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2026.02.07
【研究成果】意識・無意識脳での神経のつながり方の可視化に成功 ──睡眠中に感覚応答を知覚できない脳の謎にヒント──
2026年2月7日
理化学研究所
東京大学
横浜市立大学
生理学研究所
概要
理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター触知覚生理学研究チームの村山正宜チームディレクター、大本育実基礎科学特別研究員、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の大泉匡史准教授、清岡大毅大学院生(博士課程)、横浜市立大学大学院データサイエンス研究科データサイエンス専攻の北園淳准教授、生理学研究所行動・代謝分子解析センターウィルスベクター開発室の小林憲太准教授らの共同研究グループは、無意識状態では、意識状態時と異なり脳の大脳皮質の機能的ネットワーク[1]が複数のサブネットワークに分離していること、サブネットワークを構成する神経細胞は脳の複数の領域に混在し、領域を越えた神経細胞間のつながりが存在すること、多数の神経細胞と協調的な活動を示すハブ細胞と考えられる細胞群は、ネットワーク構造の形成に大きな貢献をしているものの、意識・無意識状態における脳のネットワーク構造の違いには貢献をしていないことを発見しました。
本研究成果を応用することで、脳損傷などに伴う意識障害(昏睡・無反応覚醒症候群〔UWS;従来の植物状態〕・最小意識状態)やてんかん、統合失調症、認知症(アルツハイマー病)などで臨床的に報告されている脳機能ネットワーク構造の変容を、細胞レベルで理解できる可能性があり、疾患の早期発見や、細胞に着目した治療戦略の立案に貢献することが期待されます。
今回、共同研究グループは、村山チームディレクターらが独自に開発した広視野2光子顕微鏡[2]を用い、無意識状態(睡眠・麻酔時)および意識状態(覚醒)におけるマウスの大脳皮質の神経活動を、多領域にわたり単一細胞レベルで大規模に記録し、そのデータを用いて機能的ネットワークの構造を詳細に解析しました。
本研究は、科学雑誌『Cell Reports』オンライン版(2月6日付:日本時間2月7日)に掲載されました。
背景
夢を見ていないノンレム睡眠[3]中や全身麻酔中であっても、脳内における個々の神経活動の頻度は覚醒時よりは落ち着くものの、神経細胞は覚醒時と同様に自発的に活動し、外界からの刺激に対し応答(感覚応答)を示します(動画参照: https://x.gd/TEaV1(PW:Rikenpress))。ところが、私たちはその神経活動による情報を知覚(感知)することができない無意識状態にあります。無意識状態において、神経細胞が活動しているにも関わらずその情報を知覚できない仕組みはこれまでよく分かっていませんでした。
この謎を解く手がかりとして、意識の有無に応じて脳内の神経細胞間のつながり方(ネットワーク構造)が変容している可能性に着目しました。脳全体の活動を同時に計測する手法として広く用いられている機能的磁気共鳴画像法(fMRI)[4]は、機能的ネットワークの構造をマクロレベルで観察することができます。fMRIを用いた先行研究では、無意識状態の脳領域間ネットワーク構造が覚醒時と違ってサブネットワーク(同じような活動を示す神経細胞のまとまり)に分離していることが報告されていました注1)。しかし、fMRIでは細胞レベルの解像度がないため、個々の神経細胞が脳内にて機能的ネットワークをどのように形成しているのか、機能的ネットワーク構造の変容にどのように関与しているのかを調べることはできませんでした。
意識・無意識状態での脳機能メカニズムを理解するためには、脳の情報処理において最小単位である単一神経細胞の解像度で、脳領域をまたいだ神経細胞活動の網羅的な記録と解析により、機能的ネットワークの構造の変容を可視化することが必要です。
村山チームディレクターらが独自に開発した広視野2光子顕微鏡は10以上の脳領域から10,000以上の神経細胞の活動を同時に記録することができるため、単一細胞レベルのミクロな解像度を保ったまま、大規模な機能的ネットワーク構造を解析することが可能です注2)。共同研究グループは、広視野2光子顕微鏡によるカルシウムイメージング法[5]を用い、マウスの無意識状態(睡眠・麻酔時)および意識状態(覚醒時)において、大脳皮質における神経細胞の活動を大規模に観察し、そのデータから機能的ネットワークの構造を細胞レベルで解析することに挑みました。
注1)Enzo Tagliazucchi et al. Large-scale brain functional modularity is reflected in slow electroencephalographic rhythms across the human non-rapid eye movement sleep cycle. Neuroimage. 2013 Apr 15:70:327-39. doi: 10.1016/j.neuroimage.2012.12.073. Epub 2013 Jan 9
注2)2021年4月20日プレスリリース「脳の宇宙を捉える顕微鏡」 https://www.riken.jp/press/2021/20210420_1/index.html
研究手法と成果
共同研究グループは、広視野2光子顕微鏡によるカルシウムイメージング法により、無意識状態(睡眠・麻酔時)および意識状態(覚醒時)のマウスの大脳皮質の神経細胞の活動を観察しました(図1A)。
その結果、無意識状態において、個々の神経細胞の活動は観察されたものの、神経細胞の全体的な活動レベルは意識状態時に比べて落ちていました(図1B、C)。その観察データから、神経細胞間の協調的な活動を数理解析により抽出し、意識・無意識状態時の機能的ネットワークの構造を推定しました。
B: 覚醒と睡眠を繰り返すマウスの脳状態とその時の神経細胞活動の例。本実験において、レム睡眠(浅い睡眠で、脳波は小さくて覚醒状態時に近い)はほとんど観察されなかったため、解析には用いなかった。
C: 覚醒時の神経細胞活動と麻酔時の神経細胞活動の例。
まず、大規模な機能的ネットワークの構造を細胞レベルで把握するため、ネットワークがどのようにサブネットワークに分かれて働いているかを示す「モジュール性」(ネットワークの統合・分離性)という指標に注目し、意識状態と無意識状態で、モジュール性がどのように変化するのかを調べました。モジュール性が高いほど、ネットワークはいくつかのサブネットワークに分かれており、逆に低いほど全体が一体となって活動している状態を意味するため、ネットワークの統合・分離を評価できます。
解析の結果、意識状態と無意識状態とで機能的ネットワークのモジュール性に違いがあることが分かりました。意識状態に比べて、無意識状態ではサブネットワーク内の結合が強まる一方、サブネットワーク間の結合は弱くなることでモジュール性が高まる、つまり、機能的ネットワーク全体としては分離していました(図2、分離ネットワーク)。分離ネットワークではサブネットワーク間の結合が弱くなって情報が効率的に運べないと考えられます。この結果は、無意識状態で感覚応答が生じても知覚に至らない背景に、こうした分離ネットワークがある可能性を示唆しています。このミクロスケールの結果は、マクロスケールで脳領域間ネットワークを解析した先行研究注3)とも一致します。
さらに、神経細胞に着目してサブネットワークの安定性について検証したところ、それぞれの神経細胞が属するサブネットワークは時間とともに変化していくものの、完全にランダムに変化するのではなく、ある程度時間的に安定していることを示唆する結果を得ました。この結果は、サブネットワークが何かしらの脳機能を有する構造化された集団であることを示唆します。
B: 解析結果の模式図。ネットワークは、無意識状態ではよりサブネットワークに分離し、覚醒時には統合している。
次に、機能的ネットワークの分離や統合に寄与する神経細胞の特性を調べるために、機能的ネットワークを構成する全ての神経細胞に対し、モジュール性への貢献度と、他の神経細胞とのつながりの程度を表す次数[6]を計算しました。例えば、1,000次数を持つ神経細胞は1,000個の別の神経細胞と協調的に活動していることを意味します。機能的ネットワークの維持や発展に重要な細胞は、次数が高く、「ハブ」細胞として機能すると考えられます。そこで、次数の大きさごとに神経細胞を分類し、次数クラスごとの神経細胞群について、モジュール性への貢献度を調べました。その結果、高い次数を持つハブ細胞は、ネットワークの形成そのものには貢献していましたが、意識状態によって変化するモジュール性の違いには貢献していませんでした。一方、「中程度の次数」を持つ神経細胞群は、モジュール性の違いを生み出していることが明らかになりました。(図3)。これらの結果は、次数に対応して細胞ごとに機能的ネットワークの構成や統合・分離性への役割が違うことを示唆します。
B: 解析結果に基づく覚醒時の機能的ネットワーク模式図。モジュール性の違いは次数中間層の神経細胞(赤点)が、ハブ細胞(青点)や次数低数細胞(黒点)よりも寄与している。
さらに、脳内におけるサブネットワークの空間的な分布を調べたところ、意識・無意識状態のいずれにおいても、各サブネットワークを構成する神経細胞は各脳領域に混在していることが分かりました(図4A)。これらの結果は、あるサブネットワークに属する神経細胞群が脳領域をまたいで協調的に活動していることを示します(図4B)。サブネットワークが構造化された集団であるとする先の結果や、運動野と感覚野間の長距離回路が知覚形成注4)や記憶の固定化注5)に関連することを示した先行研究を鑑みると、こうした脳領域をまたいだ神経細胞間のつながりが、脳機能の発現に関わっていると考えられます。
最後に、ミクロスケールでの結果をマクロスケールに展開することができるかを検証しました。ある神経細胞の周辺の複数の神経細胞の活動を平均化することで空間的な粗視化(マクロスケールに解像度を落とすこと)を行い、再度サブネットワークの分布を検討しました。この結果、粗視化することで、サブネットワークを構成する神経細胞群の分布が、混在化から局在化へ移行することを見いだしました(図4C)。こうした局在化はマクロスケールで記録した先行研究と一致しています。
なぜ神経細胞レベルだと混在パターンとなり、粗視化すると局在パターンになるのでしょうか。おそらく、各神経細胞の活動には、その細胞の場所情報が少しだけ含まれており、周辺の神経細胞の活動と平均化することで、その場所情報が蓄積されて局在化するようになったと考えられます。このように、マルチスケールな解析はミクロとマクロ観察のギャップを埋めることができ、脳機能メカニズムを解明する中心的な手法となる可能性が示唆されました。
B: あるサブネットワークの空間分布。同じサブネットワークに属する神経細胞は協調的な活動を示し、これを神経細胞間の線(リンク)として示している。意識・無意識状態を問わず、短距離だけでなく長距離リンクも存在した。
C: 近傍40神経細胞の活動を平均化して空間的に粗視化することにより、サブネットワークの局在化が確認された。
注3)Hierarchical clustering of brain activity during human nonrapid eye movement sleep. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 109, 5856-5861 (2012).
注4)2015年5月22日プレスリリース「"感じる脳"のメカニズムを解明」 https://www.riken.jp/press/2015/20150522_1/index.html
注5)2016年5月27日プレスリリース「睡眠不足でも脳への刺激で記憶力がアップ」 https://www.riken.jp/press/2016/20160527_1/index.html
今後の期待
無意識状態では、機能的ネットワークを構成するサブネットワーク内の結合が強まる一方、サブネットワーク間の結合は弱くなり、機能的ネットワーク全体としては分離していました。この結果は、無意識状態であっても感覚刺激に対して神経細胞が応答しているのに知覚できない脳メカニズムの解明の第一歩となると期待されます。
また、本手法を用いれば、単一細胞レベルでネットワークを記録することが可能なため、ミクロからマクロスケールをまたいでネットワーク構造を解析できることを実証しました。臨床研究ではさまざまな疾患・病態において脳機能ネットワーク構造の変容が報告されていますが、本手法を疾患モデル動物に適用することで、臨床で観察されるマクロなネットワーク変化がどのような細胞間結合の変化から生じるのかを細胞レベルで理解することにつながります。将来的には、疾患の早期発見や、細胞に着目した治療戦略の立案に貢献することが期待されます。
論文情報
雑誌名:Cell Reports
題名:Single-cell resolution functional networks during unconsciousness are segregated into spatially intermixed modules
著者名:Daiki Kiyooka, Ikumi Oomoto, Jun Kitazono, Yoshihito Saito, Midori Kobayashi, Chie Matsubara, Kenta Kobayashi, Masanori Murayama, and Masafumi Oizumi
DOI:10.1016/j.celrep.2025.116902
補足説明
[1] 機能的ネットワーク
神経細胞間のミクロ活動、または領域間のマクロ活動の同期性から推測される脳の機能的構造。細胞または領域活動の時系列データから相関係数を解析し、ネットワークを構築する。
[2] 広視野2光子顕微鏡
赤外線レーザーを用いて生体組織の深部を高解像度で観察できる2光子顕微鏡を広視野化し、脳の広い領域を同時に単一細胞レベルで記録できる装置。
[3] ノンレム睡眠
徐波(大きくゆっくりと振動する脳波)活動が優勢となる深い睡眠状態で、意識レベルが低下している状態。
[4] 機能的磁気共鳴画像法(fMRI) 脳内の血流変化を計測し、活動している脳領域を可視化する非侵襲的な画像計測法。細胞レベルでの空間解像度はない。
[5] カルシウムイメージング法
神経細胞が活動すると変化するカルシウムイオンを、蛍光変化として捉えることで活動の様子を可視化する方法。生きた脳内で、同時に多数の神経細胞の活動を可視化できる。
[6] 次数
ネットワーク解析において、あるノード(神経細胞)が他のノードとどれだけ接続しているかを示す指標。
研究支援
本研究は、RIKEN Incentive Research Project(村山正宜)、理研基礎科学特別研究員制度により実施し、日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」の「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明(中核拠点)(研究代表者:宮脇敦史、岡野栄之)」、同脳神経科学統合プログラム「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明(研究代表者:岡部繁男)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「大脳皮質における効率的なネットワーク構造の創発機構(研究代表者:村山正宜)」、同学術変革領域研究(B)「脳状態毎の超広域神経活動記録とクラスタ/ハブ細胞の選択的操作法の開発(研究代表者:村山正宜)」「クオリア構造と対応する情報構造の脳活動からの抽出(研究代表者:大泉匡史)」、同若手研究「大規模神経活動記録により発見されたハブ細胞の分子基盤の解明(研究代表者:大本育実)」、同特別研究員奨励費「エントロピー生成による意識の有無の定量化(研究代表者:清岡大毅)」、科学技術振興機構(JST)「次世代研究者挑戦的研究プログラム(清岡大毅、JPMJSP2108)」、同ムーンショット型研究開発事業「身体的能力と知覚能力の拡張による身体の制約からの解放(研究代表者:金井良太、JPMJMS2012)」、同CREST「情報網に潜む因果構造解析と高次元脳計測による意識メータの創出(研究代表者:小村豊、JPMJCR1864)」による助成を受けて行われました。
発表者・研究者等情報
理化学研究所 脳神経科学研究センター 触知覚生理学研究チーム
チームディレクター 村山正宜(ムラヤマ・マサノリ)
基礎科学特別研究員 大本育実(オオモト・イクミ)
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻
准教授 大泉匡史(オオイズミ・マサフミ)
大学院生(博士課程) 清岡大毅(キヨオカ・ダイキ)
横浜市立大学大学院 データサイエンス研究科 データサイエンス専攻
准教授 北園 淳(キタゾノ・ジュン)
生理学研究所 行動・代謝分子解析センター ウィルスベクター開発室
准教授 小林憲太(コバヤシ・ケンタ)

