ニュース
2026.01.16
【研究成果】高分子溶液が分かれると、イオンも分かれる新原理を発見 ──反発するはずの生体分子が「同じ相に集まる」仕組みを解明──
2026年1月16日
東京大学
発表のポイント
- 高分子混合溶液における液‐液相分離において、相の形成に伴ってイオンが選択的に分配・濃縮されることを明らかにし、これにより本来は電気的に反発する生体分子同士が同じ相に集まる機構を解明しました。
- 従来は高分子間の相互作用のみで説明されてきた分子分配に対し、相間のイオン分配に由来する電気的な誘引が重要な役割を果たすことを示し、従来理論を拡張する新しい物理化学的描像を提示しました。
- 本研究で明らかになった新たな分子凝集原理は、細胞内における相分離構造の形成原理解明に加え、バイオ分離技術や高分子材料設計など、幅広い分野への応用が期待されます。
概要
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の柳澤実穂 准教授(附属先進科学研究機構/生物普遍性連携研究機構/大学院理学系研究科 准教授)、作田浩輝 特任助教(生物普遍性連携研究機構 特任助教)、ならびに教養学部の赤嶺柚希学部学生からなる研究グループは、高分子混合溶液が分離すると、共存するイオンも相に偏って分配・濃縮されるという新しい物理化学原理を明らかにしました。
2種類の高分子を混合した水溶液は、濃度や温度などの条件に応じて液‐液相分離(注1)を起こし、たとえばポリエチレングリコール(PEG)(注2)に富む溶液中に、デキストラン(Dex)(注3)に富む液滴が形成されます。本研究では、このように相分離したPEG/Dex水溶液にDNAなどの生体分子を加えると、多くの生体分子がDexに富む相へ優先的に局在する現象に着目しました(図1)。この現象自体は1970年代以降、生体分子の分離・精製技術として広く利用されてきましたが、その物理化学的な原理は十分に解明されていませんでした。そこで研究チームは、これまでほぼ中性と考えられてきたPEGとDexの電気的特性を詳しく検討しました。その結果、Dexの方がPEGよりもわずかに負に帯電していることを見出しました。この知見に基づき、正に帯電したイオン(カチオン)がDexに富む相へ選択的に蓄積されることで、負に帯電したDNAなどの生体分子が、同じくより負に帯電したDex相へ引き寄せられるという仮説を立てました。イオン可視化蛍光プローブを用いた定量測定により、カチオンがDexに富む相へ選択的に濃縮されていることを実験的に示し、この仮説が正しいことを実証しました(図2)。このようなイオンの偏った分配は、Donnan(ドナン)効果(注4)として古くから理論的には知られていましたが、液‐液相分離においてイオンの濃縮を直接かつ定量的に示したのは本研究が初めてです。本成果は、電気的には互いに反発するはずの生体分子が、なぜ同じ相に集まることができるのかを説明する新たな視点を提供します。今後、細胞内相分離の原理解明に加え、相分離を利用した新しい分離・精製技術への応用が期待されます。本研究成果は、2026年1月13日(米国太平洋時間)に米国科学誌「ACS Macro Letters」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
近年、細胞内において分子が液滴状に集まる「液‐液相分離」が、生命現象を理解するうえで重要な基本原理の一つとして注目されています。相分離によって形成される分子集合体は、膜で隔てられていないにもかかわらず、特定の分子を選択的に集める性質をもち、細胞内での化学反応の効率化や機能分化に寄与しています。また、こうした相分離現象は、生体分子の分離・精製や反応場の設計などにおいて、実用技術として広く用いられています。
相分離研究における重要な課題の一つは、「相分離が生じた際に、どの分子がどの相に分配されるのか」、すなわち分子選択性の起源を理解することです。これまで、高分子混合溶液における分子分配は、異種高分子間の相互作用に由来するエンタルピー的要因や、分子サイズや剛直性の違いによる排除体積効果などのエントロピー的要因によって主に説明されてきました。一方で、同じ電荷をもつ分子同士は静電的に反発し合うと考えられてきたため、DNAのように強く負に帯電した高分子が、同様に負に帯電した高分子が形成する相、あるいは電気的にほぼ中性である高分子同士が分離して形成される一方の相に集まる現象については、従来の枠組みでは十分に説明されていませんでした。
本研究では、電気的にほぼ中性であるポリエチレングリコール(PEG)とデキストラン(Dex)からなる混合溶液がしめす相分離に注目し、この水溶液における分子分配の物理化学的起源を詳しく調べました。PEG/Dex 水溶液は、1970年代頃から生体分子分離技術として、近年では細胞内相分離のモデルとして広く用いられてきましたが、DNAやRNA、タンパク質などの多様な生体分子がDexに富む相へ優先的に分配される理由については、高分子間の相互作用だけでは説明しきれないことが指摘されていました。
研究チームは、PEGとDexの相分離条件が塩濃度に強く依存したことから、高分子鎖がもつ電荷特性のわずかな違いに着目しました。膜や高分子ゲルのように移動できない固定電荷をもつ場合、反対符号をもつイオンが局在する「Donnan(ドナン)分配(注4)」が生じることが知られています。しかし、このようなイオン分配が、互いに拡散可能な二つの液相からなる液‐液相分離系、しかもPEGやDexのように強い電荷をもたない場合において成立するかどうかは、これまで明らかにされていませんでした。
本研究では、DNAの長さや共存するイオン濃度を精密に制御した実験と、イオン可視化蛍光プローブを用いた定量測定により、PEG相とDex相の間でカチオンが選択的に分配され、Dexに富む相に蓄積することを実験的に示しました。このカチオンの蓄積によって、強く負に帯電したDNA同士の静電的反発が電気的に補償され、その結果としてDNAがDex相に優先的に集まることが明らかになりました。すなわち本研究は、Donnan分配が、膜やゲルに限らず、液‐液相分離系においても成立することを世界で初めて定量的に示した成果です。
本成果は、相分離における分子選択性を理解するために、従来の高分子間相互作用や排除効果に加えて、イオン分布という新たな視点が重要であることを示しています。これは、細胞内相分離の物理化学的理解に寄与するだけでなく、相分離を利用した分子分離・精製技術や機能性材料設計の応用にもつながることが期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース①水溶液が分離するか否かを、細胞サイズの器が制御することを発見」(2022/08/25)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00781.html
「プレスリリース②速度制御可能な動く液滴の創出に成功」(2024/08/23)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20240823140000.html
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院総合文化研究科
柳澤 実穂 准教授
兼:附属先進科学研究機構/生物普遍性連携研究機構/大学院理学系研究科物理学専攻 准教授
作田 浩輝 特任助教
兼:生物普遍性連携研究機構 特任助教
市橋 伯一 教授
兼:生物普遍性連携研究機構 教授
龚 浩(ゴン ハオ) 特任研究員
教養学部統合自然科学科 統合生命科学コース
赤嶺 柚希 学部学生
大学院理学系研究科物理学専攻
加茂 あかり 博士課程
Arash Nikoubashman, Heisenberg Professor
論文情報
雑誌名:ACS Macro Letters
題名:Cation accumulation drives the preferential partitioning of DNA in an aqueous two-phase system
著者名:Hiroki Sakuta, Yuki Akamine, Akari Kamo, Hao Gong, Norikazu Ichihashi, Arash Nikoubashman, Miho Yanagisawa
DOI:10.1021/acsmacrolett.5c00810
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsmacrolett.5c00810
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費「学術変革領域研究(A)(課題番号:24H02287)」「若手研究(課題番号:25K17355)」、科学技術振興機構(JST)「創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR213Y)」「戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号JPMJCR22E1)」等の支援により実施されました。
用語解説
(注1)液‐液相分離:
水に溶けていた分子が、条件が変わることで均一に混ざらず、分子が濃い液滴と薄い水溶液の二つの液体に分かれる現象。
(注2)ポリエチレングリコール(PEG):
水によく溶ける合成高分子の一種で、医薬品や化粧品、食品など幅広い分野で使われています。水中で他の分子と混ざりやすい性質をもちます。
(注3)デキストラン(Dex):
ブドウ糖が多数つながってできた天然由来の高分子であり、PEGと同様、水に溶けやすく、医薬品や化粧品、食品など幅広い分野で使われています。PEGと混ぜると溶液が二つに分かれる性質があります。
(注4)Donnan(ドナン)効果:
帯電した分子からなるゲルや膜などでは、動けない電荷のまわりに、電気のつり合いを保つためにイオンが偏って集まる現象が知られています。液‐液相分離の研究においても、帯電したタンパク質を含む場合にイオンが一方の相に偏る可能性が電位差の測定から示唆されていましたが、相分離した液相の間でイオンの濃縮を直接かつ定量的に示した例はありませんでした。

