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2025.11.26
【研究成果】体内時計をもとに「休眠」を誘導する脳内機構の発見 ──季節に応じて休眠状態への切り替えを行う神経細胞群──
2025年11月26日
東京大学
大阪大学
発表のポイント
- 代表的な体内時計として知られる概日時計をもとに、季節情報の1つである日長変化に応じて活動性を切り変え、「休眠」状態への移行を制御する神経細胞を昆虫で発見しました。
- 概日時計は「正」と「負」の制御因子により構成されており、これらの制御因子の発現バランスが、休眠制御細胞の活動性の切り替えに重要であることを見出しました。
- 概日時計を用いた適切な「休眠」誘導を制御する機構に関する今回の発見は、季節環境適応を支える生体内の仕組みの理解への貢献が期待されます。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の長谷部政治講師と大阪大学大学院理学研究科の志賀向子教授は、代表的な体内時計として知られる概日時計(注1)をもとに、日長変化に応じて活動性を切り替え、休眠状態を適切に制御する脳神経細胞群を明らかにしました。
生物、特に昆虫は、一時的に生理的活動・発育を休止させる「休眠」(注2)状態に入ることで、冬などの厳しい環境を生き延びています。これまでに、季節に伴う日長変化に応じた休眠制御において、概日時計の重要性が示唆されていましたが、休眠制御メカニズムの詳細は不明瞭でした。
今回、生殖休眠に入る昆虫をモデルにした研究により、脳の側方部にある大型神経細胞群が休眠制御に関わる神経ペプチド(注3)を発現していることがわかりました。更に、この休眠制御細胞が、日長変化に応じて神経活動性を切り替えること、この活動性の切り替えに概日時計が重要であることを明らかにしました。本研究成果は、厳しい環境への適応を可能にする「休眠」を制御する生体内の仕組みの理解に貢献することが期待されます。
発表内容
<研究の背景>
地球上の生物は、1年周期の公転に応じて周期的に冬などの厳しい季節環境下にさらされます。生物、特に昆虫は、厳しい環境下でも生き延びるために、「休眠」プログラムを獲得してきました。季節変化を知らせる重要な環境情報の1つとして1日の日長時間の変化があげられます。これまでの研究から、この日長時間の読み取りには、体内で約24時間の生体リズムを刻む概日時計の重要性が示唆されてきました。しかし、日長変化に応じて概日時計を用いて、どのようにして「休眠」状態を適切に誘導しているのか、その詳細な体内メカニズムについては不明瞭でした。
<研究の内容>
研究グループは、日長条件に応じて生殖休眠に入る昆虫ホソヘリカメムシ(図1; 注4)のメスを用いて、休眠制御機構の研究を行いました。この昆虫では、脳の側方部(pars lateralis, PL)領域が、短日下での休眠誘導に重要であることが示唆されていたため、このPLの大型神経細胞群に注目した解析を実施しました。
まず、一細胞レベルでの遺伝子発現解析とRNA干渉(注5)を用いた遺伝子機能解析を行ったところ、大型PL神経細胞は生殖休眠の制御に関わる神経ペプチドのコラゾニンとshort neuropeptide F(sNPF)を発現する神経細胞群であることが明らかになりました。
続いて、これらの神経ペプチドの放出に関わる神経活動が、日長条件に応じてどのように切り替わっていくのかを電気生理学的手法を用いて解析しました。その結果、PL神経細胞は生殖休眠が誘導・維持される短日条件下では、バースト状の高頻度発火を含む高い自発活動性を示すことがわかりました(図2)。一方で、休眠が解除され卵巣発達が進む長日条件下では、PL神経細胞の活動性はサイレント(Silent)になりました(図2)。
動物において、概日時計は主に「正」と「負」の制御因子に分かれる時計遺伝子で構成され、この時計遺伝子間のフィードバックループ機構によって約24時間のリズムが形成されています(図3)。そこで最後に、日長依存的なPL神経細胞の活動性の切り替えに、これら時計遺伝子が関与しているかを検証しました。「正」の制御因子CYCLEをRNA干渉で発現抑制したところ、PL神経細胞の活動性が本来サイレントになる長日下でも高頻度発火を示すようになり、ホソヘリカメムシは生殖休眠に入りました(図3)。一方、「負」の制御因子PERIODを抑制すると、逆にPL神経細胞は短日下でも活動性がサイレントになり、休眠に入らなくなりました(図3)。
これら一連の研究結果から、大型PL神経細胞は時計遺伝子の「正」と「負」の制御因子の発現依存的に、日長条件に応じてその活動性を切り替え、神経ペプチド放出を調節することで適切な休眠制御に寄与していることが示唆されました。
PL神経細胞は日長条件に応じて神経活動を切り替えて休眠を制御
<社会的意義>
「休眠」は生物の厳しい季節環境下での生存を可能にする重要な生命現象の1つです。そのため、概日時計を用いて適切な休眠誘導を制御する脳内の仕組みを明らかにした本研究成果の知見は、生物の柔軟な環境適応を支える生体システムの解明や人工的な「休眠」誘導への応用・発展が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院総合文化研究科
長谷部 政治 講師
兼:大阪大学 大学院理学研究科 招へい教員
大阪大学 大学院理学研究科
志賀 向子 教授
論文情報
雑誌名:Journal of Neuroscience
題名:A peptidergic neural system connects the circadian clock to the photoperiodic control of reproductive diapause in the bug Riptortus pedestris
著者名:Masaharu Hasebe*, Sakiko Shiga
DOI:10.1523/JNEUROSCI.1717-25.2025
URL:https://www.jneurosci.org/lookup/doi/10.1523/JNEUROSCI.1717-25.2025
研究助成
本研究は、科研費「若手研究(課題番号:20K15842)」、「基盤研究(C)(課題番号:23K05848)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)概日時計
体内で約24時間周期の生体リズムを生み出す振動発生機構。2017年には、時計遺伝子により形成される概日時計の分子機構の解明に貢献したマイケル・ロスバッシュ氏、ジェフリー・ホール氏、マイケル・ヤング氏の3名に、ノーベル生理学・医学賞が授与されました。
(注2)休眠
成長や発育、生理的な活動を一時的に休止させた状態。今回のホソヘリカメムシは成虫期における生殖休眠(卵巣発達の抑制)が見られるが、他の種では受精卵の胚で発生を休止させる胚休眠や、蛹の段階で発育を休止させる蛹休眠など、種によって休眠様式は多様です。
(注3)神経ペプチド
神経細胞で合成・分泌され、細胞間の情報伝達などを行うアミノ酸が連なった物質。
日本国内に広く生息するカメムシの一種で学名はRiptortus pedestris。大豆などのマメ科作物の害虫としても知られています。
(注5)RNA干渉
生成内のmRNAと相補的な配列を持つ人工RNAを注入することによって、mRNAが分解され遺伝子発現が抑制される現象。RNA干渉に関する研究業績により、アンドリュー・ファイアー氏とクレイグ・メロー氏には、2006年にノーベル生理学・医学賞が授与されました。

