ニュース
2026.01.15
【研究成果】自閉スペクトラム症の人は「不気味の谷」を感じにくい? ──ロボットの顔の"どこを見るか"が違う可能性──
2026年1月15日
東京大学
発表のポイント
- 人の顔に近いロボットに対して、定型発達(TD)者では生じる「不気味の谷」が、自閉スペクトラム症(ASD)者でははっきりとは現れにくいことを明らかにしました。
- さらにASD者は、人かロボットか判別しにくい曖昧な顔でも不気味さを感じにくく、顔全体よりも目鼻口など部分的特徴を重視して好ましさを判断する可能性が示唆されました。こうした"見方の違い"が上記の結果を生んだと考えられます。
- 近年、ASDの支援や訓練にロボットを活用する動きが広がっています。本研究の成果は、ASD当事者に配慮したロボットやアバターの顔の設計の指針づくりに寄与すると期待されます。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の植田一博教授、同大学大学院学際情報学府の李璐修士課程大学院生(研究当時)、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の熊崎博一教授らによる研究グループは、人の顔に近いロボットに対して生じる「不気味の谷」(注1)が、定型発達(TD)群では明確に確認された一方、自閉スペクトラム症(ASD)(注2)群でははっきりとは現れにくいことを明らかにしました。
近年、ASDの支援や訓練にロボットを活用しようという動きが広がっています。その際、ロボットの顔に対して生じる不気味の谷が、ロボット設計の課題になっています。これまでの研究では、ASD者が不気味の谷をどう感じるかについて一貫した結果が得られていませんでした。そこで本研究では、ロボットおよび人間の顔の画像をTD群とASD群に提示し、両者の印象の違いを比較しました。その結果、TD群では不気味の谷が確認された一方、ASD群ではその効果がはっきりしませんでした(図1)。特にASD群は「人かロボットか判別しにくい曖昧な顔」でも不気味さを感じにくく、そのため全体として不気味の谷が弱く見える可能性が示されました(図2)。さらに顔画像の特徴量解析(注3)から、ASD者は顔の全体的な特徴よりも目鼻口など部分的な特徴を重視して好ましさを判断している可能性が示唆されました。こうした"見方の違い"が、上記の実験結果を説明し得ると考えられます。本研究の成果は、外見上、人と区別がつきにくいロボットに対して不気味さを感じにくいというASD当事者の特性に配慮した、ASD者支援のためのロボットやアバターの設計の指針づくりに寄与すると期待されます。
発表内容
人と比較してロボットの方が、ASD者には親和性が高いことが示唆されています。しかし、ロボットの見た目が人に近づくほど、ある地点で「不気味」だと感じてしまうという「不気味の谷」が生じることも知られています。支援の場でロボットを使うには、この不快感が誰に、どのような見た目で起きるかを理解することが重要です。
本研究では、ロボットおよび人間の顔の画像を用い、TD群とASD群で印象がどのように異なるかを調べました。参加者は提示された顔画像について、どの程度人間らしいか(人間らしさ:Human-likeness)と、どれくらい好ましいか(好ましさ:Likability)を評定しました。
中心となる結果を図1に示します。横軸に「人間らしさ」、縦軸に「好ましさ」をとり、各画像の平均値を点で示したうえで、データに合う曲線を非線形回帰分析(注4)により求めています。TD群では、単純に右上がりになるのではなく、途中で好ましさが落ち込む"谷"のある形が最もよく当てはまり、不気味の谷の存在が確認されました。一方でASD群は、なだらかな右上がりの傾向が強く、谷が明確には見られませんでした。
では、なぜASD群では明確な谷が見られないのでしょうか。本研究は、その手がかりとして「人かロボットか判断しづらい(分類が曖昧な)顔」に注目しました。顔の分類の曖昧さを数値化した指標(カテゴリの曖昧さ指標:Category Ambiguity Index)と好ましさの関係を検討してみると、TD群では"曖昧さが高いほど好ましさが下がる(=不気味さと結びつく)"という関連が見られましたが、ASD群ではその関連はほぼ見られませんでした(図2)。つまり、TD群では「どちらにも見える」顔が不快感につながりやすいのに対し、ASD群では同じタイプの曖昧さが不快感に結びつきにくい可能性が示唆されました。またASD群では、好ましさの評定が中間付近に集まりやすいことや、先行研究で指摘されているアレキシサイミア(注5)との関連性がこの研究でも示唆されることが議論されています。
さらに著者らは、顔画像の特徴量解析から、TD群は顔"全体のまとまり"に関わる特徴をより重視して、ASD群は目や鼻など"部分"的な特徴をより重視して好ましさを判断している可能性を示しました。部分的な特徴のみを注視した結果、全体のつじつまの合わなさ(例えば、部位間の不一致)に気づきにくければ、「なんとなく不気味」という感覚が生じにくい可能性も考えられます。こうした"見方の違い"が、上記の実験結果を説明し得ると考えられます。
本研究成果は、ASD者の支援に用いるロボットやアバターの設計に示唆を与えます。例えば、TDの利用者や支援者にとっては「人ともロボットとも区別がつかない見た目」が負担になり得る一方で、ASD当事者にとっては同じ曖昧さが必ずしも強い不快感に直結しないかもしれません。今後は、実際の対話場面(画像を見るだけでなく、ロボットとやり取りする状況)で同様の傾向が再現されるかどうかを検証し、誰にとっても安心で使いやすい"顔"の条件を具体化していくことが期待されます。
なお、本研究は東京大学大学院総合文化研究科・教養学部の「ヒトを対象とした実験研究に関する倫理委員会」(課題番号863-2)の承認を受けた上で実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院総合文化研究科
植田 一博 教授
大学院学際情報学府
今泉 拓 研究当時:博士課程大学院生(現職は、鹿屋体育大学スポーツ人文・応用社会科学系助教)
李 璐 研究当時:修士課程大学院生
大学院医歯薬学総合研究科
熊崎 博一 教授
西川 菜月 特任研究員
論文情報
雑誌名:Computers in Human Behavior Reports
題名:Do individuals with autism spectrum disorder not experience the uncanny valley? A psychological experiment and feature analysis using human and robot faces
著者名:Lu Li*, Taku Imaizumi, Natsuki Nishikawa, Hirokazu Kumazaki, Kazuhiro Ueda*
DOI:10.1016/j.chbr.2026.100927
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2451958826000011?via%3Dihub
研究助成
本研究は、JST CREST「文脈と解釈の同時推定に基づく相互理解コンピューテーションの実現 (課題番号:MJCR19A1)」、科研費「認知バイアスから自閉症者の行動を探る:自閉症者の診療場面における説明再考に向けて(課題番号:22H03911)」、「自閉スペクトラム症児の深奥質感認識における経時的変化と個人因子との関係の解明(課題番号:23H04358)」、「計算論的認知科学に基づく自閉症学:高次認知における予測・推定の障害の検討(課題番号:25H01131)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)不気味の谷(Uncanny Valley)
ロボットやCGなどの人工物が人間に似れば似るほど人は好意を抱く一方、ある段階で急に強い違和感や嫌悪感が生じる心理現象で、日本のロボット工学者の森政弘が提唱しました。
(注2)自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)
「社会的コミュニケーションや対人相互作用の困難さ」と「興味や行動の限定された強いこだわり」を主な特徴とする、生まれつきの脳機能の偏りなどによる神経発達症(発達障害)の一つです。本論文では、自閉スペクトラム症ではないと判断された人を、定型発達(Typically Developing: TD)者と呼んでいます。
(注3)顔画像の特徴量解析(Facial Feature Analysis)
顔の持つ固有の特徴(目鼻口の位置や形状など)を数値データ(特徴量)として抽出し、分析する技術のことを指します。本研究では、主成分分析(Principal Component Analysis)および非負値行列因子分解(Non-negative Matrix Factorization)という統計手法を用いて分析を行いました。
(注4)非線形回帰分析(Nonlinear Regression Analysis)
二つの変数(目的変数と説明変数)の関係が直線的ではなく、曲線的・複雑なパターンを示す場合に、その関係性を捉えるための統計手法のことを指します。
(注5)アレキシサイミア(Alexithymia)
「失感情症」とも呼ばれ、自分の感情を認識したり、言葉で表現したりすることが難しい心理的な特性(性格傾向)を指します。

