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最終更新日:2026.05.16

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トピックス 2026.05.16

【研究成果】長い分子ほど速く通る? ──ナノサイズの孔で起こる逆転現象を発見──

2026年5月16日
東京大学

発表のポイント

  • ナノサイズの分子集合体が、分子を取り込む際に「動的に開閉するゲート」として働くことを明らかにしました。
  • 直鎖アルカンでは、分子が長いほど速く取り込まれるという、巨視的な直感に反する分子輸送現象を見いだし、その起源が孔の開閉ダイナミクスと分子の外表面相互作用の協働にあることを示しました。
  • 本成果は、生体分子の選択的輸送機構の理解を深めるとともに、分子認識や分離材料の新しい設計指針の構築への貢献が期待されます。
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分子の世界では長い方が速くゲートを通過する

概要

 東京大学大学院総合文化研究科の平岡秀一教授と横浜市立大学の立川仁典教授らによる研究グループは、水中で自己集合(注1)してできるナノサイズの分子集合体「ナノキューブ」(注2)を用い、分子が動的な孔(注3)を通過して内部に取り込まれる過程を定量的に解析しました。その結果、分子の大きさと取り込み速度との関係が、巨視的な直感とは逆に、直鎖アルカンでは分子が長いほど速く通過することを見いだしました。さらに、3種類のナノキューブ(図1)を比較することで、取り込み速度は孔の大きさだけでなく、孔がどれだけ開閉しやすいかという動的性質や、分子が孔の外表面に一時的にとどまる相互作用によって決まることを明らかにしました。

 本成果は、生体分子の選択的輸送を理解するうえでの基礎となるとともに、分子認識や分離材料の新しい設計指針につながることが期待されます。

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図1:人工系の動的分子ゲートをもつナノキューブ
ナノキューブは6つの歯車両親媒性分子が水中で集合してできる箱形の自己集合体である。内部に疎水空間をもち、炭化水素などの分子を取り込む性質を示す。本研究では、ゲートの揺らぎや開閉しやすさが異なる3種類のナノキューブ(I-III)を用い、分子の形状や長さと通過速度との関係を調べた。その結果、直感に反して、長い直鎖分子ほど速く通過することが明らかになった。

発表内容

 生体内では、イオンチャネルやアクアポリンなどの「孔」を通って分子やイオンが輸送されており、その速度や選択性が生命機能を支えています。しかし、こうした孔は静的な穴ではなく、熱揺らぎによって絶えず開閉する動的構造です。そのため、分子が動的な孔をどのように通過するのか、その分子論的理解は十分ではありませんでした。

 研究グループは、水中で自己集合して立方体状構造を形成する「ナノキューブ」に着目しました。このナノキューブは約1 nm(注2)の疎水性空間をもち、小さな孔が開閉することで分子を取り込みます。本研究では、柔軟性の異なる3種類のナノキューブを用い、各種アルカン分子の通過速度を時間分解発光測定によって解析しました。その結果、直鎖アルカンは分岐アルカンよりも著しく速く取り込まれることがわかりました(図2(a))。つまり、この動的な孔は単なる「大きさ」ではなく、「分子の形」を識別していることが明らかになりました。

 さらに興味深いことに、直鎖アルカンでは炭素鎖が長いほど取り込み速度が速くなるという、日常感覚とは逆の現象が観測されました(図2(b))。また、分子末端に二重結合や三重結合を導入すると速度は向上し(図2(c))、酸素原子を含むエーテルでは低下しました(図2(d))。これらの結果から、分子はまずナノキューブ外表面に一時的に吸着した「遭遇複合体」(注4)を形成し、その滞在時間が長いほど、孔が開いた瞬間に内部へ通過しやすくなると考えられました(図2(e))。すなわち、分子輸送は単なる孔径ではなく、「孔のゆらぎ」と「外表面での弱い相互作用」との協働によって決まることが示されました。

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図2:動的ゲートにおける分子通過速度と分子構造との関係
(a) 炭素数6の4種類の炭化水素に対する通過速度の比較。分子が嵩高くなるほど、通過速度は低下した。(b) 炭素数の異なる直鎖炭化水素に対する通過速度。長い分子ほど速く通過するという、直感に反する傾向が観測された。(c) 分子末端に二重結合や三重結合を導入すると、通過速度が大きく向上した。(d) 炭化水素鎖中に酸素原子を導入すると、通過速度は低下した。(e) 実験結果を説明する模式図。分子はまずナノキューブ外表面に一時的な「遭遇複合体」を形成した後、動的ゲートを通過して内部へ取り込まれる。遭遇複合体が安定であるほど、ゲートが開いた瞬間に通過できる確率が高まり、通過速度が向上すると考えられる。

 本研究は、動的な人工孔において、巨視的な直感とは異なる新しい速度論的分子選択原理が働くことを示しました。この知見は、高選択的な人工チャネルや分離材料、特定分子を迅速に認識する分子システムの設計につながると期待されます。また、「遭遇複合体の寿命が通過速度を支配する」という考え方は、酵素反応や生体シグナル伝達における初期分子認識の理解にも新たな視点を与える可能性があります。人工分子系を通して生命現象の本質的な原理に迫る成果としても期待されます。

〇関連情報:
「プレスリリース①分子を噛み合わせることで熱安定性の高い集合体を開発」(2018/4/9)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/redirect_02416.html
「プレスリリース②取り込む分子の大きさ・形・電荷に応答して膨らんだり縮んだりする分子カプセル」(2018/10/31)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00048.html
「プレスリリース③液化石油ガスを選択的に検知する超分子センサーの開発」(2019/9/13)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00219.html


発表者・研究者等情報

東京大学大学院総合文化研究科
平岡 秀一 教授
阿部 司 講師
陳 弘燁 研究当時:博士課程院生
郭 一帆 研究当時:修士課程院生


論文情報

雑誌名:Chem
題名:Kinetic gating of linear hydrocarbons by a dynamic synthetic pore
著者名:Hongye Chen, Tsukasa Abe, Yifan Guo, Moe Murata, Osamu Kobayashi, Tomomi Shimazaki, Masanori Tachikawa, Shuichi Hiraoka*
DOI:10.1016/j.chempr.2026.103065


研究助成

本研究は、科研費「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:21K18974)」、「基盤研究(B)(課題番号:23H01970)」の支援により実施されました。


用語解説

(注1)自己集合
分子が外部から特別な操作を受けることなく、自発的に集まり、秩序ある構造を形成する現象。

(注2)ナノキューブ
ナノメートル(nm、10億分の1メートル)サイズの箱型分子集合体。内部に分子を取り込む疎水性空間をもつ。

(注3)動的な孔
一定の大きさをもつ静的な穴ではなく、分子の熱運動によって絶えず開閉している柔軟な通路。

(注4)遭遇複合体
分子が孔を通過する前に、ナノキューブ外表面に一時的に接触・吸着した状態。通過速度に重要な役割を果たす。

―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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