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最終更新日:2025.10.22

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トピックス 2025.10.21

【研究成果】AI(AlphaFold3)を用いた光誘導ゲノム合成ツールの最適化

2025年10月21日
東京大学

発表のポイント

  • 光で調節可能なゲノム再編成誘発技術MagTAQingシステムに必要な人工DNA切断酵素をAI(AlphaFold3)を用いて効率的かつ合理的に設計することに成功しました。
  • これまでMagTAQingに用いていたMagMboIは制限酵素MboIを分割し、それぞれに青色光で会合するmagnetタグを連結していましたが、やや活性が低い点が課題でした。MboIは構造未知のタンパクでしたが、AlphaFold3を用いることで基質DNAとの結合を精密に推定することができ、この結合が最大になるように分割位置を変更することで、従来よりも77%効率的にゲノム再編成を誘発することできました。
  • 今回の成果により、AlphaFold3による構造未知のタンパク質の改良の可能性が拡がりました。今後AlphaFold3を用いることで汎用的にタンパク質の性能改良が可能になると考えられます。
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拡散モデルを用いた構造未知のゲノム再編成ツールの構造推定(左から右へ細精化が進む)

概要

 東京大学大学院総合文化研究科の太田邦史教授らの研究グループは、AlphaFold3(注1)という人工知能(AI)を用いて、光で制御するトップダウン型ゲノム合成技術(注2)に用いる構造未知のDNA結合タンパク質を効率的に最適化することに成功しました。

 近年、環境や医療などの分野でゲノム(注3)DNAを改変・合成する新しい技術の開発が世界中で意欲的に進められています。この技術のうち、既に存在する生物のゲノムDNAを再編成して新しい生物機能を獲得する方式を「トップダウン型ゲノム合成」と呼びます。

 本研究では、東京大学で既に確立した技術である光誘導型トップダウンゲノム合成技術MagTAQingシステム(注4)を、昨年公開されたタンパク質構造推定AI AlphaFold3を用いて改良し、従来よりも77%効率的にゲノム再編成を誘発することに成功しました。今回の研究で、AlphaFold3を活用することでDNA結合タンパク質の機能を合理的に改良できることが実証され、他の実験系への応用も期待されます。

 本研究成果は、10月19日付で The Journal of Biological Chemistry 誌(電子版)に掲載されました。


発表内容

何を解決したか:
 近年のAIの進歩は著しく、生成AIに関する話題は連日メディアに取り上げられています。2024年のノーベル物理学賞と化学賞はAIに関する研究者が受賞しました。ノーベル化学賞は「タンパク質の構造予測」と「計算によるタンパク質の設計」に対するもので、グーグル社のAI研究開発部門のデミス・ハサビス氏、ジョン・ジャンパー氏、米ワシントン大学のデビッド・ベイカー教授の3名が受賞しました。

 タンパク質は20種類のアミノ酸がひも状に連結したポリペプチドが、溶液中で立体的に折りたたまれてそれぞれ特有の構造を形成し、固有の機能を発揮するようになっています。一つの生物種で数千から数万種類のタンパク質が存在しています。これらの機能を明らかにするためには、X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡などの手法が用いられていますが、全てのタンパク質の構造が解明されたわけではありません。受賞した3名は、アミノ酸の並び方からタンパク質の立体構造をコンピューターで予測する方法を開発しました。受賞の対象となったAlphaFoldとAlphaFold2はグーグル社が2018-2020年頃に開発したAIであり、(構造未知のものを含む)タンパク質の立体構造を予測する汎用ツールです。昨年その改良版となるAlphaFold3がリリースされました。AlphaFold3では、タンパク質間あるいはタンパク質とその基質や補因子などとの結合まで推定可能になっています。AlphaFold3はそれまでのAlphaFoldに加え、画像生成AIに用いられる拡散モデルが導入され、これまで以上に推定精度が上昇しました。この技術を用いれば、立体構造が未知のタンパク質に関する機能改良や低分子化合物とタンパク質の結合のシミュレーションも可能になるため、創薬研究を含むライフサイエンス分野が急速に発展する可能性があります。しかしながら、登場後間もないことと非商用研究にしか利用できないこともあり、AlphaFold3を用いてDNA切断酵素の合理的な改良が実際に可能かどうかは、検証例がまだほとんどありませんでした。そこで、今回の研究では、太田研究室で開発したMagMboIというゲノム合成に用いるDNA切断酵素の改良版をAlphaFold3で設計し、実際にその効果を検証しました。

どう解決したか:
 MagTAQingに利用するDNA切断酵素MagMboIは、もとになる制限酵素(注5)MboIを二分割し、その断片それぞれに青色光下で会合可能なマグネット(注6)というタンパク質を連結させ、青色光を照射したときのみ活性化する仕組みを有しています。これまでMboIタンパク質の立体構造が解明されていませんでしたが、AlphaFold3により基質DNAに加え、必須因子のマグネシウムイオン(Mg2+)やフラビン・アデニン・ジヌクレオチド(FAD)を含む形で立体構造を推定することで、DNA切断に関わる領域を精緻に推定することができました (図1)。また、2種類のマグネットタグによる分割したMboIの会合や、他の構造未知の制限酵素の配列特異的なDNA結合も現実の反応に即したシミュレーションができました。そこで、従来のMagMboIの分割位置を少しずつずらしたバージョンを複数シミュレーションし、DNAともっとも密接に結合し、全体構造が安定化する分割パターンMagMboI-plusを設計しました。これを、酵母細胞内で発現したところ、ゲノム再編成のレベルが従来の方法に比べ77%程度向上することがわかりました(図2)。

今後の展望:
 AIを用いたタンパク質の構造予測は日進月歩ですが、AlphaFold3はたとえ構造未知のタンパク質でも、コンピューターのパワーを必要とする分子動力学的な計算を行わずに、基質などとの結合を精密かつ安価に推定できることが大きなメリットです。今後の可能性としては、ゲノム編集のツールの改良や、さまざまな人工タンパク質の機能改良においてAlphaFold3の活用場面が増えると考えられます。さらに、薬効はわかっているものの作用機構がよくわかっていない医薬シーズについても、可能性のあるタンパク質との相互作用を網羅的に探索することで、作用機序の検証が可能になると考えられます。今後ますますAIと生命科学の統合が進むことが期待されます。

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図1: AlphaFold3を用いたMagMboIの構造予測
(上段) AlphaFold3により予測されたMagMboIとDNAとの複合体構造モデル。マグネットタグは補因子FADを介して青色光依存的に会合し、分割したMboIタンパク質の構造を再構成して活性を回復させる。MagMboIは標的配列(5′-GATC-3′)を含むDNAを挟み込むように二量体化し、活性中心にMg²⁺が配位して切断活性を示す。
(下段) 構造モデルから予想されるMagMboIとDNAの結合様式。DNA切断に必須のMg²⁺には、アスパラギン酸(D184)とグルタミン酸(E197)が配位しており、4塩基突出末端(5′-GATC)が生成されることが予想される。これは元の制限酵素MboIの切断パターンと一致していることから、実験的に構造が解かれていないタンパク質の活性も予測可能であることが示された。

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図2:MagMboI-plusによって促進されたゲノム再編成
(上段) マグネットタグの分割位置を一アミノ酸ずつずらしたMagMboIの構造をそれぞれAlphaFold3で予測し、DNAとの結合表面積(ΔSASA)と複合体の安定性(ΔG)を評価した。DNAとの結合表面積と複合体の安定性ともに従来型よりも優れている分割位置を同定し、この改良版コンストラクトをMagMboI-plusとした。
(下段) 一株あたりの変異数を比較した結果、MagMboI-plusは、従来型よりも約1.77倍高い頻度でゲノム再編成(相同組換え、転座、異数化)を導入できることが分かった。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻
米 秀之 特任研究員
河野 宏光 特任研究員
太田 邦史 教授
 兼:東京大学生物普遍性連携研究機構 教授
 東京大学微生物科学イノベーション連携研究機構 教授
佐藤 守俊 教授


論文情報

雑誌名:「Journal of Biological Chemistry」(米国生化学分子生物学会誌)
題名:AlphaFold3-guided optimization of a photoactivatable endonuclease for top-down genome engineering.
著者名:Hideyuki Yone*, Hiromitsu Kono, Moritoshi Sato, and Kunihiro Ohta* (*責任著者)
DOI:10.1016/j.jbc.2025.110762
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0021925825026146


研究助成

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業「感染症治療薬の新モダリティー天然物2.0」(課題番号:JP22gm1610007)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST(課題番号:JPMJCR18S3)、同 次世代研究者挑戦的研究プログラムSPRING(課題番号:JPMJSP2108)、科学研究費補助金(課題番号:24K02068ST)の支援により実施されました。


用語説明

(注1)AlphaFold3
2024年に公開された機械学習ベースのタンパク質構造予測ソフトウェア。拡散モデルを活用することで、タンパク質単体に加えて DNA・RNA・イオン・各種リガンドとの複合体も高精度にモデリングすることが可能になりました。

(注2)トップダウン型ゲノム合成技術
既存のゲノムDNAを再編成し、生物の機能を改良する技術です。従来の交配や突然変異誘発に加え、近年では人工的にゲノム再編成を誘発する方法が発展しています。

(注3)ゲノム
ある特定の生物種を記述する最小単位のDNA情報です。細胞一つ一つにゲノムの情報をもつDNA(ゲノムDNA)が格納されています。

(注4)MagTAQingシステム
TAQingシステムを青色光で制御可能にした技術です。TAQingシステムは、高度好熱菌(Thermus thermophilus)由来の制限酵素TaqIを使って、大規模なゲノム再編成を誘導する技術です。TAQingシステムでは、まずTaqIタンパク質を細胞内で発現させ、一時的に加温することで、DNA切断活性を活性化させます。活性化されたTaqIは、DNA切断を同時多発的に誘導し、DNA修復を介したゲノム再編成がランダムに誘発されます。MagTAQingシステムは、制限酵素としてMboIを用い、これを分割してそれぞれに青色光で会合するマグネットタグを連結します。両者を細胞内で発現し、細胞に青色光を照射することで、MboIのDNA切断活性を誘導することで、ゲノム再編成を誘発することができます。

(注5)制限酵素
4塩基あるいは6塩基、またはそれ以上の長さのDNA塩基配列を特異的に認識してDNAを切断する酵素です。一部のバクテリアに存在し、バクテリアに感染するファージの増殖を制限する働きがあるため、制限酵素と呼ばれるようになりました。制限酵素は決まった配列でDNAを切断する性質があるため、組換えDNA技術の発展に不可欠な貢献を果たしました。

(注6)マグネット
アカパンカビ(Neurospora crassa)由来の光受容体タンパク質 Vividを改良して開発された青色光下で会合する一対の光スイッチタンパク質です。他の光受容体と比べ分子量が小さく、秒単位の速度でスイッチオン・スイッチオフできることや、光受容するための特別な補因子が不要であることが利点です。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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