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2026.02.09
【研究成果】なぜ哺乳類の一倍体胚は育たないのか ──DNA量と細胞サイズの"バランスの乱れ"が鍵──
2026年2月9日
東京大学大学院総合文化研究科
発表のポイント
- 染色体を1セットしか持たないマウスの一倍体胚が早い段階で発生を止めてしまう主な原因は、細胞の大きさに対してゲノムDNAの量が少なすぎる"バランスの悪さ"にあることを明らかにしました。
- 胚の遺伝子が自ら働き始める発生段階で、DNAの量に対して細胞質の量が多すぎると、その後の細胞分裂に異常が起きやすくなり、発生が止まりやすくなることを見いだしました。
- 脊椎動物の中でも、哺乳類の胚が染色体のセット数の変化にとても敏感である理由の一部が明らかになり、生殖補助医療や家畜の繁殖技術の基礎となる"着床前の胚発生"の理解が進みました。
概要
多くの脊椎動物では、受精により父由来と母由来の染色体を1セットずつ持つ二倍体の受精卵が作られ、細胞分裂を重ねて発生が進みます。しかし哺乳類の胚は染色体のセット数(倍数性(注1))の変化に特に敏感で、単為発生で生じる一倍体胚の多くは5〜6回の分裂すら終えられず発生を停止します。その理由は長く不明でした。
今回、東京大学大学院総合文化研究科の潘韜(PAN Tao)大学院生、大学院理学系研究科の平良夏実大学院生(当時)、大杉美穂教授の研究グループは、一倍体胚が早期に発生を止める主因が、染色体を1セットしか持たないこと自体ではなく、ゲノムDNA量と細胞質量の比(D/C比)の崩れにあることを明らかにしました。
本研究では、発生の各段階で倍数性や細胞の大きさを操作したマウス胚を比較した結果、母性因子(注2)が減少し、胚自身の遺伝子が活発に働き始める時期に染色体のセット数が不足すると、必要な遺伝子産物の細胞内濃度が維持できず、発生が進めなくなることが示唆されました。
この成果は、生殖補助医療や家畜の繁殖技術を支える着床前胚発生の理解を深めるものです。
発表内容
倍数性(染色体のセット数)の変化が胚発生に与える影響は、生物種によって大きく異なります。たとえばサケ科魚類では二倍体の受精卵を三倍体にしても成体になりますが、哺乳類胚は倍数性の変化に敏感で、二倍体以外は正常に発生できません。また、単為発生で生じる一倍体胚は、アリやハチでは雄の成体になり、魚類や両生類では孵化直前までは発生する一方、哺乳類の一倍体胚の多くは胚盤胞(注3)にも到達できません。しかし、哺乳類一倍体胚が極めて早い段階で発生を停止する理由は不明でした。
本研究チームは、一倍体胚と二倍体胚では細胞の大きさがほぼ同じであり、一倍体胚はDNA量が半分のためDNA量と細胞質量の比(D/C比)が低い点に着目しました。卵細胞の紡錘体は細胞膜近くにあるため、受精刺激や単為発生刺激を受けると極端な非対称分裂(注4)を行いますが、紡錘体を薬剤で中央に移動させて単為発生を誘導することで対称分裂をさせ、通常の半分の大きさの「半サイズ一倍体胚」を作製しました。二倍体と同程度のD/C比を持つ半サイズ一倍体胚は、高い頻度で胚盤胞まで発生しました。一方、二つの卵を融合して大きくした倍サイズ胚では、二倍体は発生率が低下し、四倍体では回復しました(図1)。また、D/C比が低い胚では第二卵割以降に細胞分裂が起こらないなどの分裂異常が始まり、発生が停止しました。これらから、胚盤胞到達にはD/C比の適正さが重要であることが示されました。
さらにD/C比が重要となる時期を調べたところ、二細胞期の開始直後にD/C比を低下させると発生率は低いままでしたが、二細胞期終盤に低下させた場合は高い発生率を示しました。このことから、マウス胚では二細胞期における適正なD/C比が重要であることがわかりました。
受精卵はしばらく母性因子で発生が進み、その後に胚自身の遺伝子が働く「胚ゲノム活性化(注5)」が始まります。哺乳類では胚ゲノム活性化が早く、マウスでは二細胞期という、まだ細胞が大きな時期に起こります。そのため、DNA量が細胞質に対して少ないと必要なRNAやタンパク質を十分に作れず、発生停止につながると考えられます(図2)。
本研究は、哺乳類胚特有の初期発生のしくみを明らかにし、生殖補助医療や家畜繁殖技術の基盤となる着床前胚発生の理解を深めました。
なお、本研究は東京大学大学院総合文化研究科動物実験委員会および理学系研究科動物実験委員会の承認のもと、東京大学動物実験実施マニュアルに則り実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院理学系研究科
大杉 美穂 教授 兼:大学院総合文化研究科 教授
平良 夏実 研究当時:修士課程大学院生
大学院総合文化研究科
潘 韜(PAN Tao) 博士課程大学院生
論文情報
雑誌名:iScience
題名:Balanced DNA-to-Cytoplasm Ratio at the 2-Cell Stage Is Critical for Mouse Preimplantation Development
著者名:Tao Pan (潘韜), Natsumi Taira (平良夏実), and Miho Ohsugi (大杉美穂)
DOI:10.1016/j.isci.2025.114416.
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S258900422502677X
研究助成
本研究は、科研費「18K19325」「20H05356」「22H04664」「23H02485」および JST SPRING(課題番号:JPMJSP2108)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)倍数性(ゲノム倍数性)
細胞が持つ染色体のセット数。1セットの場合は一倍体、2セットの場合は二倍体と呼ぶ。
(注2)母性因子
卵細胞にあらかじめ蓄えられているRNAやタンパク質のことで、受精直後の胚が自分の遺伝子を使い始めるまでの発生を支える。
(注3)胚盤胞
哺乳類の胚が受精後に5〜6回分裂して到達する。外側は一層の細胞シートからなる中空のボール状の構造を持ち、内部に将来胎児となる細胞の塊(内部細胞塊)が存在する。胚盤胞が子宮内膜に接着し、着床すると妊娠成立となる。
(注4)極端な非対称分裂
脊椎動物の卵は減数第二分裂の途中で停止しており、受精刺激や単為発生を誘導する刺激を受けると停止が解除され、2回目の分裂が起こり発生が開始される。このとき、娘細胞の大きさが大きく異なり、ほとんどの細胞質を受け継ぐ卵細胞と極体と呼ばれる小さな細胞に分裂する。
(注5)胚ゲノム活性化
初期発生期に起こる、胚が持つゲノムDNAから大規模な転写が開始される現象。これ以降は胚自身が必要なRNAやタンパク質を作りながら発生を進める。たとえばアフリカツメガエルでは受精卵が12回分裂した後に起こる。

