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最終更新日:2025.06.25

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トピックス 2025.06.25

【研究成果】血圧を調節する新規分子を発見──新たな高血圧治療への展開──

2025年6月25日

概要

 国立大学法人滋賀医科大学生化学・分子生物学講座(分子病態生化学部門)の扇田久和教授、国立大学法人東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系生命機能論講座の新井宗仁教授らの研究グループは、マウスを使用した実験により、血管平滑筋細胞の中に「アファディン」というタンパク質が存在すると容易に高血圧になること、すなわち、アファディンが血圧を調整する主要な分子であることを明らかにしました。さらに、アファディンの働きを阻害するペプチドの同定にも成功し、同定したペプチドをマウスへ投与することにより、その効果を実証しました。

 本研究成果は、血圧の調整におけるアファディンの重要性を示すとともに、高血圧に対する新たな治療法開発に貢献することが期待されます。

 本研究成果は、2025年5月29日付、国際学術誌「Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology」にオンライン速報版が掲載されました。

研究のポイント

  • 高血圧になる仕組みを明らかにするため、動脈の弾力性を担う中膜を構成する、血管平滑筋細胞内のアファディンに着目し、マウスを使用した実験を行った。
  • 血管平滑筋細胞内にアファディンが存在すると容易に高血圧になることを明らかにするとともに、血圧調節の詳細な仕組みを解明した。
  • アファディンの働きを阻害するペプチドを、AlphaFold2(アルファフォールド2:2024年のノーベル化学賞を受賞した技術)というAIなどを使用することにより見出し、同定したペプチドをマウスに投与することにより、その効果を実証した。

研究の背景

 高血圧(収縮期血圧140 mmHg以上または拡張期血圧90 mmHg以上)は代表的な生活習慣病の一つであり、放置すると、重い心臓病や腎臓病などが発症しやすくなります。日本国内では約3,000万人の患者がいると想定されていますが、その大部分(約90%)は原因がはっきりしない本態性高血圧と診断されています。このことから、高血圧になる仕組みについて明らかにすることは非常に重要であり、その仕組みが明らかになることで、高血圧に対するこれまでにない新たな治療法の開発にもつながると考えられます。

 血圧の調節には動脈の弾力性が最も大きく関わっています。動脈の壁の多くは、内膜、中膜、外膜の三層構造になっており、主に中膜、特に、中膜を構成する血管平滑筋細胞が動脈の弾力性を担っています。今回、私たちの研究グループは、血圧を調節する要因を明らかにするために、血管平滑筋細胞の中に存在する「アファディン」という分子に着目し、研究を行いました。

研究手法・成果

 本研究では、まず、血管平滑筋細胞でアファディンの発現が欠失したアファディンコンディショナルノックアウト(cKO)マウス(以下、アファディンcKOマウス)を作製し、アファディンの発現の有無が血圧変化等に与える影響について調べました。

 アファディンを正常に発現するコントロールマウスおよびアファディンcKOマウスに、血圧を上げる昇圧ホルモンのアンジオテンシンIIなどを投与したところ、コントロールマウスでは高血圧になり、大動脈壁は肥厚して変性した(弾力性を失った)のに対し、アファディンcKOマウスは高血圧にはならず(図1)、大動脈壁もほぼ正常のままであることが確認されました(図2)。その仕組みについて検討したところ、コントロールマウスの血管平滑筋細胞内では、昇圧ホルモンの刺激でカルシウムイオンが急激に増加し(図3)、血管平滑筋細胞を介して大動脈が過剰に収縮するために(図4)、高血圧や大動脈壁の変性が生じることが分かりました。一方、アファディンcKOマウスの血管平滑筋細胞では、昇圧ホルモンによるカルシウムイオンの増加や大動脈の過剰収縮は抑制され(図3および図4)、高血圧、大動脈壁の変性は生じにくくなっていました。さらなる検討により、血管平滑筋細胞内でアファディンはホスホリパーゼCと結合していることを新たに見出し、この両分子の結合が、昇圧ホルモンによる血管平滑筋細胞内のカルシウムイオンの増加に関わっていることを明らかにしました。

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 次に、東京大学との共同研究で、アファディンとホスホリパーゼCとの結合を阻害するペプチドを、AlphaFold2(アルファフォールド2:2024年のノーベル化学賞を受賞した技術)というAIなどを使って探索しました。その結果、7アミノ酸(TEEPTDV;T:トレオニン、E:グルタミン酸、P:プロリン、D:アスパラギン酸、V:バリン をそれぞれ示す)からなるペプチドが、アファディンとホスホリパーゼCとの結合を阻害することを見出しました(図5)。このペプチドは、調べた範囲で、ホスホリパーゼCと別のタンパク質との結合には影響を及ぼさないことを確認しました。

 このペプチドを緑色蛍光タンパク質EGFPと共に発現できるように改変したアデノ随伴ウイルス・セロタイプ8(AAV8)と、EGFPのみを発現できるAAV8を作製してマウスに感染させたところ、AAV8を感染させたマウスでは、ほぼ血管平滑筋細胞に限定して、EGFPあるいはペプチドとEGFPが発現していました。その後、アンジオテンシンIIを投与すると、ペプチドとEGFPを発現しているマウスは高血圧にならず、大動脈壁の変性もほとんど見られませんでした(図6および図7)。

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 今回の研究によって、血圧を調節する新たな分子としてアファディンを発見し、この分子による詳細な血圧調節の仕組みも解明することができました(図8)。さらに、アファディンの働きを阻害するペプチドの同定にも成功し、そのペプチドをマウスに投与することで高血圧を防げることを実証しました。

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今後の展望

 本研究の成果により、高血圧を発症するメカニズムの解明や、同定したペプチドの利用による新規高血圧に対する新たな治療法の開発へと発展・貢献することが期待されます。

研究支援

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(21K09419、21K06854、23H04545、23K08732、24K01262)、科学技術振興機構(JST)・革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23B1)、栢森情報科学振興財団、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団の支援を受けて実施されました。

発表論文

雑誌名:Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology
タイトル:Afadin promotes vascular smooth muscle cell contraction by interacting with phospholipase C to enhance Ca2+ signaling for blood pressure regulation
著者名:Md Mahbubur Rahman Khan, Akira Sato, Akio Shimizu, Shunji Suetaka, Md Rasel Molla, Masahiro Komeno, Mst Zenika Nasrin, Masanari Nishida, Futoshi Toyoda, Munehito Arai, Hisakazu Ogita
DOI:10.1161/ATVBAHA.125.322619

―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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