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2026.06.19
【研究成果】人工細胞の"硬さ"を自在に設計 ──脂質が伸びにくさを、DNAナノ構造が曲がりにくさを制御──
2026年6月19日
東京大学
発表のポイント
- 人工細胞の変形しにくさを、「伸びにくさ」と「曲がりにくさ」に分けて評価できる新しい解析法を開発しました。
- この解析法により、脂質が「伸びにくさ」を、DNAナノ構造が「曲がりにくさ」を、それぞれ独立に制御できることを明らかにしました。
- 本成果は、人工細胞や医薬用カプセルなどの硬さを自在に設計する新たな分子設計指針となることが期待されます。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の増田和俊大学院生と柳澤実穂准教授は、脂質膜(注1)とDNAナノ構造(注2)を利用して、人工細胞(注3)の「伸びにくさ」と「曲がりにくさ」をそれぞれ独立に制御できることを発見しました。脂質膜で覆われた微小液滴を人工細胞のモデルとして作製し、マイクロピペット吸引法(注4)によって変形させた際の圧力と変形量の関係を詳細に測定しました。さらに、膜の「伸び」と「曲げ」の両方を考慮した新たな解析モデルを構築することで、従来は説明が難しかった非線形な変形応答を定量的に解析できるようにしました。この解析により、脂質分子の形状が主に膜の「伸びにくさ」を決定する一方で、膜表面に集積したDNAナノ構造は立体的な骨格として働き、「曲がりにくさ」を大きく向上させることが明らかになりました。本成果は、人工細胞の力学特性を分子レベルで設計できることを示すものであり、将来的には人工細胞や医薬用カプセルなど、用途に応じて最適な硬さや変形能をもつ機能性材料の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年6月16日付でWiley 発行の学術誌「Small Science」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
人工細胞や医薬用カプセルに代表される脂質膜で包まれた微小液滴では、表面を覆う膜の力学的性質が変形や機能を大きく左右します。しかし、膜を構成する脂質分子の形状や充填状態、さらには高機能化のために膜表面へ吸着させたタンパク質や高分子によって、その力学応答は複雑に変化するため、分子構造と膜の力学特性を結び付ける設計指針は十分に確立されていませんでした。
本研究グループは、脂質膜で覆われた人工細胞をマイクロピペット吸引法によって変形させ、その力学特性を解析しました。従来は、膜の伸びにくさのみを考慮したモデルや、変形と応答が比例する線形モデルを用いて解析することが一般的でした。しかし実際の変形では、膜面積の増加に伴う伸張エネルギーと、膜形状の変化に伴う曲げエネルギーの両方が寄与するため、より精密な解析が求められていました。
そこで本研究では、膜の面内方向の伸びにくさを表す「面積伸張弾性率(注5)」と、面外方向の曲がりにくさを反映する「曲げ関連項(注6)」を同時に考慮した新しい解析モデルを構築しました(図1a)。その結果、マイクロピペット吸引実験で得られる圧力-変形曲線の非線形な挙動を高い精度で再現することに成功しました(図1b)。この解析法により、これまで一つの指標として扱われることが多かった人工細胞の力学特性を、「伸びにくさ」と「曲がりにくさ」という二つの独立した物理量として定量的に評価できるようになりました。
新たな解析モデルを用いて、まず脂質分子の形状が人工細胞の力学特性に与える影響を調べました。その結果、逆円錐型の脂質を含む膜は、円柱型の脂質からなる膜よりも大きな変形抵抗を示すことが分かりました。これは、脂質分子の形状によって膜中での分子の詰まり方が変化し、膜面内方向の「伸びにくさ」が変わるためと考えられます。
次に、DNAナノ構造を人工細胞の膜上に静電的に集積させ、その影響を解析しました。孤立したY字型DNAナノ構造は膜直下で二次元的な層を形成する一方、互いに連結したDNAナノ構造は膜上に三次元的なDNAネットワーク(注7)を形成します(図2b)。その結果、人工細胞の「曲がりにくさ」が大きく向上することが分かりました(図2b)。これは、DNAネットワークが膜上に厚みをもつ足場として存在し、膜を曲げる変形に対して強い抵抗を与えるためと考えられます。
これらの結果から、脂質とDNAナノ構造が人工細胞において異なる力学的役割を担うことが明らかになりました。脂質分子の形状は主に膜の「伸びにくさ」を制御し、DNAナノ構造が形成するネットワークは主に「曲がりにくさ」を制御します(図2c)。すなわち、本研究は人工細胞の力学特性を単に硬くしたり柔らかくしたりするだけでなく、「伸び」と「曲げ」という異なる変形モードを分子設計によって独立に制御できることを示したものです。
本成果は、人工細胞や薬物送達カプセルの力学特性を用途に応じて最適化するための新たな分子設計指針を提供します。将来的には、外部からの力に応答して形状や機能を変化させる人工細胞や、高度な変形特性を備えたソフトマテリアルの開発につながることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院総合文化研究科
増田 和俊 大学院生(博士課程)
柳澤 実穂 准教授
兼:同研究科附属先進科学研究機構/同大学大学院理学系研究科附属生物普遍性連携研究機構
/同大学大学院理学系研究科物理学専攻 准教授
論文情報
雑誌名:Small Science
題名:Programming Nonlinear Interfacial Mechanics of Synthetic Cells: Lipid Geometry and DNA Nanostructures(6月16日付公開)
著者名:Kazutoshi Masuda, Miho Yanagisawa
DOI:10.1002/smsc.70321
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smsc.70321
研究助成
本研究は、科研費(22H01188, 24H02287)、JST CREST「革新的計測技術による相転移ダイナミクスの解明(課題番号:JPMJCR22E1)」、FOREST「ナノ-マクロ空間相転移の学理によるシン材料科学(課題番号:JPMJFR213Y)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)脂質膜:水になじむ部分と油になじむ部分を併せもつ脂質分子が集合してできる膜。細胞膜の基本構造である。脂質分子の形状は、親水基と疎水基の大きさの違いによって円筒形や逆円錐形などに分類され、膜の性質に影響を与える。
(注2)DNAナノ構造:DNAの相補的な塩基対形成を利用して作製されるナノメートルサイズの人工構造体。塩基配列を設計することでY字型などの構造を形成できる。本研究では、正に帯電した脂質膜との静電相互作用によって膜に集積するよう設計した。
(注3)人工細胞:生細胞の構造や機能を人工的に再現しようとする微小システム。本研究では、単分子脂質膜で覆われた微小液滴を、細胞の単純なモデルとして用いた。
(注4)マイクロピペット吸引法:先端の細いガラス管を細胞や液滴に接触させ、圧力差によって一部を吸引することで、変形のしやすさや力学特性を測定する手法。細胞や人工細胞の力学測定に広く用いられている。
(注5)面積伸張弾性率:膜を面内方向に引き伸ばす際の抵抗の大きさを表す物理量。本研究では、人工細胞の「伸びにくさ」の指標として用いた。値が大きいほど膜は伸びにくい。
(注6)曲げ関連項:膜を曲げる際の抵抗を反映する物理量。本研究では、膜そのものの曲げ剛性に加え、膜直下に存在するDNAナノ構造の寄与も含めた実効的な「曲がりにくさ」の指標として扱った。値が大きいほど膜は曲がりにくい。
(注7)DNAネットワーク:複数のDNAナノ構造が互いに結合して形成する網目状構造。本研究では、Y字型DNAナノ構造同士を連結することで、膜直下に三次元的なネットワークを形成した。このネットワークが膜上に厚みをもつ足場として働き、人工細胞の曲がりにくさを高める。

