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2025.06.13
【研究成果】世界最高水準の長寿命超伝導共振器を開発 -量子メモリや誤り訂正の基盤技術として期待-
2025年6月13日
理化学研究所
情報通信研究機構
東京大学
概要
理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センターハイブリッド量子回路研究チームの冨永雄介特別研究員、白井菖太郎特別研究員(東京大学大学院総合文化研究科特任研究員)、情報通信研究機構未来ICT研究所神戸フロンティア研究センター超伝導ICT研究室の菱田有二研究技術員、寺井弘高上席研究員、東京大学大学院総合文化研究科の野口篤史准教授(理研量子コンピュータ研究センターハイブリッド量子回路研究チームチームディレクター)の共同研究グループは、高品質な窒化チタン薄膜と、スパイラル(渦巻き型)形状を組み合わせた独自の設計により、長寿命性の指標である内部Q値[1]が世界最高水準の平面型超伝導共振器[2]を開発しました。
平面型の共振器は集積性に優れる反面、表面でのエネルギー損失が大きく、3次元空洞構造の共振器[3]に比べて性能面で不利とされてきました。本研究では、スパイラル形状による電場分布の制御によってエネルギー損失の原因となる表面への電場の集中を抑制し、量子性が顕著になる単一光子[4]レベルで1,000万、高パワー下で1億に迫る内部Q値を達成しました。量子情報を長時間保持できる量子メモリや、誤り訂正量子計算の実現に向けた基盤技術となることが期待されます。
本研究は、科学雑誌『EPJ Quantum Technology』オンライン版(6月13日付:日本時間6月13日)に掲載されました。

背景
量子コンピュータや量子センサーといった量子技術では、量子状態をできるだけ長く保つことが重要です。超伝導共振器は、マイクロ波領域の光子を保持することのできる素子であり、その性能を示す指標である内部Q値をいかに高めるかが、こうした応用における鍵となります。
中でも平面型の共振器は、フォトリソグラフィ[5]などの既存の半導体製造技術と親和性が高く、集積性に優れることから、大規模な量子回路の構築に向いています。しかし、基板表面でのエネルギー損失が大きく、その内部Q値の多くは単一光子レベルで数百万程度にとどまるという課題がありました。これまで高い内部Q値を実現する手段として3次元空洞構造の共振器が広く用いられ、中には内部Q値が10億に達する例も報告されていますが、それらは構造が大きく、集積化には不向きなため、将来的な量子情報デバイスの大規模化に対する制約となっていました。
研究手法と成果
本研究では、高品質なエピタキシャル成長[6]した窒化チタン(TiN)薄膜を基板上に形成し、平面型超伝導共振器における表面のエネルギー損失の低減を目的とした最適な幾何構造を探索しました。
平面型として一般的な直線的なコプレーナ導波路[7]型共振器では、電場が金属や基板の表面に強く集中し、表面に存在する二準位欠陥(TLS)[8]との相互作用によりエネルギーが失われやすくなります。
そこで本研究では、スパイラル(渦巻き型)形状を導入し、電場を共振器内に緩やかに分布させることで、表面との重なりを抑えることを目指しました(図1)。この効果は、有限要素法に基づく電磁場シミュレーション[9]によって定量的に検証され、従来構造に比べて表面への電場の集中が大きく低減されることを確認しました。

製作した共振器は、共通基板上に異なる幾何構造を持つ複数の試料を並列配置し、極低温(約10ミリケルビン(mK:Kは絶対温度の単位))の環境下でマイクロ波透過測定を行いました。その結果、スパイラル共振器では、単一光子レベルで1,000万、高パワー下(平均光子数がおよそ10の9乗個)では1億に迫るという世界最高水準の内部Q値を達成し、従来の平面型構造と比べて2倍から4倍の性能向上が見られました(図2)。

今後の期待
本成果は、3次元構造に依存せず、構造設計によって損失を抑えるという設計の指針を示すものであり、将来的な量子誤り訂正や量子メモリの実装といった応用に向けて、平面型の超伝導デバイスの可能性を大きく広げることが期待されます。
論文情報
雑誌名:EPJ Quantum Technology
題名:Intrinsic Quality Factors Approaching 10 Million in Superconducting Planar Resonators Enabled by Spiral Geometry
著者名:Yusuke Tominaga, Shotaro Shirai, Yuji Hishida, Hirotaka Terai, Atsushi Noguchi
DOI:10.1140/epjqt/s40507-025-00367-w
補足説明
[1] 内部Q値
共振の周波数に共振器内部由来のエネルギー損失率の逆数をかけたもの。すなわち、この値が高いほど、共振器内部でエネルギー(あるいは情報)を長い時間保持できることを意味する。
[2] 超伝導共振器
量子ビットと組み合わせて量子メモリとして使われるほか、量子情報の読み出しや高感度な測定など、量子コンピュータや先端物理研究に不可欠な部品。
[3] 3次元空洞構造の共振器
金属などで囲まれた3次元の空間(空洞)に電磁波を閉じ込める構造。非常に高い内部Q値が得られるが、構造が大きくなるため、集積化は難しい。
[4] 単一光子
電磁波の最小のエネルギー単位となる1個の粒子。量子情報処理では、1個の光子に情報を持たせて保持することが重要となる。
[5] フォトリソグラフィ
紫外線などの光を使って、基板上に微細な電子回路パターンを転写する半導体製造技術。現在の大規模集積回路の製造にも広く用いられている。
[6] エピタキシャル成長
基板の結晶構造に沿って、薄膜を整然と成長させる技術。結晶の乱れや欠陥が少ない薄膜を形成でき、量子デバイスにおいてエネルギー損失を抑える効果がある。
[7] コプレーナ導波路
同一平面上に信号線と、その両端に接地電極(グラウンド)を配置した電気線路。電磁場のエネルギーが信号線とグラウンドとの間に蓄えられる。
[8] 二準位欠陥(TLS)
固体中の微視的な構造の乱れなどに由来し、二つのエネルギー状態を持つ量子系として振る舞う欠陥。量子デバイスのエネルギーを吸収し、損失の原因となる。TLSはtwo-level systemの略。
[9] 有限要素法に基づく電磁場シミュレーション
構造物や空間を細かく分割し、電場や磁場の分布を近似的に求める計算手法。
各機関の役割
- 理化学研究所:共振器の設計、デバイスの微細加工、低温測定およびデータ解析を担当。また、研究初期の着想形成に貢献。
- 情報通信研究機構:エピタキシャル成長による高品質な窒化チタン薄膜の作製を担当。
- 東京大学:研究初期の着想形成に貢献し、予備的な測定実験を担当。
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業ムーンショット目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現(プログラムディレクター:北川勝浩)」の研究開発プロジェクト「超伝導量子回路の集積化技術の開発(プロジェクトマネージャー:山本剛、JPMJMS2067)」、同戦略的創造研究推進事業ERATO「沙川情報エネルギー変換プロジェクト(研究代表者:沙川貴大、JPMJER2302)」、同CREST「超伝導・磁性・機械の融合によるスケーラブル量子計算機(研究代表者:山下太郎、JPMJCR24I5)」、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「超伝導量子コンピュータの研究開発(研究代表者:中村泰信、JPMXS0118068682)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(B)「量子もつれを利用した熱機関の高速化(研究代表者:野口篤史、JP24H00832)」、同研究活動スタート支援「量子誤り訂正のための高性能二次元超伝導共振器の開発(研究代表者:冨永雄介、JP24K22871)」による助成を受けて行われました。
発表者
理化学研究所 量子コンピュータ研究センター ハイブリッド量子回路研究チーム
特別研究員 冨永雄介 (トミナガ・ユウスケ)
特別研究員 白井菖太郎(シライ・ショウタロウ)(東京大学 大学院総合文化研究科 特任研究員)
情報通信研究機構 未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター 超伝導ICT研究室
研究技術員 菱田有二 (ヒシダ・ユウジ)
上席研究員 寺井弘高 (テライ・ヒロタカ)
東京大学 大学院総合文化研究科
准教授 野口篤史 (ノグチ・アツシ)
(理研 量子コンピュータ研究センター ハイブリッド量子回路研究チーム チームディレクター)