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最終更新日:2026.05.20

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トピックス 2026.05.20

【研究成果】人工遺伝暗号表の試験管内再構成により標準遺伝暗号表の謎に迫る ──誤り最小化仮説を実験的に検証──

2026年5月20日
東京大学

発表のポイント

  • 標準遺伝暗号とはほぼすべての生物に共通するDNA配列とタンパク質のアミノ酸配列とを対応付けるルールであるが、なぜ現在の対応付けになっているのかは大きな謎である。一つの仮説として、標準遺伝暗号は突然変異によるアミノ酸置換の悪影響を最小化するように進化したとする「誤り最小化仮説」があるが、実験的な検証はなされていなかった。
  • 本研究では、試験管内で再構築した10種類の非標準遺伝暗号を用いて「誤り最小化仮説」の実験的検証を初めて行ったところ、今回構築した遺伝暗号の範囲内では突然変異への頑健性に有意な差は見られず、仮説は支持されなかった。
  • 生物の持つ標準遺伝暗号表は、変異に対する頑強性を高めるために進化したのではないのかもしれない。
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標準遺伝暗号表の謎を合成生物学的手法により実験的に検証

概要

 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の宮地亮多大学院生(博士課程)と市橋伯一教授(兼:同研究科附属先進科学研究機構/同大学生物普遍性連携研究機構)は、遺伝暗号表を再編成しても、変異に対する頑強性は大きくは損なわれないことを明らかにしました。

 地球上のほぼすべての生物は標準遺伝暗号と呼ばれる共通のルールに従ってタンパク質を合成しています。この標準遺伝暗号では20種類のアミノ酸が64種類のコドン(遺伝情報の3文字の単位)に非ランダムに割り当てられており、物理化学的性質が近いアミノ酸どうしが同じ行や列に割り当てられる傾向があります(図1)。この配置がなぜすべての生物で普遍的に保存されているかは、生物学の大きな謎の一つです。有力な仮説の一つが「誤り最小化仮説」です。この仮説によれば、標準遺伝暗号のアミノ酸配置は、1塩基変異や翻訳ミスによる悪影響を最小化するように(つまり変異に対して頑強になるように)自然選択を受けてきた、と考えられています。なぜなら、同じ性質のアミノ酸が近くに配置されていれば、1塩基変異や翻訳ミスがあっても同じ行や列のアミノ酸に変わるだけのため、その影響は小さくなると期待されるからです。多くの理論的研究がこれを支持してきましたが、実験的な検証は非常に困難でした。なぜなら、地球上の生物はほぼ同一の遺伝暗号を使っているため、遺伝暗号表を変えて検証することができないからです。

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図1:標準遺伝暗号表
アミノ酸の物理化学的性質に従って色分けをしている。同じ物理化学的性質のアミノ酸は同じ行や列に配置される傾向がある。1塩基変異が入ると同じ列か行のアミノ酸に置換されるため、標準遺伝暗号表では変異によってアミノ酸の性質が変わりにくいと予想される。

 本研究チームは、試験管内で再構成された大腸菌の翻訳系を用いて、コドン配置が異なる10種類の非標準遺伝暗号を人工的に構築することに成功しました。これらの遺伝暗号を用いてランダムに変異を導入した遺伝子ライブラリーを翻訳し、3種類のレポータータンパク質(β-ガラクトシダーゼ、ホタルルシフェラーゼ、mStayGold)の機能を定量しました。その結果、変異導入によるタンパク質機能の低下は、遺伝暗号の種類によらずほぼ同程度であることが明らかになりました。すなわち、本研究で試験した変異コスト(突然変異がアミノ酸の物理化学的性質に与える変化の指標)の範囲内では、遺伝暗号の配置を変化させても変異に対するタンパク質機能の頑強性は有意に変化しないという直接的な実験的証拠が得られました。本成果は、変異に対する誤り最小化仮説を支持しないとともに、遺伝暗号の再設計がタンパク質機能の頑健性を大きく損なわないことから、遺伝暗号工学や合成生物学の新たな応用展開に向けた重要な基盤ともなります。

 本研究成果は、2026年5月19日(日本時間16時)に英国科学誌「eLife」で公開されました。


発表内容

<研究の背景と経緯>
 遺伝暗号表(コドン表)は、メッセンジャーRNA上のコドン(3塩基の組み合わせ)とタンパク質を構成するアミノ酸との対応関係を規定するルールです。地球上のほぼすべての生物は標準遺伝暗号表として知られるほぼ同一のコード表を使用しており、これは生命の普遍的な仕組みの一つです。標準遺伝暗号表では、64種類のコドンに対して20種類のアミノ酸と終止コドンが非ランダムに割り当てられており、物理化学的性質が似たアミノ酸は同じ行や列に配置されることが多いことが分かっています(図1)。

 この非ランダムな配置の起源と意味は生物学の大きな謎です。有力な仮説の一つが誤り最小化仮説で、1塩基変異や翻訳エラーによるアミノ酸置換がタンパク質機能に与える悪影響を最小化するよう遺伝暗号表が進化したと主張します。理論的研究では、標準遺伝暗号表はランダムに生成した遺伝暗号表と比べて著しく低い変異コスト(変異が入った時にどのくらいアミノ酸の性質が変わるかを示す指標)を示すことが繰り返し報告されてきました。一方、別の仮説として、「遺伝暗号表の配置は遺伝暗号拡張の副産物であり、選択的優位性はない」とする代替説も提唱されており、実験的な決着がつかないままでした。

 誤り最小化仮説を実験的に検証する最大の障壁は、標準遺伝暗号表以外の遺伝暗号表が自然界にほぼ存在しないことです。大腸菌や酵母など生きた細胞を用いた遺伝暗号の再設計も近年進んでいますが、大規模なゲノム編集が必要であり、一度に再割り当てできるコドン数は限られています。

 そこで本研究チームは、細胞を使わない再構成型の翻訳系(注1)に着目しました。この系では、翻訳に必要なタンパク質やRNAがすべて個別に精製されたのち、試験管内で再構成されているため、その組成を自由に改変することができます。遺伝暗号表におけるアミノ酸の配置(注2)は転移RNA(tRNA)の配列と組み合わせによって決められているため、再構成型の翻訳系を用いれば、tRNAの種類と組成を自由に変えることができ、遺伝暗号表をある程度自由に再編成することが可能です。本研究では、21種類のtRNAからなる最小遺伝暗号表(図2, 注3)を出発点として、空きコドンに変異型tRNAを導入することで、多様な非標準遺伝暗号を人工的に設計・構築しました。

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図2:最小遺伝暗号表

 空きコドンにアミノ酸を割り当てるためには、各アミノ酸に対応するtRNAの中のアンチコドン(注4)と呼ばれる配列の改変が必要です。しかし、アンチコドンは完全に自由に変えられるわけでもありません。多くのtRNAでは、アンチコドン領域がアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)(注5)の認識部位となっており、アンチコドンを変えるとアミノ酸とは結合できなくなってしまうからです。現在、アンチコドンを変えても認識されるtRNAはアラニン(Ala)、セリン(Ser)、ロイシン(Leu)の3種類のアミノ酸を運ぶtRNAのみのため、これら3種類のアミノ酸だけが自由に再割り当て可能になります。研究チームは最少遺伝暗号表中の9つの空きコドン(UUG、UCG、CUG、CCG、CGG、ACG、AGC、GUG、GCG)に対してAla・Ser・Leuのいずれかを割り当てる組み合わせ(理論上3⁹ = 19,683通り)の変異コストを計算しました。変異コストは、極性要求量(polar requirement, PR)、分子体積(molecular volume, MV)、疎水性指数(hydropathy index, HI)の3つの物理化学的指標(注6)に基づいて算出しました。

 この分布から、各指標で最小および最大コストを示す遺伝暗号、および分布全体をカバーするように計5種類を加えた合計10種類の非標準遺伝暗号を選択・構築しました(図3)。構築した10種類の非標準遺伝暗号の変異コストは、標準遺伝暗号よりも高い領域を中心に分布し、100万種類のランダムサンプリングで理論的に可能な変異コスト範囲のうち、PRで約18.4%、MVで約37.6%、HIで約50.8%をカバーしていました(図4)。

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図3:本研究で構築した10種類の非標準遺伝暗号表
比較のために標準遺伝暗号表も載せた。アミノ酸の物理化学的性質によって色分けをしている。非標準遺伝暗号表では3つ目がAのコドンは使用していない。

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図4:本研究で実験的に検証した変異コスト範囲
青色の領域が本研究で構築した非標準遺伝暗号表の範囲を示す。オレンジ色の領域は、理論的に可能な範囲(すべてのアミノ酸を任意のコドンに割り当てられるとした場合で100万通りのランダムな遺伝暗号表で達成できる範囲)を示す。

 各遺伝暗号を用いて突然変異に対する頑強性を比較するために、3種類のレポーター遺伝子(β-ガラクトシダーゼ、ホタルルシフェラーゼ、mStayGold)にランダム変異を導入し、低変異率ライブラリー(変異率は約0.0003〜0.0004以下/塩基)と高変異率ライブラリー(変異率は約0.002〜0.005/塩基)の2種類を用意しました。各非標準遺伝暗号および標準遺伝暗号を用いてこれらのライブラリーを翻訳し、タンパク質活性を測定しました。低変異率ライブラリーと高変異率ライブラリーのタンパク質活性の比(高変異/低変異)を遺伝暗号ごとに算出し、変異コストとの相関を解析しました。その結果、3種類のレポータータンパク質すべてにおいて、変異導入によるタンパク質機能の低下の程度は遺伝暗号の種類によらずほぼ同程度であり、PR・MV・HIのいずれの変異コストとの間にも明確な相関は認められませんでした(図5)。すなわち、今回試験した変異コストの範囲(PR: 5.29〜5.77、MV: 1848〜2348、HI: 3.27〜5.10)では、遺伝暗号のコドン配置を変えても突然変異に対する頑強性には本実験系で検出できるほどの有意な変化は生じないことを意味しています。

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図5:各遺伝暗号表の変異コストと変異によるタンパク質の活性低下の関係
β-ガラクトシダーゼの結果のみを示す。もし誤り最小化仮説が正しく、遺伝暗号表によって変異の影響か緩和されているなら、変異コストが高い遺伝暗号表ほど変異によるタンパク質の活性低下が大きくなるはず(つまりグラフは右肩下がりになるはず)であるが、結果はほぼ一定になった。青い点が標準遺伝暗号表、ピンクの点が今回構築した非標準遺伝暗号表を示す。

<今後の展開>
 本研究の結果は、「高変異コストの遺伝暗号表では、変異が入った時にタンパク質機能をより大きく損なう」という誤り最小化仮説の予測を、少なくとも今回試験した範囲内では支持しないことを示しています。本研究は、細胞を使わないボトムアップ合成生物学がこれまで検証困難だった進化理論の実験的検証に有効なツールとなることを示しています。ただし、本研究での再設計はAla・Ser・Leuの3アミノ酸に限られており、より広い変異コスト範囲をカバーするには、アンチコドンに依存しない新たなaaRSの開発が今後の課題となります。

 また、今回の結果は、遺伝暗号を大きく改変してもタンパク質の変異に対する頑強性を損なわないことを示しており、タンパク質の進化工学の加速(注7)や、非天然アミノ酸の導入による人工タンパク質の合成(注8)、生物学的封じ込め(注9)に応用することが期待されます。


発表者・研究者等情報

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
宮地 亮多 大学院生(博士課程)
市橋 伯一 教授
 兼:同研究科附属先進科学研究機構 教授/同大学生物普遍性連携研究機構 教授


論文情報

雑誌名:eLife
題名:Experimental verification of the error minimization theory using non-standard genetic codes constructed in vitro
著者名:Ryota Miyachi, Norikazu Ichihashi
DOI:10.7554/eLife.111164.1
URL:https://elifesciences.org/reviewed-preprints/111164


研究助成

本研究はJST CRESTゲノム領域(JPMJCR20S1)、科研費(22H05402, 24H01111, 23KJ0815)によって支援していただきました。


用語解説

(注1) 再構成型の翻訳系
 大腸菌の翻訳に必要なタンパク質とRNAを個別に精製し、試験管内で再構成したもの。PUREシステムと呼ばれる。翻訳に必要最低限の要素しか持たず、また要素の有無を完全に制御できるためボトムアップ合成生物学でよく用いられる。通常のPUREシステムには大腸菌に由来する転移RNA(tRNA)が含まれているため、その翻訳は標準遺伝暗号表に従うことになるが、本研究ではPUREシステムから大腸菌由来のtRNAを取り除き、替わりに配列を人為的に改変したtRNAセットを導入することで遺伝暗号改変を行った。

(注2)遺伝暗号表におけるアミノ酸の配置
 遺伝暗号表におけるアミノ酸の配置はtRNAによって決まっている。tRNAは特定のアミノ酸を運ぶ役割を持っている。tRNA中の複数の場所の配列によってどのアミノ酸を結合して運ぶかが決まっている。また、tRNA中のアンチコドンと呼ばれる部位の配列によってどのコドンにアミノ酸を運ぶかが決まる。したがって、アンチコドン領域を改変すれば遺伝暗号表におけるアミノ酸配置を変更することができる。

(注3) 最小遺伝暗号表
 生物が使っているタンパク質は基本的に20種類のアミノ酸から構成される。加えて翻訳開始にはホルミルメチオニンという別のアミノ酸が使われるので合計21種類のアミノ酸があれば任意のタンパク質を翻訳することができる。そのためには最低限21種類のtRNAが必要であり、それら最低限のtRNAにより構成されるのが最小遺伝暗号表である。本研究では、この最小遺伝暗号表で空いているコドンに該当するtRNAを導入することで非標準遺伝暗号表を構築した。

(注4)アンチコドン
 tRNAの中に存在する配列でコドンと塩基対を作ることによりコドン認識を行う部位。このアンチコドン配列を変えることで遺伝暗号表中のアミノ酸の割り当てを変えることができる。

(注5)アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)
 tRNAの様々な部分を認識し、対応するアミノ酸をtRNAに結合させる酵素。アミノアシルtRNA合成酵素がtRNAのアンチコドン領域も認識している場合は、対応するアミノ酸を遺伝暗号表で自由に割り当てることができない。

(注6)3つの物理化学的指標
 極性要求量(polar requirement, PR)は、水に対する親和性の指標でアミノ酸の極性や親水性を反映する。分子体積(molecular volume, MV)はアミノ酸の分子の大きさの指標である。疎水性指数(hydropathy index, HI)も、親水性と疎水性の指標であり、水から疎水性溶液へ移動した時の自由エネルギー変化量を示す。極性要求量と同じ傾向を示すが、測定法が異なる。

(注7)タンパク質の進化工学の加速
 遺伝暗号表でアミノ酸の割り当てを変更することにより、標準遺伝暗号表では起きなかったアミノ酸置換が1塩基変異で可能になる。これにより、タンパク質の進化工学でいままで標準遺伝暗号表を使っていた時には見つからなかった有益変異が見つかるようになる可能性がある。

(注8)非天然アミノ酸の導入による人工タンパク質の合成
 非標準遺伝暗号表には生物が使っていない非天然アミノ酸も導入することができる。こうした非標準遺伝暗号表を試験管内で構築すれば、標準遺伝暗号表を使っている生物では作れないような非天然アミノ酸を組み込んだタンパク質を作れるようになる。

(注9)生物学的封じ込め
 非標準遺伝暗号表と標準遺伝暗号表では、同じアミノ酸配列のタンパク質を作る場合でもDNA配列が大きく異なることになる。したがって、例えば非標準遺伝暗号表を使う人工細胞を作った場合、その人工細胞のDNAが環境中に漏出しても、標準遺伝暗号表を使う生物の中ではまともなタンパク質として翻訳されないために安全上のリスクが少ない。このように非標準遺伝暗号表を使えば、物理的な障壁がなくても生物学的な仕組みでの封じ込めが可能となる。

―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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