究グループは、北海道大学低温科学研究所の低温室内(−10°C)に、アンビル型動的高圧発生装置と観察用のレーザー干渉顕微鏡(注6)を設置し、氷を107 MPa(1056気圧)まで加圧することで、一部融解させました。これにより、水中に浮かぶ氷単結晶を作りました。この氷結晶に過加圧を印加することで同素不混和水を生成し、特に、氷のベーサル面と水の界面の同素不混和水のダイナミクスをその場観察しました。その際、アンビル型動的高圧発生装置を矩形波で電気的に駆動し、試料を瞬時に圧縮することで、過加圧を印加しました。過加圧は、氷を融解させる相転移駆動力として働きます。過加圧を、0.4, 0.7, 1.0, 1.4, 1.6, 2.0, 2.3 GPa(ギガパスカル)と変化させて、それぞれの条件で観察しました。1GPaは、重さおよそ10トンの大型バスの全重量を1 ㎠という小さな面積にかけた時に発生する圧力に相当します。
図1に最大過加圧(2.3 GPa)の場合の同素不混和水の振る舞いを示します。レーザー干渉像の差分像から分かるように、加圧直後、同素不混和水の生成に伴い、単結晶界面全域に渡る円環状の干渉縞が生じました(図1C)。干渉縞は等厚線とみなすことができるため、生成した干渉縞の形から、生成した同素不混和水が丸みを帯びた液滴状であることが分かります。また、干渉縞からおおよその厚さが推定でき、この時の厚さはおよそ1.2 μmであることが分かりました。この厚さと半径から体積を求めることができ、さらに水1分子が占める体積からこの液滴状の同素不混和水を構成するおおよその分子数を見積もることができます。見積もられた分子の数は2千兆個でした。例えば、1 ㎣の砂粒を2千兆個集めたとすると、その体積はエジプトのピラミッドの体積のおよそ3/4に相当することになり、この数がいかに膨大な数であるかを実感できます。このような膨大な分子数で構成された媒質のスケールは巨視的とみなすのが一般的です。このような巨視的なスケールで、かつ、古典的な光学顕微鏡観察で十分観察できるほど長時間存在できるという特徴は同素不混和水が熱力学的な相である可能性をほのめかしています。仮に同素不混和水が熱力学的な相であった場合、水には液体としての準安定相が隠れていたことになります。物質に準安定相がある場合とない場合とでは、その物質の熱力学的安定性に違いが生じます。これは、従来考えられていた水からの氷への相転移のメカニズムの見直しが必要となる可能性を示唆しています。また、水は、圧縮率や比熱容量など、一般的な液体の物性とは大きく異なることが知られていますが、その起源は未だに明らかとなっていません。物性は、相の熱力学的安定性に関係することが知られています。水に同素不混和水という準安定相の存在を仮定することで、水の物性をこれまでとは違った視点から再検討することができるかもしれません。
この液滴状の同素不混和水は、一度濡れ広がった後、時間とともに収縮しながら消滅し水へと変化することが分かりました。さらに、液滴状の同素不混和水の消滅後、氷単結晶界面全域に渡って存在していたと考えられる層状の同素不混和水が収縮しながら消滅していく様子が観察されました。すなわち、生成した同素不混和水は単純に収縮して消滅するのではなく、目玉焼きの黄身の部分に相当するような液滴状の同素不混和水の収縮と、その後に続く目玉焼きの白身の部分に相当するような液膜状の同素不混和水の収縮の2段階の過程を経て消滅する場合があることが新たに分かりました(図1D)。一方、過加圧が0.4 GPaの場合、2段階の消滅過程は観察されず、液膜状の同素不混和水の収縮という1段階の消滅過程のみが観察されることが明らかとなりました(図2)。以上のことから、同素不混和水の消滅過程には過加圧の大きさに応じた多様性が生じることが分かりました。
図3に、液滴状同素不混和水の厚さと過加圧の関係を示します。液滴状の同素不混和水の厚みは、過加圧の大きさに比例することが分かりました。これは、同素不混和水の生成体積が相転移駆動力に対してある決まった関係で変化することを意味し、この特徴もまた、同素不混和水が熱力学的な相であることをほのめかしています。一方、この比例関係の近似式を外挿すると、およそ0.7 GPa以下の条件では同素不混和水は生成しないことになります。しかし、実際には、液膜状の同素不混和水が観察されています。液膜状同素不混和水の厚さと過加圧との関係が原点を通る比例関係にあると仮定し、液膜状同素不混和水のみが観察された条件を考慮すると、同素不混和水が200 nmから400 nm程度の厚みとなる条件で、2段階の消滅過程と1段階の消滅過程の間の遷移が起こる可能性が示唆されます。一方、アンビル型動的高圧発生装置を矩形波で駆動し瞬時に圧力を印加するのではなく、三角波を用いて時間をかけて印加した場合の観察で、液膜状同素不混和水の厚みを干渉計により測定したところ、230 nm程度であることが分かりました。この厚みは、同素不混和水の消滅過程の遷移が起こると考えられる厚みとおおよそ一致します。このことは、液滴状同素不混和水と液膜状同素不混和水で過加圧に対する応答が異なり、両者の熱力学的安定性が異なる可能性を示唆しています。
今回の観察された液滴状の形態と液膜状の形態は、空気と氷の界面で生成する疑似液体層(注7)でも観察されることが先行研究で明らかになっています。この形態の違いは、氷界面からの狭義のvan der Waals相互作用(注8)の影響により生じると考えられています。狭義のvan der Waals相互作用の及ぶ距離にある疑似液体層は液膜状の形態を示し、その距離よりも遠い位置にある疑似液体層は液滴状の形態を示すと考えられています。本研究の同素不混和水における液滴状および液膜状の形態多様性は、疑似液体層の場合と同様に、氷界面からの相互作用の影響を反映したものである可能性があります。
しかし、液膜状の疑似液体層の厚さは9 nmである一方、液膜状の同素不混和水は200 nm程と、両者のスケールには大きな違いがあります。9 nmという疑似液体層の厚さは、氷界面から及ぶ狭義のvan der Waals相互作用の距離の計算値とよく一致することから、上記のように説明されますが、200 nmという同素不混和水の厚さは、氷界面からの狭義のvan der Waals相互作用のみでは説明できません。何らかの長距離に及ぶ別の相互作用を仮定する必要があります。現段階ではその相互作用を明確に特定することはできませんが、先行研究において、水分子同士は、その永久双極子(注9)同士の双極子―双極子相互作用(注10)を介して200 nmを超える長距離の相関を示しながら協調的に振動することが非線形光学分光実験により指摘されています。この距離は液膜状の同素不混和水の厚さとおおよそ一致しています。このことは、水分子同士の双極子―双極子相互作用によって液膜状の同素不混和水の厚さが説明される可能性を示唆しています。双極子―双極子相互作用は広義にはvan der Waals相互作用に含まれます。液膜状の疑似液体層と同素不混和水の厚みの違いは、氷表面からのそれぞれ狭義と広義のvan der Waals相互作用の影響の違いが原因である可能性が示唆されました。
以上のように、同素不混和水の振る舞いを過加圧の大きさに着目して系統的に調査したことで、同素不混和水は相転移駆動力である過加圧に対しある決まった応答を示すことが明らかとなり、また、その消滅過程には過加圧の大きさに応じた多様性が生じることが明らかになりました。それだけでなく、空気―氷界面における疑似液体層の形態多様性の背景にある物理とは異なった物理が、水―氷界面の同素不混和水の形態多様性の背景には存在することが示唆されました。
今後の展開
今後、同素不混和水の性質の系統的調査をさらに行っていくことで、人類にとって最も重要な液体である水の隠された性質が次々と明らかになることが期待されます。本研究は、水からの氷の結晶化のように私たちが当たり前のように捉えている身近で素朴な現象から、未来のエネルギー技術に関連する現象まで、様々な現象に対し新たな知見をもたらすことが期待されます。
謝辞
本研究は、北海道大学低温科学研究所共同利用・共同研究課題番号18K001、24K001、公益財団法人日本科学協会笹川科学研究助成課題番号2021-2001、公益財団法人クリタ水・環境科学振興財団国内研究助成23D002、日本学術振興会科研費 基盤研究(B) 24K01428の支援を受けて実施されました。
用語説明
注1. 同素不混和水
本研究グループがこれまでの研究で発見した、圧力を駆動力として成長もしくは融解する氷と水の界面において水から分離して生成する未知の水の総称。科学用語の"同素体"と"液体不混和"を基にした名称である。同素体とは、グラファイトとダイヤモンドのように、同じ原子で構成されていながらも、原子の並び方の違いによって異なる性質を示す物質群を指す用語である。一方で、液体不混和とは、水と油のように液体同士が混ざり合わない現象を指す用語である。液体不混和は異なる元素で構成される液体同士で一般的に見られるが、水と未知の水は同じ水であるため、同素体の液体不混和とみなすことができる。そのため、本研究グループは未知の水を同素不混和水と命名した。これまでに、私たちの生活に身近な氷である氷Ihと水の界面だけでなく、氷Ihとは結晶構造が異なる、高圧環境下で安定な高圧氷である氷III、氷V、氷VIと水の界面でも同素不混和水が生成することが明らかになっている。
注2. 過加圧
一般的に、液体が固体へ相転移する圧力は物質ごとに決まっており、この相転移圧力に到達するまで液体を圧縮することで、固体へと相転移させることができる。この相転移の過程では、液体の一部が固化し、固化した固体が断続的な圧縮によって液体中で成長していき、やがて液体が固体に置換わることで相転移が完了する。この時の、固体の成長(もしくはその逆である融解)を促す熱力学的駆動力に変換される仕事としての圧縮を、ここでは過加圧と呼んでいる。
注3. 相転移駆動力
物質の相転移を駆動するエネルギーを指す。本研究では、圧力印加によって生じる系のエネルギー変化を熱力学的駆動力として、氷は水へと融解している。圧力印加の他、温度上昇によっても氷を水へと融解させることができ、これは、温度上昇によって生じる系のエネルギー変化を熱力学的駆動力として相転移を駆動する例である。
注4. アンビル型動的高圧発生装置
アンビル型高圧発生装置とは、2 つの尖頭状に成型された硬質な物質(アンビル)の尖頭部同士を押し当てプレスすることで尖頭部に高圧を発生させる装置のことを指す。ガスケットと呼ばれる小さな穴の空いた金属板内部に試料を導入し、ガスケット穴にある試料を一対アンビルで挟み込みプレスすることで高圧状態を得る。一般的には、アンビルを押し当てる際には、上下アンビルを支持する金属治具間の距離をネジで調節する。一方、本研究では、アンビル間の距離をピエゾ素子で電気的に制御できる機能を付与したアンビル型高圧発生装置を用いており、この装置はピエゾ素子を矩形波などで駆動することで圧力の印加時間を任意に制御することができる。このような特殊なアンビル型高圧発生装置は、dynamic anvil cellと呼ばれ、ここでは、日本語訳としてアンビル型動的高圧発生装置としている。
注5. ベーサル面
氷の結晶構造は六角柱状であり、六角柱の底面に対応する結晶面のことをベーサル面という。
注6.レーザー干渉顕微鏡
レーザー干渉計の機能を搭載した顕微鏡を指す。レーザー干渉計とは、観察対象物を通過したレーザー光と通過していないレーザー光とを干渉させて生じる光の干渉縞により、微小な屈折率差や変化を捉えて可視化したり、その干渉縞が与える情報を取得する装置のことである。本研究では、同素不混和水を通過した光と、通過していない光とが干渉することで生じる干渉縞により同素不混和水を可視化している。
注7. 疑似液体層
空気/氷Ih界面に生じる氷表面を覆う極薄の水の膜。この水の膜は通常の水より氷Ihに近い構造を持つ水であると予想されている。この水膜は、通常の水と区別するために「疑似液体層」と呼ばれている。
注8. van der Waals 相互作用(狭義)
電気的に中性な分子でも、分子内の電子分布が量子ゆらぎによって極性を生じることがあり、このようにして生じる電気双極子が周囲の中性分子の電気双極子を誘起する。これら電気双極子同士の相互作用を分散力相互作用と呼ぶ。狭義のvan der Waals相互作用とはこの分散力相互作用を指す。
注9. 永久双極子
分子内の電荷分布が非対称であるために生じる、恒久的な電気的極性のことを指す。水分子は、全体としては電気的に中性であるが、酸素原子側が負、水素原子側が正という分子内での電荷分布に恒久的な偏りが生じているため、永久双極子を持つ。
注10.双極子―双極子相互作用
永久双極子同士の間の相互作用のことを指す。広義にはvan der Waals
相互作用に含まれる。
論文情報
タイトル:Dependence of Homoimmiscible Water Dynamics on Overpressure at the Interface between Water and the Basal Plane of Single-Crystal Ice Ih
著者: Hiromasa Niinomi*, Hiroki Nada, Tomoya Yamazaki, Tetsuya Hama, Akira Kouchi, Tomoya Oshikiri, Masaru Nakagawa, and Yuki Kimura
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 助教 新家寛正
掲載誌:The Journal of Physical Chemistry C
DOI:10.1021/acs.jpcc.4c04187
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpcc.4c04187
過去のプレスリリース
東北大学2020年8月7日付プレスリリース
『水/高圧氷の界面に "新しい水"を発見! 水の奇妙な物性の謎に迫る画期的な成果』
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/08/press20200807-01-water.html
東北大学2022年5月12日付プレスリリース
『水/氷の界面に2種目の"未知の水"を発見! 水の異常物性を説明する"2種類の水"仮説の検証に新たな道』
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/05/press20220512-02-water.html
東北大学2023年10月12日付プレスリリース
『水/高圧氷の界面に液晶らしき"未知の水"を発見 ダイナミクスが示唆する未知の水の生成機構と構造の多様性』
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2023/10/press20231012-01-water.html
東北大学2024年1月11日付プレスリリース
『キラルな高圧氷と水の界面にキラル液晶らしき水を発見 ―水と鏡のミステリアスな関係-』
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/01/press20240111-02-chiral.html