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2026.03.31
【研究成果】生体分子の「磁場感受中間体」を写し出す次世代蛍光顕微鏡 ──光パルス×磁場パルス制御で、見えない磁場感受中間体を可視化──
2026年3月31
東京大学
発表のポイント
- 成果:従来の蛍光顕微鏡では検出できない「光らない」磁場感受中間体の生成・消失と磁場応答性を、ナノ秒スケールで時間分解・画像化できる新技術を開発しました。
- 新規性:単色ポンプ・プローブ蛍光法と磁場スイッチング法を組み合わせた、世界初の手法「ポンプ・フィールド・プローブ蛍光法」により、「光らない」中間体のうち、電子スピン状態に依存する中間体のみを選択的にナノ秒スケールで時間分解検出できます。高感度・高空間分解能・高速取得を両立し、細胞内測定への応用にも適しています。
- 社会的意義:渡り鳥の磁気コンパスからヒトを含む生体への磁場影響まで、量子生命科学における「弱い磁場が生体に及ぼす影響」の分子メカニズムを、細胞レベルで解明するための基盤技術となることが期待されます。将来的に、電子スピン効果を指標とする細胞状態の診断や機能操作など医療応用への展開も期待されます。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の池谷皐特任研究員とジョナサン ウッドワード教授らによる研究グループは、これまで蛍光(注1)では捉えられなかった生体分子の電子スピン状態(注2)に依存する磁場感受中間体(注3)(ラジカル対(注4))の生成・消失と磁場応答性をナノ秒スケールで時間分解・画像化できる世界初の蛍光顕微鏡システムを開発しました。
蛍光顕微鏡は、生体分子の磁場感受性(注5)を生きた細胞内で測定できる高い感度を有していますが、生体関連のラジカル対の多くは光を放たない「非発光性」であるため、従来の蛍光顕微鏡ではその生成から消失までの過程を直接計測することができませんでした。
そこで本研究では、単色ポンプ・プローブ(注6)蛍光法(PP法)と磁場スイッチング技術を組み合わせた「ポンプ・フィールド・プローブ蛍光法(PFP法)」を考案し、磁場感受中間体の動態を直接的に捉えることに成功しました。本成果は、弱い磁場が生体に与える影響の分子メカニズムを細胞レベルで解明する道を切り開くとともに、将来的には、磁場を利用した診断・制御技術の発展に貢献する基盤技術となることが期待されます。
発表内容
〈研究の背景〉
ラジカル対は短寿命(数十ナノ秒〜マイクロ秒)の中間体であり、生成直後の電子スピン相関状態(量子状態)の変化が反応分岐を左右します(図1)。この反応は地磁気程度の弱い磁場でも変化し得るため、渡り鳥の磁気コンパスや磁場がヒトに与える影響の分子起源として注目されており、「量子生命科学」を代表する現象の一つと位置づけられています。しかし、生命の基本単位である細胞内で、ラジカル対を直接観測するのは困難でした。従来の「過渡吸収法」は感度不足や散乱ノイズにより細胞内適用が難しく、一方の「蛍光法」は高感度ですが、ラジカル対自体が光らないため、生成・消失の直接的な時間情報を得ることができないという分光学的な課題がありました。
〈研究内容:新手法「PFP法」の開発と実装〉
本研究グループは、単色ポンプ・プローブ蛍光法(PP法)に高速磁場スイッチングを統合した世界初の手法「ポンプ・フィールド・プローブ蛍光法(PFP法)」を開発しました(図2)。本手法の要点は、PP法で「非発光性中間体の濃度」を、PFP法でそのうち「磁場感受成分のみ」を、それぞれ時間分解して読み出せる点にあります。
PP法: 1回目の光パルス(ポンプ光)で非発光性中間体(注7)を生成し、遅延時間を変えて2回目の光パルス(プローブ光)を照射します。蛍光の減少量から非発光性中間体の濃度を読み出し、その時間変化を追跡します。
PFP法: 2つの光パルスの間に高速スイッチ磁場パルスを印加し、その印加タイミングを変えながら磁場オン・オフ時の蛍光差分を検出することで、電子スピン状態に由来する磁場感受成分のみを選択的に抽出します。
これを実現するため、独立制御可能な2台のナノ秒パルス光源と、ナノ秒スケールで立ち上がる独自の高速スイッチ磁場発生系を顕微鏡に統合しました(図3)。
b.ポンプ・フィールド・プローブ蛍光(PFP)法の測定原理. PFP法では、ポンプ光で非発光性中間体を生成した後、遅延時間 T0 後にプローブ光を照射して蛍光を測定します。この T0 は、ラジカル対はすでに消失している一方で、長寿命中間体はなお残存している時間に設定されます。ラジカル対が存在している間に高速スイッチ磁場を印加すると、その後に生成する長寿命中間体の量が変化しますが、ラジカル対が消失した後に磁場を加えても変化は生じません。磁場を加えない場合の蛍光を基準として、磁場パルスを加えるタイミングを変えることで、ラジカル対の時間変化を直接調べることができます。
〈検証実験と成果〉
確立された磁場感受反応系であるフラビン分子(注8)などを用いて、本研究で開発したPP法およびPFP法の有効性を以下の通り示しました。
非発光性中間体の寿命測定:FMN単体系では、蛍光差分信号が励起3重項という非発光性中間体の寿命を正しく反映することを示しました。これにより、本手法が「光らない中間体の時間情報」を蛍光から読み出せることを実証しました。
非発光性中間体全体の磁場効果追跡:FAD単体系では、磁場効果の時間変化が従来の過渡吸収法と一致することを示しました。さらに、従来法では観測できなかった「吸収も発光もしない中間体」についても、本手法で検出可能であることを実証しました。
ラジカル対の寿命測定:FMN/トリプトファン系では、約50ナノ秒のラジカル対寿命を時間分解して抽出することに成功しました。
複数経路の切り分け:PP法とPFP法を組み合わせることで、複数の磁場感受中間体が寄与する磁場効果(ここではFAD単体とFAD/トリプトファンの効果)を分離して評価できることを実証しました。
さらに、ラジカル対反応速度論および磁場依存スピン時間発展に結び付けるために、本手法の数学的定式化を行いました。これにより、実験結果とスピンダイナミクス計算を結びつけることに成功しました。
〈細胞応用への見通し〉
細胞内測定における主な課題は、(1)細胞内の標的分子濃度が低く蛍光シグナルが小さいこと、(2)光照射によるダメージ(光退色・光毒性)を抑える必要があること、の2点です。本研究では、これらの課題に対し、以下のように細胞応用に向けた有効性を実証しました。
細胞様条件での検出: 細胞内環境に相当する低濃度(10 μmol/L)のフラビンを用い、細胞内小器官に匹敵するサブ細胞領域(直径8.1μm、厚み5 μm)からの信号検出に成功しました。
極低ダメージ高速計測: 光退色・光毒性を最小限に抑えるため、1枚(フレーム)の画像取得につき1回のみ励起を行う「1フレーム1ショット取得(注9)」において、上記の細胞様条件下で、磁場による1%の相対蛍光変化を、40フレーム平均(1データポイントあたり4秒)という極めて実用的な速度で精密に捉えることに成功しました。
〈今後の展開〉
本成果により、蛍光顕微鏡の高感度・高空間分解能を保ちながら、磁場感受化学反応の鍵である磁場感受中間体をナノ秒スケールで追跡する道が開かれました。今後は、本技術を細胞内測定へ応用し、生きた細胞内における磁場感受中間体の役割とその生物学的意義の解明を目指します。将来的には、電子スピン効果を指標とする細胞状態の診断や機能操作など医療応用への展開が期待されます。
〇関連情報:
「生きた細胞内で生体分子の磁気感受性を直接観測-動物の磁気受容メカニズムの解明へ大きな前進-」(2021/01/20)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0508_00093.html
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院総合文化研究科 附属国際環境学教育機構
池谷 皐 特任研究員
ジョナサン ウッドワード 教授
論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society (JACS)
題名:A Fluorescence Microscopy Platform for Time-Resolved Studies of Spin-Correlated Radical Pairs in Biological Systems
著者名:Noboru Ikeya, Jonathan R. Woodward
DOI:10.1021/jacs.5c21177
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:20H02687)」、「基盤研究(B)(課題番号:23K26612)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)蛍光
分子が光を吸収して励起状態になった後、通常、短時間(数ナノ秒程度)で基底状態に戻る際に放出される光です。
(注2)電子スピン
電子が持つ量子力学的な性質の一つで、電子が小さな磁石のように振る舞う原因となる内部自由度です。電子スピンは、ある方向に沿って測定すると、上向きと下向きに対応する2つの状態をとります。ラジカル対では、2つの電子スピンの組み合わせで決まる状態が反応の進み方を左右し、磁場はこのスピン状態の変化に影響を与えます。
(注3)反応中間体(「中間体」と略記)
化学反応が進行する過程で、出発物質から最終生成物へと変化する途中に一時的に現れる分子や状態です。本研究が対象とする「ラジカル対」も、磁場感受性を示す反応中間体の一種です。
(注4)ラジカル対
光励起や電子移動反応などによって一時的に生成する、2つのラジカル(不対電子を持つ分子)が対になった状態です。生成直後には、2つの電子スピンが相関した量子状態にあり、その後のスピンの時間発展は量子力学の法則に従って進みます。こうしたスピン状態は1重項状態や3重項状態として表され、その違いによって、再結合(もとの状態に戻る)や生成物への反応経路が変化します。
ここでの磁場感受性は、ラジカル対の電子スピン状態が磁場によって変化することで、化学反応の速度や生成物の割合が変わる性質を指します。ラジカル対が生成する反応では、地磁気程度の弱い磁場でも影響が現れることがあります。
(注6)ポンプ・プローブ法
時間分解分光法の一種。1回目の光パルス(ポンプ光)で分子を励起して反応を開始させ、任意の時間(遅延時間)をおいて2回目の光パルス(プローブ光)を照射し、その瞬間の状態を読み取ります。この2つのパルス間の間隔を少しずつずらしながら計測を繰り返すことで、反応中間体が生まれてから消えるまでのダイナミクスを、時間軸に沿って捉えることができます。
(注7)非発光性中間体
ここでは、蛍光を発しない中間体を指します。本研究では、このような光らない中間体の存在を、蛍光信号の変化として直接的に(濃度と蛍光変化が一対一で対応する形で)読み出します。
(注8)フラビン分子
ビタミンB₂(リボフラビン)を基本骨格とする分子群で、FMN(フラビンモノヌクレオチド)・FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)などの補酵素として機能します。細菌、植物、昆虫、鳥、哺乳類など、ほぼすべての生物の細胞に広く存在し、代謝やエネルギー変換に重要な役割を果たします。光励起によりラジカル対を生成することがあり、磁場効果の研究でよく用いられる生体関連分子。
(注9)1フレーム1ショット取得
カメラの画像1枚(1フレーム)の取得につき、ポンプ・プローブ励起を1回のみ行う測定方式。励起回数を最小限に抑えられるため、蛍光分子の退色や細胞試料への光毒性を低減しながら、高速にデータを取得できます。

