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最終更新日:2025.11.11

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トピックス 2025.11.10

【研究成果】誘電体メタ表面を用いた新規高圧物性計測技術を開発 ~惑星科学への応用が期待されるナノ光学計測~

2025年11月10日
国立大学法人東北大学
国立大学法人北海道大学
国立大学法人鳥取大学
国立大学法人東京大学
国立大学法人新潟大学

発表のポイント

  • 高圧実験に用いられるアンビルセル(注1)のアンビルにメタ表面(注2)を作製することで、高圧下の物質の屈折率変化を計測する技術を開発しました。
  • 従来の手法に比べ簡便性・高感度性・堅牢性のバランスに優れ、従来容易でなかった局所領域の計測も可能な技術です。
  • 惑星科学や物性物理学の発展に寄与する成果です。

概要

 高圧物性計測技術の開発は惑星科学や物性物理学などの分野で重要です。これまでに、表面プラズモン共鳴(注3)により色づく金ナノ粒子の色の変化からアンビルセル内の物質の屈折率変化を計測する方法が、簡便で高感度な手法として提案されてきました。しかしながら、金ナノ粒子は柔らかいため、ある一定の圧力以上では大きく変形し、予期しない色の変化が起きてしまうという課題がありました。

 東北大学多元物質科学研究所の新家寛正助教と北海道大学低温科学研究所の木村勇気教授、鳥取大学工学部機械物理系学科の灘浩樹教授、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻/附属先進科学研究機構の羽馬哲也准教授、新潟大学大学院自然科学研究科の後藤和泰准教授を中心とする研究グループは、誘電体にサブμmの空孔を形成すると空孔が色づくMie空孔共鳴(注4)という現象に着目し、硬いアンビルの表面に作製したMie空孔の色変化から屈折率変化を計測する手法を新たに提案しました。この手法は、金属ナノ粒子を用いた手法と同程度の簡便性・高感度性に加え、圧力に対しより高い堅牢性が期待されます。本成果は、高圧が関わる様々な科学領域の発展に貢献することが期待されます。

 本成果は、科学誌The Journal of Physical Chemistry C に 11月8日(米国太平洋標準時間)付でオンライン掲載されました。


詳細な説明

研究の背景
 高圧下での物質の性質は様々な科学分野で重要です。例えば、惑星の内部は高圧状態であり、高圧下にある物質の性質が地殻変動などの惑星のダイナミクスを支配します。また、高圧下の物質では超電導やエキゾチックな電子相の発現など興味深い現象が生じることがあります。そのため、高圧物性の計測技術の開発は惑星科学や物性物理学などの分野において重要です。

 一般的に、アンビルセルと呼ばれる実験装置が高圧環境を実験的に得るために用いられます。(図1右上)。従来、アンビルセルにより加圧された試料の屈折率測定には、干渉計(注5)やブリルアン散乱(注6)に基づく手法が用いられてきました。これらの手法は、極めて高感度に屈折率を測定することができますが、複雑な光学系を要すること、その導入に伴うコストや難解な補正の必要性など、広く用いられるためには多くの課題がありました。

 このような課題に対し、近年、金属ナノ粒子の表面プラズモン共鳴を用いる手法が提案されました。金属ナノ粒子は表面プラズモン共鳴により色づくこと、また、表面プラズモン共鳴は周囲の物質の屈折率に応じて敏感に共鳴波長が変化し、その結果色が変化することが知られています。この性質を利用した常圧下における屈折率変化計測技術が実際に高感度な手法として実用化されています。単分散金ナノ粒子をアンビルセルの試料室に導入し、圧力変化に伴う表面プラズモン共鳴のスペクトル変化から、圧力変化に伴う試料の屈折率変化を検出する手法が実証されています。この手法は、複雑な光学系を必要とせず、簡便性と高感度性を両立した手法として有望です。

 しかしながら、この手法にも課題があります。それは、ある一定以上の圧力がかかると金ナノ粒子は大きく変形してしまい、変形前の形から予測されるものとは異なる予期しないスペクトル変化が起きてしまうこと、また、周囲の物質の圧縮率が金ナノ粒子の圧縮率を下回ると金ナノ粒子中の電子ガスの密度が大きくなり、屈折率変化とは異なる要因がスペクトル変化を起こしてしまうことなどです。

 これらの課題の根本には、金ナノ粒子が柔らかいということがあります。より硬い物質において、表面プラズモン共鳴のような周囲の屈折率変化に対し鋭敏に応答する現象を応用することができれば、課題の克服につながります。

今回の取り組み
 そこで、本研究グループは、近年メタフォトニクス(注7)の分野で注目されているMie空孔共鳴という現象に着目しました(図1左上)。Mie空孔共鳴の色は、表面プラズモン共鳴と同様に、周囲の物質の屈折率に敏感に応答し、その屈折率が高くなるのにつれてスペクトルが長波長側へシフトすることが知られています。一方、アンビルの材料には誘電体が一般的に用いられます。そこで、本研究グループは、硬いアンビルの表面に作製されたMie空孔を用いれば、表面プラズモン共鳴を用いた手法における課題を克服できると着想しました。

 本研究では、アンビルとして広く用いられており比較的高屈折率な炭化ケイ素(4H-SiC)のアンビル表面に集束イオンビーム(FIB)加工(注8)を用いてMie空孔を作製しました(図1下)。このアンビルを用いてアンビルセルを構築し、超純水を試料として、実験を行いました。実験は常温(22.5℃)で行い、水を加圧することで結晶化する高圧氷(注9)VIIが試料室内を埋めている状態から徐々に減圧し、高圧氷VIIから高圧氷VIへの相転移と高圧氷VIの水への融解を観察しながらMie空孔の反射スペクトルを取得しました(図2)。図2C、Dに減圧に伴うMie空孔の色の変化を示す反射光学顕微鏡像とこの色の変化に対応する反射スペクトルの変化を示しました。減圧と共に、Mie空孔の色は赤色から緑色へと変化し、その反射スペクトルは短波長側へシフトすることが確認されました。

 この短波長側へのスペクトルシフトの原因として、水の屈折率変化以外の現象の可能性も考慮しなければなりません。考えられる原因は、アンビル自体の屈折率変化と圧力によるMie空孔の変形です。4H-SiCの多形(注10)である3C-SiCの圧力に対する屈折率変化量は、1 GPaにつき8.3 × 10-4ほどであることが知られており、4H-SiCも同様の値であると仮定すると、実験の圧力範囲(~2 GPa)ではその反射スペクトルに対する影響が無視できるほど小さいことが電磁場解析から明らかになりました。一方、応力に対する歪の大きさは物質の硬さの指標であるYoung率(注11)を基に見積もることができます。歪の大きさは実験の圧力範囲では1.4 nmほどと見積もられ、このような大きさのMie空孔の変形は反射スペクトルにほとんど影響を及ぼさないことがわかりました。つまり、観測された短波長側へのスペクトルシフトは水の屈折率変化を検出した結果である可能性が非常に高いことがわかります。

 短波長側へのスペクトルシフトが水の屈折率変化の結果であることを更に検証するために、電磁場解析によって、実験条件下で水の取り得る屈折率を持つ媒質を設定し、Mie空孔の反射スペクトルを計算しました。図3に実験で得られたスペクトルと電磁場解析による計算で得られたスペクトルの比較を示します。計算で得られたスペクトル変化は実験で得られたスペクトル変化をよく再現することがわかります。以上のことから、4H-SiCのアンビル表面に作製されたMie空孔を用いることで、高圧下の物質の屈折率変化を検出することに成功したことがわかります。水の取り得る屈折率範囲と反射スペクトルのシフト量から感度を見積もることができ、その感度は表面プラズモン共鳴を用いる手法に匹敵することがわかりました。以上のことは、本手法が、表面プラズモン共鳴を用いる手法に代わる圧力に対する堅牢性のより高い手法となることを示しています。更に、より一般的にアンビルに用いられるダイヤモンドは4H-SiCよりもYoung率が高く、圧力に対する堅牢性がより高いことが期待されます。電磁場解析により、4H-SiCの代わりにダイヤモンドを用いた場合でも、4H-SiCを用いた場合とほぼ同等の感度を示すことがわかりました。ダイヤモンドアンビルを用いることで、更に高い圧力領域でも本手法が機能することが期待されます。

今後の展開
 Mie空孔による屈折率検出は、空孔内に侵入した極微の体積の物質の屈折率変化を検出することが原理上可能です。これは、本手法が干渉計やブリルアン散乱に基づいた従来の手法では検出困難な、アンビルセルに閉じ込められた物質の極めて局所的な屈折率変化を計測できることを意味しています。本研究グループはこれまでの研究で、アンビルセルによる圧力印加により超純水から結晶化する氷および高圧氷と水の界面において、バルクの水から巨視的に分離する未知の水である同素不混和水(注12)を発見しています(文末の過去のプレスリリース参照)。同素不混和水の物性解明は生命にとって最も重要な液体を理解するために極めて重要な意味を持ちます。しかしながら、同素不混和水は水と氷の界面に数μmの厚みで局所的に生成するため、従来の手法ではその屈折率計測は困難です。Mie空孔に同素不混和水を付着させることで、同素不混和水の物性の一つである屈折率を計測できる可能性があります。それだけでなく、従来法では計測の困難だった物質を計測できるようになる可能性もあります。本研究は、高圧物性計測に新たな自由度を生み、惑星科学や高圧物性科学など、高圧物性が重要な鍵を握る科学分野の発展に寄与することが期待されます。

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図1. Mie空孔共鳴による屈折率変化検出とそのアンビルセルへの応用。(左上)Mie空孔の形成されたヒ化ガリウム(GaAs)基板の走査型電子顕微鏡像(SEM像)と反射光学顕微鏡像。反射光学顕微鏡像は、基板周辺の媒質の屈折率(n)が1と1.38の場合を示している。周辺媒質の屈折率によって、Mie空孔共鳴の色が変化していることがわかる。図はArslan et al., ACS Photonics 2025, 12 (7) 3945. から一部改変し転載した。(右上)アンビルセルの模式図と試料室の光学顕微鏡像。(下)本研究で作製した4H-SiCアンビルのMie空孔のSEM像と反射光学顕微鏡像。赤い矢印はアンビル表面に作製されたMie空孔配列体の位置を示している。Mie空孔配列体の色の変化から高圧下の物質の屈折率変化を検出する。

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図2. 高圧氷VIIの減圧過程に伴うMie空孔配列体の色の変化と対応する反射スペクトル変化。(A)水の相図と実験条件。室温(22.5℃)下で高圧氷VIIを大気圧まで減圧する。その過程で、高圧氷VIIはおよそ2 GPaで高圧氷VIへ相転移し、高圧氷VIはおよそ1 GPaで水へと融解する。図中の番号は、(B),(C)および(D)の番号と対応する。(B)減圧過程における試料室の反射光学顕微鏡像。高圧氷VIIから高圧氷VIへの相転移、高圧氷VIの融解と減圧に伴うMie空孔配列体の色の変化が起きていることがわかる。(C)減圧に伴うMie空孔配列体の色の変化。(D)Mie空孔配列体の色の変化に対応する反射スペクトル変化。減圧に伴いスペクトルが短波長側へシフトすることがわかる。

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図3. 実験で測定された減圧に伴うMie空孔の反射スペクトルの変化と電磁場解析により計算で求められたスペクトルの変化の比較。実験で測定されたスペクトルの色は図2のスペクトルの色と対応する。計算で求められたスペクトルに表記されているnはMie空孔の周辺媒質に設定した屈折率である。これらの屈折率は、水が実験条件下で取り得る屈折率の範囲を基にしている。

謝辞

 本研究は、北海道大学低温科学研究所共同利用・共同研究課題番号18K001、24K001、公益財団法人日本科学協会笹川科学研究助成課題番号2021-2001、公益財団法人クリタ水・環境科学振興財団国内研究助成23D002、日本学術振興会科研費 基盤研究(B)JP24K01428、挑戦的研究(萌芽)JP24K21751、学術変革領域(A)JP22H05131、JP22H05136、JP22H05138の支援を受けて実施されました。


用語説明

注1. アンビルセル:
アンビルセルは、2つの尖頭状に成型された硬い物質(アンビル)の尖頭部同士を、ガスケットと呼ばれる小さな穴の空いた金属板に試料を導入し、強く押し当てることで尖頭部に高圧を発生させる装置を指す。

注2. メタ表面:
微細加工技術などによって人工的に作製されたナノ構造配列体の形成などにより、自然界の物質では見られない特性が付与された材料をメタマテリアルと呼び、特に、疑二次元ナノ構造配列体を形成することでそのような特性が付与された表面をメタ表面と呼ぶ。

注3. 表面プラズモン共鳴:
金属ナノ粒子への光照射により励振される、光の電場の振動に追従する自由電子の集団振動を指す。

注4. Mie空孔共鳴:
高屈折率の誘電体に形成されたサブμmサイズの空孔で、空孔サイズにより決まるある特定の波長の光が空孔内で選択的に共鳴する現象を指す。

注5. 干渉計:
測定対象物を通過した光と通過していない光とを干渉させて生じる光の干渉縞により、微小な屈折率差や変化を検出する装置を指す。

注6. ブリルアン散乱:
光が物質に入射した際、物質中を伝わる音波と相互作用することで、光の波長が変化し散乱される現象を指す。

注7. メタフォトニクス:
メタマテリアルを使って光を理解・制御する科学分野のことを指す。

注8. 集束イオンビーム加工:
数nm~数百nm径に集束したイオンビームを用い、材料の掘削や成膜を行う加工を指す。

注9. 高圧氷:
水を加圧することで結晶化する、水に対して高密度な氷の総称。一般的な氷は高圧氷とは結晶構造が異なり、水に対して低密度な氷である。結晶構造の異なる氷には異なる数字が付与されており、一般的な氷は氷Ihと表記される。

注10. 多形:
同じ物質が異なる結晶構造をとる現象を指す。

注11. Young率:
物質の硬さを表す指標。物質にかけた応力と応力をかけた結果生じる歪の比で表される。

注12. 同素不混和水:
本研究グループがこれまでの研究で発見した、圧力を駆動力として成長もしくは融解する氷と水の界面において水から分離して生成する未知の水の総称。科学用語の"同素体"と"液体不混和"を基にした名称である。同素体とは、グラファイトとダイヤモンドのように、同じ原子で構成されていながらも、原子の並び方の違いによって異なる性質を示す物質群を指す用語である。一方で、液体不混和とは、水と油のように液体同士が混ざり合わない現象を指す用語である。液体不混和は異なる元素で構成される液体同士で一般的に見られるが、水と未知の水は同じ水であるため、同素体の液体不混和とみなすことができる。そのため、本研究グループは未知の水を同素不混和水と命名した。これまでに、私たちの生活に身近な氷である氷Ihと水の界面だけでなく、氷Ihとは結晶構造が異なる、高圧環境下で安定な高圧氷である氷III、氷V、氷VIと水の界面でも同素不混和水が生成することを明らかにしている。


論文情報

タイトル:Mie Voids for High-Pressure Refractive Index Sensing
著者:Hiromasa Niinomi*, Hiroki Nada, Tetsuya Hama, Kazuhiro Gotoh, Yumiko Kodama, Tomoya Oshikiri, Masaru Nakagawa, and Yuki Kimura
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 助教 新家寛正
掲載誌:The Journal of Physical Chemistry C
DOI:10.1021/acs.jpcc.5c05941
URL:https://doi.org/10.1021/acs.jpcc.5c05941


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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