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2026.06.22
【研究成果】非線形振動を支える熱力学的コストの内訳を解明 ──非線形Langevin系における熱力学的散逸のクープマンモード分解──
2026年6月22日
東京大学
発表のポイント
- 非線形振動現象を支える熱力学的コストを、振動成分ごとの寄与に分解して調べる理論的枠組みを構築しました。
- 複雑な非線形振動をクープマンモード分解によって複数の振動成分に分け、エントロピー生成率で測られる熱力学的コストへの各成分の寄与を定量化できる点が新しい成果です。
- 本成果により、生命システムをはじめ、ノイズの中で維持されるさまざまな非線形振動現象を、非平衡熱力学の観点から理解することへの貢献が期待されます。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の關澤太樹大学院生(研究当時)、大泉匡史准教授、同大学大学院理学系研究科の伊藤創祐准教授らによる研究グループは、非線形振動現象を支える熱力学的コストのうち、振動の維持に関わる成分を、振動成分ごとの寄与に分解して調べる新しい理論的枠組みを構築しました。
非線形振動は、生命システムをはじめ、物理・化学・工学系にも広く現れます。こうした振動はノイズの影響を受けながら維持されており、その背後にはエントロピー生成率(注1)で測られる熱力学的コストがあります。本研究では、クープマンモード分解(注2)を用いて、エントロピー生成率のうち分布の維持に関わる成分(維持エントロピー生成率)を、複数の振動成分からの寄与として分解し、それぞれがどの程度寄与するかを定量化しました。
本成果は、多様な非線形振動現象を非平衡熱力学の観点から理解するための基盤になると期待されます。本成果は、6月18日付で米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」に掲載されました。
発表内容
振動現象は、神経活動、心拍、体内時計などの生命システムに加え、化学反応、流体、人工的な制御系にも広く見られます。これらの多くは単純な周期運動ではなく、ノイズの影響を受けながら複雑に時間変化する非線形振動です。このような振動を維持する過程では、エントロピー生成率で測られる熱力学的コストが生じます。振動とエントロピー生成率の関係は、散逸と体内時計の安定性の関係などの視点から、近年注目を集めています。
非線形振動に伴う熱力学的コストを成分ごとに理解することは、これまで難しい課題でした。非平衡熱力学では、エントロピー生成率は、系がどれだけ不可逆な過程を伴って時間発展しているかを表す基本的な量です。しかし非線形系では、その複雑さから、振動を特徴づける周波数や振幅が熱力学的コストをどのように定めるのかについて十分に分かっていませんでした。
本研究では、クープマンモード分解を用いて、熱力学的コストを振動成分ごとに分解する理論を構築しました(図左)。クープマンモード分解は、非線形な時間発展を、いくつかの基本的な振動成分に分けて調べる方法です。研究グループは、ノイズを受けながら時間発展する多次元の非線形Langevin系(注3)を対象に、エントロピー生成率のうち振動の維持に関わる成分を、クープマンモードごとの寄与として表す理論を導きました。その結果、それぞれの振動成分の寄与は、その振動成分の周波数と強さによって特徴づけられることが分かりました。本結果は、以前得られていた線形Langevin系での散逸と振動の関係(関連情報)の一般化に相当します。
さらに研究グループは、いくつかの具体例を通じて、この理論の有用性を検証しました(図右)。その一例として、神経細胞の興奮性を表すノイズ付きFitzHugh-Nagumoモデル(注4)に本理論を適用し、適度な強さのノイズによってリズムが最も明瞭に現れる「コヒーレンス共鳴」(注5)を解析しました。その結果、ノイズの強さに応じて、熱力学的コストを支える振動成分の分布が変化することが示されました。
本成果は、非線形振動を非平衡熱力学の観点から理解するための一般的な枠組みを与えるものです。従来は一つの量として評価されていた熱力学的コストを、振動成分ごとの寄与として分解できるようになったことで、複雑な振動現象の背後にある熱力学的散逸の構造をより詳しく調べることが可能になります。
〇関連情報:
「プレスリリース 熱力学的散逸の振動モード分解と脳データ解析への応用――脳のダイナミクスの非平衡熱力学的理解に向けて――」(2024/10/08)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20241008140000.html
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院総合文化研究科
關澤太樹 研究当時: 博士課程/日本学術振興会特別研究員
現: 理化学研究所 基礎科学特別研究員
兼: 同大学大学院総合文化研究科 特任研究員
大泉 匡史 准教授
大学院理学系研究科 附属生物普遍性研究機構/物理学専攻
伊藤 創祐 准教授
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
題名:Koopman mode decomposition of thermodynamic dissipation in nonlinear Langevin dynamics
著者名:Daiki Sekizawa, Sosuke Ito, Masafumi Oizumi
DOI:10.1073/pnas.2530617123
URL:https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.2530617123?af=R
研究助成
本研究は、JSPS科研費(23KJ0799、23K22412、23H00467、25K24775、23H04834)、JST ERATO(JPMJER2302)、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2012)、UTEC-UTokyo FSI Research Grant Programの支援により実施されました。
用語解説
(注1)エントロピー生成率
熱力学的な不可逆性を表す量。系が時間発展する過程で、どの程度のエネルギーが散逸しているか、あるいはどの程度の熱力学的なコストが生じているかを表す指標として用いられる。
(注2)クープマンモード分解
非線形な力学系の時間発展を、関数空間上の線形な時間発展として表し、複雑な振動を複数の基本的な振動成分に分解する手法。本研究では、この手法を用いて、各振動成分がエントロピー生成率にどの程度寄与するかを定量化した。
(注3)非線形Langevin系
ノイズの影響を受けながら時間発展する非線形の力学系。本研究では、状態ベクトルx_(t )の時間発展がdx_(t )=D_t f_t (x_t)dt + √(2D_t ) dB_t で表される多次元の過減衰Langevin系を扱った。ここで、D_t f_tは力、D_tはノイズの強さを表す正定値行列、dB_tは標準ブラウン運動を表す。
(注4)FitzHugh-Nagumoモデル
神経細胞の興奮性を表す代表的な数理モデル。神経活動に似た振動や、ノイズによって生じるリズム、コヒーレンス共鳴の解析によく用いられる。
(注5)コヒーレンス共鳴
確率共鳴現象の一種で、ノイズが弱すぎても強すぎても規則的な振動が現れにくい一方で、適度な強さのノイズによって振動が最も明瞭に現れる現象。神経細胞の興奮性を表すモデルなどで知られている。

