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2026.06.04
【研究成果】紙のマンガの読書効果を脳科学で実証 ──デジタル書籍より左脳と右脳の活動が省エネ化──
2026年6月4日
東京大学
株式会社コアミックス
発表のポイント
- 心情理解を要するマンガを紙の本と電子書籍で読んだ後に脳活動を調べたところ、前者のほうが読書時と問題解答時の両方で、脳活動の省エネ化をもたらすことが分かりました。
- 短時間の読書であっても、その後の知的な機能を支える脳活動に大きな影響を与えることが明らかとなり、これは紙の本の読書効果を脳科学で実証した初めての研究成果です。
- 社会的に文書の電子化が進み、デジタル教科書の導入が検討される中で、電子書籍を上回る紙の本の有効性が脳科学によって明らかとなった意義は大きいと言えます。
(図の左が左脳で言語野を含む)
概要
東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉 教授の研究チーム(助教 梅島 奎立、修士課程大学院生 砂田 裕貴)は、株式会社コアミックスとの共同研究において、紙の本のほうが電子書籍より脳活動の省エネ化を引き起こすことを初めて明らかにしました。
なお、「省エネ化」とは脳の余分な活動を抑えることを意味し、効率化や利便性などとは関係ありません。また、脳活動の上昇を「脳の活性化」と呼んで評価したり、活性化を促すことを「脳によい」と言われたりしますが、そうした表面的な表現は科学的な適切さを欠きます。
本研究ではMRI装置(注1)を用いたfMRI(機能的磁気共鳴画像法)(注2)を使うことで、紙のマンガ本の読書後に生じた省エネ化を示す脳活動を世界で初めて計測しました。行動観察に基づく先行研究と比較して、脳活動の直接的な計測という点で新規性があり、この研究成果は今後、知的活動や教育における紙の価値の再認識に役立つことが期待されます。
発表内容
① 研究の背景・先行研究における問題点
同じ文章でも、紙で読む時とパソコン画面で読む時とでは、記憶や理解に違いが生じるとの先行研究があります。スウェーデンのカールスタード大学で行われた大学生対象の研究(Wästlundら、2004年)では、読解テストや内容の要約において、紙で読んだグループのほうが高い成績を示しました。また、ノルウェーのスタヴァンガー大学が実施した高校生対象の研究(Mangenら、2012年)でも、やはり紙で読んだグループのほうがより高い成績を上げています。紙の文書に比べ、デジタル文書は画面上の位置が不定で瞬時に切り替わってしまうため、視覚的にも触覚的にも空間的な手がかりに欠け、記憶に残りにくいからだと考えられます。これらの先行研究や、背景となる知見について、酒井邦嘉著『デジタル脳クライシス-AI時代をどう生きるか』(朝日新書、2024年)を参照してください。
先行研究では、そうした紙の効果を裏付けるような脳科学的証拠がまだなく、深い文脈理解を要する読書が脳のどの部位によって担われているかについても定説がありませんでした。
② 研究内容
本研究ではマンガの読書を対象としました。マンガは文字情報に加えて、各ページのコマ割りや画像といった空間的な手がかりが豊富であり、内容把握や心情理解がしやすい作品が多いためです。今回の研究目的に最適な題材として、「ザッピングストーリー」と呼ばれる形式で描かれたマンガ作品(第1巻の第01話~第04話)を使用しました。これは、同じ物語を複数の人物の視点で描くことで、誰の視点で物語を見るかによって異なる解釈を生じさせる手法です。
各話は前半と後半に分かれており、それぞれは二人の主人公の一方のみの視点で描かれています。前半の部分をMRI装置に入る前に紙の本かタブレットかで読み(参加者の半数は第01話・第04話を紙の本で、第02話・第03話をタブレットで読み、残りはその逆)、後半はすべてMRI装置内でデジタル画面付きのゴーグルで読むように実験の設計をしました(タブレットは磁性体を含むため、装置付近に持ち込めません)。なお、紙の本とタブレットでは、どちらも画面の明るさや大きさは同一ですが、タブレットはタッチで画面が瞬時に切り替わりました。
対象となる参加者は大学生と大学院生25名であり、そのうち約半数の13名(2名は紙版のみ、3名は電子版のみ、残りは両方)は日常的にマンガを読んでいました。参加者は、後半のマンガを読む時には見開きページごとに主人公に対する共感度を4段階で報告し、マンガの内容に関する問題の解答時は4択で答えました。問題は各話あたり6問ずつ用意して、前半のみを読んで答えられる問題(Set 1)と、前半と後半の両方を読まないと答えられない問題(Set 2)が各話ごとでほぼ半々となるように作成しました。前半と後半は基本的に同じ物語なので、2つのセットに記憶の負荷などの違いはありませんが、前半と後半の情報を統合する必要のあるSet 2のほうが言語と物語構造を処理する負荷がより高いと予想されます。
まず、問題解答について主な結果を図1に示します。各話の前半を紙の本で読むかタブレットで読むかという2つの準備条件(PaperとTablet)がありますが、Tablet条件でSet 2に対する反応時間の平均値が(統計的検定で)ほかより有意に長くなりました(正答率に有意差はありません)。また、正答の試行に絞ったうえで、ストーリーを共有する各話ごとに反応時間の差(ΔRTs = Set 2 -- Set 1)を比較したところ、Tablet条件でのみSet 2の負荷が高くなることが確かめられました。この結果は、タブレットで読んだ前半の内容を後半と統合しながら理解する時に、紙の本よりも余分な負荷が生じており、十分に咀嚼できていなかったことを意味します。
次に、問題解答時の脳活動を調べたところ、2つの準備条件(PaperとTablet)に共通して、左脳の言語野(注3)が強く活動していることが分かりました(図2aで黄色の丸を付した部分)。マンガ読書時でも、Tablet条件で同様の脳活動のパターンが見られた一方で、Paper条件ではこの言語野の活動がほとんど見られませんでした(図2b)。実際、問題解答時の脳活動から、マンガ読書時の脳活動を差し引くと、Paper条件の言語野にのみ活動が残りました(図2c)。この結果から、前半の内容を紙の本を通して理解することで、後半の読書時に言語野の活動が節約されたことが分かります。
さらに、問題解答時の脳活動を問題セットに分けて調べたところ、2つの準備条件(PaperとTablet)に共通して、問題Set 2に対して右脳の前頭葉(注4)が副次的に活動していることが分かりました(図3a)。問題Set 1に対しても、Tablet条件で同様の脳活動のパターンが見られた一方で、Paper条件ではこの右脳の前頭葉の活動が見られませんでした(図3b)。実際、Set 2解答時の脳活動から、Set 1解答時の脳活動を差し引くと、Paper条件では右脳の前頭葉にのみ活動が残りました(図3c)。この結果から、前半の内容を紙の本で読むことで、前半のみを読んで答えられる問題の解答時に右前頭葉の補助的な活動が節約されたことが分かります。
以上の結果から、紙の本を読むことがその後の脳活動の省エネ化をもたらすという「前向き効果」が初めて実証されました。この活動の節約は、中核的な統合過程を司る言語野と、補助的な統合過程を担う右前頭葉の両方に見られることが明らかとなり、紙の本の読書が脳の思考過程を促進しうると考えられます。
③ 社会的意義・今後の予定
社会的に文書の電子化やデジタル化が急速に進む中、紙で本を読むことの有効性が初めて脳科学で明らかになりました。教育現場で「デジタル教科書」の導入が進んでいますが、その教育効果について慎重な検討が必要です。実際、教科書のリンクやネット検索は、子供たちが自分で考える前に情報を参照する習慣を生みます。紙の本の脳科学的効果を実証した本研究の知見は、こうした学校教育の現状を考えるうえでも示唆を持つものです。併せて、酒井邦嘉編著『AI脳クライシス-デジタルは人から何を奪うのか』(集英社、2026年)をお読みください。
これからも、東京大学の酒井研究室では人間の脳から言語や芸術における創造性のメカニズムを解明していきます。本研究は東京大学教養学部「人を対象とした実験研究に関する倫理審査委員会」の承認のもと実施されました。
株式会社コアミックスは、時代とともに変化する表現媒体を研究し、それぞれに適した表現を追求することで、読者とマンガ制作者にとっての新たな可能性を広げていきます。本研究により、長らくマンガ文化の基盤を支えてきた紙の本が、読者の脳活動においても固有の価値を持つことが示された意義は大きく、当社はこの知見を活かし、各表現媒体の特性に応じた編集者の教育、マンガ家の育成、他メディア展開の促進を通じて、マンガ文化のさらなる発展に貢献します。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院総合文化研究科
酒井 邦嘉 教授
梅島 奎立 助教
砂田 裕貴 修士課程大学院生
株式会社コアミックス
堀江 信彦 代表取締役社長
論文情報
雑誌名:PLOS One
題名:"Manga reading on paper vs. digital devices: Prospective effects on core and supportive integration processes in the brain"(紙の本とデジタル機器で対比したマンガの読書:脳における中核的および補助的な統合過程に対する前向き効果)
著者名:Keita Umejima, Yuki Sunada, Kuniyoshi L. Sakai*(責任著者)
DOI:10.1371/journal.pone.0349778
URL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0349778
研究助成
当該研究に関して国立大学法人東京大学と株式会社コアミックスは、共同研究契約(研究題目「マンガ表現による共感化の実践的脳研究」、2019~2025年)を締結しました。本会社はデータの取り扱いや論文の記載内容に関与せず(共著者なし)、利益相反もありません。また、科研費「若手研究(課題番号:24K16045)」の助成を受けました。
用語解説
(注1)MRI装置
MRI(磁気共鳴画像法)は、脳の組織構造を、水素原子の局所磁場に対する応答性から測定し画像化する手法で、全く傷をつけずに外から脳組織を観察する方法として広く使用されています。そのために使用する医療機器が、超伝導磁石によって高磁場(3テスラ程度)を発生させるMRI装置です。注2で述べる「fMRI」でも、このMRI装置を使用します。
(注2)fMRI(機能的磁気共鳴画像法)
脳内の神経活動に伴う血流変化を、局所磁場の変化から測定し画像化する手法で、外から精度良く脳活動を観察する方法として、1990年代から広く使用されています。
(注3)左脳の言語野
左脳の運動前野外側部(ブロードマンの6/8/9野)と下前頭回(44/45/47野)は、人間の言語処理にかかわる「言語野」の一部です。特に文法処理を司る「文法中枢」の機能が両者の中に局在し、45/47野は「読解中枢」として働くことが、本研究グループの研究から明らかになっています〔酒井邦嘉著『チョムスキーと言語脳科学』(インターナショナル新書、2019年)〕。
(注4)右脳の前頭葉
右脳の前頭葉(ブロードマンの6/8/9野と44/45/47野)は、中核的な言語野である左脳の対応部位(注3)を補助する働きがあることが分かっています。

