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2026.01.22
【研究成果】ドラッグ・リポジショニングに基づく遺伝子操作技術の改良 ──「分割」と「分解」のダブルケージ戦略で意図しない反応を極限まで抑制──
2026年1月22日
東京大学大学院総合文化研究科
発表のポイント
- 薬(承認薬)でスイッチを入れることができ、かつ、意図しない反応を極限まで抑えたDNA組換え技術(SPEED-Cre)を開発。
- DNA組換え酵素(Cre)を2つに分割し、各断片に分解誘導ドメインを連結する「分割×分解」の分子設計戦略を創案。
- 生命科学研究の精密化や遺伝子治療研究の高度化に寄与する基盤技術として期待。
概要
東京大学大学院総合文化研究科のCai Dewen大学院生、河野風雲講師(研究当時)、橋本講司助教、佐藤守俊教授、および神奈川県立産業技術総合研究所の小田部尭広常勤研究員(兼務:東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 特任研究員)らによる研究グループは、ドラッグ・リポジショニング(注1)に基づく遺伝子操作技術を改良することで、薬(承認薬)でスイッチを入れることができ、かつ、意図しない反応を極限まで抑えたDNA組換え技術(SPEED-Cre)を開発しました。
本研究で創案された「SPEED(split-protein-based efficient and enhanced degradation)」と名付けられたアプローチは、タンパク質の「分割」と「分解」という2つの制御機構を組み合わせたダブルケージ戦略に基づくもので、従来の手法では困難であった高精度かつ安全な遺伝子操作を可能とします。本成果は、遺伝子の機能を操作するための基盤技術として、生命科学研究から医療応用まで幅広い分野での活用が期待されます。
発表内容
研究の背景
多くの疾患では、遺伝子に生じる変化が、その発症や重症化に関与しています。実際、世界には7,000種類を超える希少疾患が存在し、その約80%が遺伝的要因に由来することが報告されています。そのため、遺伝子編集技術や遺伝子治療が大きな注目を集め、関連技術が近年急速に発展してきました。Cre-loxPシステムに代表される部位特異的DNA組換えシステム(注2)は、反応性と特異性に優れ、生体内の遺伝子の改変や制御を行うことができる強力なツールを提供します。しかし、DNA組換え酵素であるCreは、細胞内で発現すると常に活性を示します。そのため、時期や場所を限定して遺伝子操作を行う目的で、Creを制御可能な形に改変したさまざまな誘導型 Cre がこれまでに開発されてきました。
その1つが、Creに分解誘導ドメイン(DD)(注3)を連結したDD-Cre(注4)です。DD-Creは、承認薬であるトリメトプリム(TMP)(注5)がDDに結合すると安定化され機能する誘導型のCreです。DD-Creは、TMPを添加していなければ細胞内で分解されるため、「必要なときにTMPを加えてスイッチを入れる」という機構を備え、Creの常時活性の問題を解決する技術として期待されていました。しかし、実際には、DD-Creは、TMPを添加していなくても細胞内で高いDNA組換え活性を有することが明らかになり、時期や場所を限定して遺伝子のはたらきをコントロールするという目的には不十分な技術でした。
研究内容
本研究グループは、この先行技術(DD-Cre)の課題を克服するために、DDの連結による「分解」制御に加えて、Creを2つの自己会合型のタンパク質に「分割」する新たな戦略を創案し、これを「SPEED(split-protein-based efficient and enhanced degradation))」と名付けました(SPEED戦略で開発された誘導型のCreをSPEED-Creと名付けました)(図1)。このCreの「分割×分解」という2つの制御機構を組み合わせたダブルケージ戦略では、Creの分割によって得られた2つのタンパク質の間の相互作用(自己会合)が重要な役割を果たします。一般的にタンパク質間相互作用の程度は、相互作用するタンパク質の濃度に依存します(=タンパク質の濃度が低ければ、タンパク質間相互作用は起こりにくく、タンパク質の濃度が高くなると、タンパク質間相互作用は起こりやすくなります)。TMPを加えていないときは、DDを連結したCreの分割タンパク質は細胞内で分解され、その濃度は低く保たれるため、分割タンパク質同士の相互作用(自己会合)は起こりにくくなり、結果的にSPEED-Cre によるDNA組換え活性を極限まで抑制することができます。一方、TMPを添加すると、DDにTMPが結合して安定化されます。その結果、DDを連結したCreの分割タンパク質が細胞内での分解を免れて細胞内濃度が上昇し、分割タンパク質同士の相互作用(自己会合)の結果、DNA組換え活性を強く誘導することができます。このように、Creの「分割」によってタンパク質間相互作用という制御機構を導入し、これをDDの連結による「分解」と組み合わせることで、「分解」だけに依存していた先行技術(DD-Cre)よりも、TMPによる制御能を大幅に高めた誘導型のCre(SPEED-Cre)を開発しました。
本研究では、SPEED-Creをコードする遺伝子を培養細胞に導入し、蛍光イメージング(注6)とフローサイトメトリー(注7)でSPEED-Creを評価しました(図2)。その結果、TMPを添加しない条件では、SPEED-CreのDNA組換え活性はほとんど検出されませんでした。一方、TMPの添加によって、SPEED-CreのDNA組換え活性を極めて効率よく(=181倍程度)誘導できました。この結果は、誘導型のCreとしてのSPEED-Creの制御能が極めて高いことを示しています。なお、先行技術のDD-Creは、TMPを添加していなくても高いDNA組換え活性を示し、そのはたらきをTMPでコントロールすることはできませんでした。
(b)フローサイトメトリーによるDNA組換え活性の解析。(a)と同様に培養細胞に遺伝子を導入し、TMPを添加してフローサイトメトリーで解析。横軸の緑色蛍光強度は遺伝子導入効率、縦軸の赤色蛍光強度はDNA組換え活性を示す。閾値はレポーターのみ群(陰性対照)を基準に設定し、右上の領域(赤枠)を組換え細胞として定義。(c)(b)の定義に基づくDNA組換え細胞数の定量。平均±標準偏差(n = 3)で示し、点は各独立実験の値を表す。SPEED-CreはTMP非添加時の活性が極めて低く、TMPの添加によってDNA組換え活性が極めて効率よく(=181倍程度)誘導された。
次に、本研究のSPEED戦略がCre以外のタンパク質にも適用できることを実証しました(図3)。遺伝子工学で広く用いられるFlp-FRT、VCre-Vlox、Dre-roxといった部位特異的DNA組換えシステムに着目し、各酵素(Flp、VCre、Dre)を2つの自己会合型のタンパク質に分割し、それぞれにDDを融合したSPEED-Flp、SPEED-VCre、SPEED-Dreを作製して評価しました。その結果、いずれもTMP非添加条件ではDNA組換え活性は低く抑えられ、TMPを添加すると、強いDNA組換え活性が誘導されることがわかりました。
(d-f)培養細胞におけるSPEED-Flp(d)、SPEED-VCre(e)、SPEED-Dre(f)のDNA組換え活性の評価。それぞれのDNA組換え活性はルシフェラーゼ遺伝子を導入した生物発光レポーターで評価。TMP非添加条件ではDNA組換え反応が抑制される。一方、TMP添加によりDNA組換え活性が強く誘導される。各パネル中の数値はTMP添加による誘導倍率を示す。
さらに、SPEED-Creがマウスの生体(in vivo)でも効率よくはたらくことを実証しました。HTVインジェクション法(注8)により、SPEED-Creをコードする遺伝子と発光レポーターの遺伝子をマウスの肝臓に導入した後、マウスにTMPまたは溶媒(DMSO)を投与し、生体イメージングでDNA組換え反応を計測しました(図4)。その結果、溶媒のみを投与した条件(=TMPを投与しない条件)では、SPEED-Cre のDNA組換え活性はほとんど検出されず、TMPの投与によって、SPEED-Cre の強いDNA組換え活性が誘導されることがわかりました。この結果は、SPEED-Creが生体内でも、TMPの投与によって狙い通りにスイッチを入れることができ、かつ、意図しない反応を極限まで抑制できることを示しています。
(b)生体イメージングによるSPEED-Creの評価。ルシフェラーゼ遺伝子を導入した生物発光レポーターの生物発光強度を指標として、iCre、DD-Cre、SPEED-Cre、レポーターのみを比較。TMP非投与条件では、SPEED-CreのDNA組換え活性は極めて低く、TMPの投与によって強いDNA組換え活性がマウスの生体内で誘導された。
(c)(b)の生体イメージングの結果を定量化(平均±標準偏差、n=4)。
TMPは本来、細菌感染症の治療に用いられている薬(承認薬)ですが、本研究では、ドラッグ・リポジショニングによって、生体内での遺伝子操作のためにTMPを利用しました。本研究で開発したSPEED戦略は、SPEED-Creのみならず、TMPのドラッグ・リポジショニングに基づく様々な誘導型のツールの開発に応用可能な極めて一般性の高いアプローチであり、遺伝子機能やタンパク質機能を精密に制御・操作する基盤技術として期待されます。将来的には、病態解明から創薬、再生医療・遺伝子治療など医療応用に至るまで、幅広い分野での活用が見込まれます。
なお、本研究における動物実験は、東京大学の動物実験専門委員会の承認のもと、関連する指針および法令等に則って実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院総合文化研究科広域科学専攻
Cai Dewen 大学院生
河野 風雲 講師(研究当時)
橋本 講司 助教
佐藤 守俊 教授
小田部 尭広 常勤研究員(兼務:東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 特任研究員)
論文情報
雑誌名:Communications Biology
題名:A chemically inducible, leakless Cre recombinase by split-protein-based efficient and enhanced degradation (SPEED)
著者名:Dewen Cai, Fuun Kawano, Takahiro Otabe, Koji Hashimoto, and Moritoshi Sato*(*責任著者)
DOI:10.1038/s42003-025-09359-z
URL:https://www.nature.com/articles/s42003-025-09359-z
研究助成
本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(研究代表者:河野風雲、課題番号:19K23716、20K15394、22K05311)(研究代表者:佐藤守俊、課題番号:22K18338、25H00909)、JSTさきがけ(研究代表者:河野風雲、課題番号:JPMJPR1783)、JST CREST(研究代表者:佐藤守俊、課題番号:JPMJCR23B4)、およびAMED研究助成(研究代表者:佐藤守俊、課題番号:25bm1123018h0002)の支援を受けました。さらに、本研究は公益財団法人持田記念医学薬学振興財団、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、およびノバルティス科学振興財団の支援を受けました。
用語解説
(注1) ドラッグ・リポジショニング
本来の目的とは異なる目的で同じ薬を利用できるようにすること。本研究では、細菌感染症の治療薬のTMPをドラッグ・リポジショニングして生体内での遺伝子操作のツールとして用いました。
(注2) 部位特異的DNA組換えシステム
目印となる特定のDNA塩基配列を認識する酵素を用いて、DNAを組換える仕組み。Cre-loxPシステムでは、目印となる塩基配列はloxPと呼ばれ、これを認識してDNA組換え反応を触媒する酵素がCreです。Cre-loxPシステムにより、狙った遺伝子をDNAから削除したり、特定の細胞だけで遺伝子を発現させたりすることができます。iCre は、哺乳類細胞での発現効率向上を目的に改良されたCreの変異体です。
(注3) 分解誘導ドメイン(DD)
タンパク質に連結することで「分解」の目印となる部品(タンパク質)。承認薬のトリメトプリム(TMP)が結合していないときは不安定になり、DD を連結したタンパク質とともに細胞内で速やかに分解されます。一方、TMPを加えると、DDがTMPと結合して安定化され、DD を連結したタンパク質が分解されにくくなって細胞内に蓄積します。これにより、TMPの有無で、DD を連結したタンパク質の細胞濃度を操作することができます。
(注4) DD-Cre
CreにDDを連結した融合タンパク質。誘導型のCreの先行技術として2013年に報告されました(Nature Methods, 10, 1085-1088 (2013))。
(注5) トリメトプリム(TMP)
細菌感染症の治療に用いられている薬(承認薬)。特に大腸菌などが原因となる尿路感染症などで使用されます。TMPは細菌の増殖に必要な酵素のジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)を阻害することで抗菌作用を示します。本研究では、大腸菌由来のDHFRを元に開発されたDDがTMPと結合することで安定化する性質を利用しています。
(注6) 蛍光イメージング
細胞や組織に導入した蛍光物質(蛍光タンパク質など)を、蛍光顕微鏡で撮影して可視化する技術。
(注7) フローサイトメトリー
細胞1個ずつの蛍光の強度や蛍光を持つ細胞の数を、定量的に、かつ、大量の細胞でまとめて計測する技術。フローサイトメトリーは、蛍光イメージングよりも、多くの細胞を定量化する際によく用いられます。
(注8) HTVインジェクション法
生体に対して一過性に遺伝子を導入する手法。マウスの尾静脈から遺伝子をコードするDNAの水溶液を短時間で一気に注入することで、主に肝臓の細胞にDNAを導入し、遺伝子を発現させることができます。

