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2026.02.02
【研究成果】硬さのむらがつくる結晶表面のしわ模様 ──柔らかな多孔性結晶にて生じる新奇な異常動的スケーリング則──
2026年2月2日
東京大学
鳥取大学
発表のポイント
- 柔らかい多孔性結晶の分子吸着ダイナミクスでは、硬さの不均一性が本質的な役割を果たすことを、理論モデルに対するコンピュータシミュレーションによって示した。
- 硬さの不均一性が、従来の枠組みでは説明できない新しい異常動的スケーリング則を生み出すことがわかった。
- 分子吸着と結晶の変形の両方を制御するための基本的な指針を与え、優れたセンシング材料等の開発への応用が期待される。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の光元亨汰助教と、鳥取大学大学院工学研究科の高江恭平准教授らによる研究グループは、金属有機構造体(Metal-Organic Framework; MOF) (注1)などの柔らかな多孔性材料において、分子吸着に伴って生じる「弾性の不均一性(硬さの違い)」が、吸着の進行過程と形状変化を支配することを、理論モデルに対するコンピュータシミュレーションによって明らかにしました。分子が吸着すると結晶の一部分のみが硬く(または柔らかく)なり、周囲との硬さに差が生じます。本研究では、この硬さの差が、不均一な応力(注2)を生み出し、硬い領域に挟まれた柔らかい表面に「しわ」を形成することを示しました。さらに、材料の硬さの変化と分子の移動とが相互に影響し合うことで、従来の理論では説明できない異常なスケーリング則(注3)が生じることが明らかになりました。本成果により、弾性の違いを活用して吸着と変形を同時に制御する新しい材料設計原理が提示され、センシング材料などの高機能化に向けた応用が期待されます。
発表内容
小さな孔がたくさん空いた材料のことを多孔性材料と呼びます。孔の中に気体・液体分子を取り込むことができる吸着という性質を持つため、ガス分離・貯蔵材料や触媒等に用いられてきました。近年、次世代の多孔性材料として注目されているのが、2025年ノーベル化学賞の受賞題目ともなった、金属有機構造体(MOF)です。MOFは非常に高いデザイン性を持ち、中には柔らかさと高い結晶性を併せ持つ材料が開発されています。このような材料は、分子を取り込むことで結晶の硬さが変わったり、孔の大きさが膨らんだり縮んだりする特徴を持ちます。こうした性質を活かし、燃料ガスの貯蔵や、ガス分離によるCO2削減など、エネルギー・環境問題の解決に向けた応用研究が進められています。一方で、MOFが分子を吸着する際に生じる物理現象については未解明な部分が多く、特に、材料の「柔らかさ」という性質が、吸着分子の移動とどのように結びつき、分子が吸着した領域の分布等にどのように反映されるかは、十分に明らかにされていませんでした。
本研究では、統計物理学(注4)の視点から、吸着過程のダイナミクスを理解することを試みました。分子を取り込むことで部分的に孔が大きくなり、かつ、硬くなるという性質を取り込んだ理論モデルに対し、コンピュータシミュレーションを行いました。その結果、分子吸着過程において、材料内部に生じる硬さの不均一性が本質的な役割を担うことを見出しました。硬さの不均一性によって、吸着分子の間には有効相互作用が生じます。これにより、吸着した分子同士は集まり、硬い領域と柔らかい領域とで棲み分けが起こります。また、分子の吸着は表面から進行するため、結晶の表面には硬い領域と柔らかい領域とが交互に現れることになります。柔らかい領域は両側の硬い領域に挟まれて圧縮されることによって、表面に「しわ」が形成されるということがわかりました。さらには、時間が経つにつれて分子の吸着が進んでいくと、硬い領域の大きさは次第に成長していき、「しわ」の間隔も広がっていきます(図1)。本研究では、この過程において、吸着の進行度、硬い領域の大きさ、「しわ」の間隔、吸着分子の分布の粗さなどが、時間に対して冪乗則的に変化することを見出しました。これは動的スケーリング則と呼ばれる現象であり、今回観測されたものは、異常動的スケーリング則と分類されます。これまでに知られている異常スケーリング則とは性質が異なることから、本研究は、硬さの不均一性が生み出す新しい物理法則の存在を示すものといえます。
本研究は、センシング材料等の開発にも重要な示唆を与えるものです。吸着領域の大きさが、表面の「しわ」という力学的な変形と結びついており、その時間変化が予測できることが示されました。これは、表面の変形を知ることで吸着量を推定することができる可能性を意味します。本成果を応用することで、高感度かつ高機能なガスセンサーの開発が期待されます。また、「しわ」の形成はゲル等の他材料や、腸や脳など、生体内でも観測される普遍的な現象です。本成果によって発見された新たなメカニズムは様々な分野への波及も大いに期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース:ガス貯蔵材料などに活躍、柔らかい次世代多孔性結晶開発へ
――孔の硬さと大きさが変化し、分子の吸着・脱着状態が安定化――」(2023/7/21)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4262/
発表者・研究者等情報
東京大学大学院総合文化研究科
光元 亨汰 助教
鳥取大学大学院工学研究科
高江 恭平 准教授
論文情報
雑誌名:Communications Physics
題名:Elastic heterogeneity governs anomalous dynamic scaling in a soft porous crystal
著者名:Kota Mitsumoto and Kyohei Takae
DOI:10.1038/s42005-026-02508-8
URL:https://www.nature.com/articles/s42005-026-02508-8
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:24K00594)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:25H01978)」、「若手研究(課題番号:25K17354)」、稲盛研究助成の支援により実施されました。
用語解説
(注1)金属有機構造体(Metal-Organic Framework; MOF)
金属イオンと有機分子が架橋してできた格子構造を持つ。用いる金属や有機分子の種類を変えることで、様々な性質を持つ物質をデザインすることができる。多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP)とも呼ばれる。
(注2)応力
物体の表面や内部に生じる局所的な力の大きさや方向を表す。
(注3)スケーリング則
時間に対して何かしらの空間サイズが変化する際に、これらを関係づける冪乗則のこと。複数の冪乗則が組み合わされている場合は異常スケーリング則と呼ばれる。
(注4)統計物理学
気体や液体など、多数の粒子からなる系の状態を理解するための物理学の一分野。

