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2025.09.24
【研究成果】くるくる泳ぐ繊毛虫 繊毛「1本」の3Dイメージング ──低レイノルズ数環境で生きる微生物の泳ぎ方の理解に向けて──
2025年9月24日
東京大学
発表のポイント
- 繊毛虫テトラヒメナ の運動小器官・繊毛の3次元的な運動を高精度・高速度でイメージングすることに成功しました。
- 繊毛を真上付近から観察した場合、その先端は円弧と弦を組み合わせたような軌跡を描き、停止することなく連続的かつ高速に運動していることが明らかとなりました。
- 低レイノルズ数という粘性の支配する環境で非慣性的に動く微生物の遊泳メカニズムの解明に繋がるだけでなく、人工マシンとは異なる原理で動作する生体素材からつくるマイクロロボットの設計指針の構築にも繋がることが期待されます。
高精度・高速度でイメージングすることに成功
概要
繊毛虫テトラヒメナ(注1) は、細胞表面から生えている多数の繊毛(注2)の運動により、右巻きの螺旋軌道を描いて遊泳することが知られています。これまでに、繊毛の立体構造に関しては電子顕微鏡などによって詳細な可視化が進み、多くの知見が蓄積されてきました。一方で、繊毛の動作については、3次元的なイメージングが技術的に困難であったため、繊毛の正確な運動軌道やダイナミクスに関する理解は未だ十分ではありませんでした。
今回、東京大学大学院総合文化研究科の丸茂哲聖大学院生(当時)、石井裕人大学院生、山岸雅彦助教、矢島潤一郎教授らは、マイクロマニュピレーションで捕捉したテトラヒメナを生存状態のまま観察し、単一の繊毛の「動き」を3次元空間内で高時間・高空間分解能でイメージングすることに成功しました。繊毛を真上付近からイメージングした場合、その先端は円弧と弦を組み合わせたような軌跡を描き、停止を伴わずに連続的に周期運動をしていることが明らかとなりました。
本研究成果により、低レイノルズ数(注3)領域における非慣性的な運動メカニズムの解明が進むだけでなく、そうした運動原理を模倣したバイオマイクロロボットやマイクロ流体デバイスの設計指針の確立にも貢献することが期待されます。
発表内容
<研究の背景>
繊毛虫テトラヒメナは70年以上にわたりモデル生物として広く用いられており、これまで二度のノーベル賞受賞につながる分子生物学上の発見に貢献してきました。テトラヒメナの遊泳は、細胞全体が螺旋を描きながら前進する「螺旋遊泳」をしていることが知られており、3次元位置検出型光学顕微技術を用いた本研究グループの研究から、その螺旋運動が右巻きであることが定量的に明らかにされています(Marumo et al. 2021 Communications Biology, DOI 番号:https://doi.org/10.1038/s42003-021-02756-0)。しかしながら、この螺旋遊泳を駆動する繊毛の3次元的な運動パターンの可視化には至っていませんでした。その理由として、(1)繊毛が高速で運動していること、(2)細胞本体も高速で螺旋遊泳していること、(3)細胞自体の厚みにより繊毛の上方向からの観察が困難であること、などが挙げられます。これらの技術的制約により、繊毛の運動様式は長らく「繊毛打運動」や「鞭運動」といった抽象的・記述的な言葉で表現されるにとどまり、実際に繊毛のどのような3次元 運動が細胞の螺旋遊泳を駆動しているのかという本質的な対応関係の解明は未達の課題となっていました。
<研究の内容>
本研究グループは、テトラヒメナの繊毛の3次元運動を解析するため、微小ピペットで個体の一部を吸引固定し、生きた状態を保持しました。さらに、独自に開発した3次元位置検出光学顕微技術(tPOT顕微鏡) を用い、固体表面を覆う多数の繊毛のうち、蛍光微小ビーズが結合した繊毛の動きを選択的に追跡することで、単一の繊毛先端の3次元的な波形運動の検出に世界で初めて成功しました(図1)。その結果、繊毛先端は、繊毛を上方から観察した解析視野において、半時計回りに円弧と弦を組み合わせたような軌跡を描きながら、途切れることなく周期的に運動していることが明らかとなりました(図2)。さらに、最大速度を伴う繊毛の運動(有効打という)は、円弧状の軌道上で生じており、繊毛先端の運動方向は細胞の右前方から左側面を経て左後方へと至る、直線的ではなく遠回りの軌跡をたどっていました。この方向性は、細胞個体が示す右巻きのらせん遊泳とも整合的です。従来、有効打は繊毛が直線的に動くことで水流を最も効率的に生み出すと考えられてきましたが、今回の結果は、有効打において繊毛先端が曲線軌跡を描いていることを示し、従来モデルの精緻化に貢献するものです。さらに、有効打と回復打との移行は明瞭なスイッチングではなく、連続的かつ滑らかに移行するという点も特徴的でした。
<今後の展開>
本研究により 、生きたままの繊毛虫を捕捉した状態で、表面に生える多数の繊毛の中から、単一繊毛の先端の運動パターンを3次元的に明らかにすることに成功しました。今後は、複数の繊毛を同時にイメージングし、さらに、自由に遊泳する細胞個体とその繊毛運動を同時に高精度で3次元イメージングすることで、細胞全体の遊泳メカニズムの実態が解明されていくことが期待されます。また、繊毛軸糸を構成するタンパク質がこの繊毛運動にどのように関与しているのかを分子レベルで解明することも、繊毛の運動駆動メカニズムを理解するうえで重要な課題です。特に、本研究グループはこれまでに、軸糸内に局在するモータータンパク質である「外腕ダイニン」のトルク特性に関する知見(Yamaguchi et al. 2015 Biophysical Journal. Doi番号: https://doi.org/10.1016/j.bpj.2014.12.038, Yamaguchi et al. 2022 Scientific Reports. Doi番号: https://doi.org/10.1038/s41598-022-21001-0)や、「キネシン-9」の運動連続特性に関する知見(Ishii et al. 2024 Scientific Reports. Doi番号: https://doi.org/10.1038/s41598-024-71280-y)を報告しており、これらのモータータンパク質が繊毛の波形形成にどのように関与しているかを明らかにすることで、繊毛内構成分子と繊毛運動システムとの関係をより精緻に理解することが可能になります。こうした知見は、繊毛による推進運動の多様性や制御様式の進化的背景に迫るうえでも重要な手がかりとなります。
微生物の遊泳様式は、実際の動きを捉えることができる光学顕微鏡により、予想以上に多様で個性的な運動性を示すことが、数多くの研究から明らかになってきています。今後、細胞の行動を3次元空間で捉えることにより、物理的環境の多様性に対する適応戦略や、生存のための柔軟な運動機構を理解する手掛かりが得られるでしょう。これらの知見は、人工マシンとは異なる原理で動作するバイオミメティック(生体模倣的)な発動分子機構の設計に向けた新たな指針を与える可能性があり、生命の運動様式に学ぶ技術開発への応用も期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース くるくる泳ぐ微生物 螺旋軌跡の3Ⅾイメージング~マイクロロボットの設計に向けて~」(2021/10/21)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00022.html
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院総合文化研究科 広域科学専攻
丸茂 哲聖 修士課程(当時)
石井 裕人 博士課程/JST-Spring
山口 真 博士課程/日本学術振興会特別研究員(当時)
住吉 里英子 博士課程/日本学術振興会特別研究員
松田 恭平 博士課程(当時)
山岸 雅彦 助教
矢島 潤一郎 教授
論文情報
雑誌名:Journal of Cell Science
題名:Three-dimensional beating pattern of the ciliary tip in the live ciliate Tetrahymena
著者名:Akisato Marumo#; Hiroto Ishii#; Shin Yamaguchi#; Rieko Sumiyoshi; Kyohei Matsuda; Masahiko Yamagishi; Junichiro Yajima
DOI:10.1242/jcs.264027
URL:https://doi.org/10.1242/jcs.264027
研究助成
本研究は、科研費「基盤B(課題番号:JP25K02235)」、「挑戦的萌芽(課題番号:JP21K19252)」、「若手研究(課題番号:JP23K14177)」、「学術変革(課題番号:JP23H04401)」、「JST SPRING(課題番号:JPMJSP2108)」、精密測定技術振興財団 及び 上原記念生命科学財団の支援により実施されました。深く感謝いたします。
用語説明
(注1)繊毛虫テトラヒメナ:
長軸約50 µm、短軸約25 µmの洋ナシ形の形状をした真核単細胞生物であり、細胞表面に生えた繊毛と呼ばれる多数の毛状構造を協同的に動かすことで運動を行っている。
(注2)繊毛:
真核細胞の表面から伸びる細長い毛状の構造で、運動や周囲の液体の移動に関与する。微小管からなる「9+2構造」を持ち、ATPをエネルギー源として周期的に運動する。繊毛虫やヒトの気道細胞など、さまざまな生物で重要な機能を果たす。
(注3)低レイノルズ数:
微生物にとっての水中は低レイノルズ数な環境であり、慣性ではなく粘性が支配的となっている。そこで生きるということは、我々で例えるならばハチミツのようなドロドロした水中を泳ぐということであり、我々人間の生きる環境とは全く異なる振る舞いが必要である。

